紫煙のショーティ

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帝国の獅子

第六話

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「────っ!?」
 目を覚ますと、雲がすぐそこにありここが地上よりかなり高いところだと言うことは、すぐに分かった。
 周りを見回してみると、私の体とそう変わらないほどの白い卵が、巣のような場所に置かれてあった。
 そうだ、確かドラゴンに連れ去られたんだっけ、雛の餌にでもされるのかな、やだな。
「目を覚ましたか、古き朋、古き好敵手よ」
「な、何を言ってるの……? 貴女は一体誰?」
 背後から声がし、振り向けばそこには一人の女が立っていた。アリスさんとはまた違った美しさを持つ、赤い髪を靡かせた鋭い目を持つ女だった。
「主は何も変わらんな? 魔帝アイリス、五百年ぶりか?」
 親しげな笑みを浮かべる女はこちらに近付いてきて、しゃがみつつ私の顔をマジマジと見つめてきた。
「……なんだ、我を忘れてしまったというのか? 薄情な奴だ」
「だって知らないんだもん」
 不思議そうな顔をする女は私の前に座り込み、自身の顔をよく見せてきた。
「五百年前、貴様と死闘を繰り広げただろう?」
 そんな事を言われても、記憶に無いものは仕方ない。それに、魔帝? 私が? アリスじゃなくてアイリス? どういう事だろう。間違えてるのかな?
 それを女に問い掛けると、首を傾げていた。
「……アリスというのは我らが怨敵である勇者の名だろう?」
 え? 一体どういう事? 私はこんがらがる頭を整理しようと、腕を組み目を瞑った。女が言うには魔王がアイリス、勇者がアリス、そして世間一般的には、魔王がアリスだよね。この女の言うことが正しいのか、記憶違いなのか分からないけど。
「ふむ、五百年も昔の事だからな、忘れていても仕方ないという事か……仕方あるまい、ならば貴様の記憶を思い出させるために、少しだけ飛んでもらうとしよう」
 女はそう言うと、頭を掴むと何かが流れ込んでくる。これは、なんだろう。この女と……私? 一体どういう────

「──ス────イリス─────アイリス!!」
「わぁ!? ドラクル!? びっくりさせないでよね!」
 私はドラクルと呼ばれる先程の女の前に居たが、体が勝手に動く。まるで自分の体じゃないようだよ。
「それで? どうなのだ?」
「そうだね、亜人種の統制にはもう少し時間がかかりそうだよ」
「ほう、貴様でもか?」
「まっ、仕方ないよ。アリスの横槍も入っていたし、このまま順調に行くなんて思ってないよ。けど、何もかもが順調に進むより、少しくらいレールを外れた方が楽しいでしょ?」
 自分の声で、自分が言わないであろう言葉を喋る自分自身。これはもしかして五百年前の本当の記録? なら、後世に伝わる魔王アリスは一体どういう事なのかな。
 場面が切り替わり、今度は大勢の魔物を率いる自分の姿があった。まるで神様にでもなったかのような視点だった。
 対峙するのは人間達の軍隊、それを率いているのは何処かの王様かな?
 昔の私は頭がよかったのか、的確に自軍を動かし敵軍を削っていく。まるで昔テレビで見た三国志だね。
 これが私なの? 信じられないよ。だって、本当の私はこんな大軍を率いる事が出来るような、カリスマのある人間じゃないし、兵を動かす知識もない。だから、これは私じゃないよ。こんなの私じゃない。
 そこで突然意識が現実へと引き戻された。何が起きていたのかと言うと、レオンさんとドラクルが剣を交えていた。
「うちの若いのと随分よろしくやってんな!」
「レ、レオンさん!」
 よう、と僅かにこちらに顔を向けて笑みを浮かべたレオンさんだったが、ドラクルのパワーに圧されているのかすぐに彼女の方に顔を向けた。
 ドラクルは余裕の表情でレオンさんの剣を受けていて、今にでも弾き返せそうな勢いだった。
「二人共しゃがみなさい!」
 マリアの声が何処からともなく聞こえてくると、巨大な火の玉が飛んできた。レオンさんは声に気付くとドラクルの腹部を蹴り、自身はしゃがんだ。
 そのまま火球はドラクルに直撃したが、逆にその火を纏ってしまった。
「これはまた面白い、魔法使い、それも魔帝に匹敵するほど、そして獅子の亜人種、それも我を押さんとするその凄まじき気迫、面白い、面白い」
 ドラクルは満足そうに笑みを浮かべつつ、ドラゴンの翼と尾を生やし、爪を鋭く尖らせた。
「我は五百年眠っていたが、何者かに叩き起された。故に少し気が立っていて、故に少し腹が減っている」
 トカゲのような舌で舌なめずりをし、空腹だというアピールなのか、お腹を摩っていた。
 何者かに起こされた? 誰かがドラゴンであるドラクルを目覚めさせた? なんの為に?
「……アイリス、貴様はどうする? 我と共に戦うか? 我と戦うか」
 あんなものを見せられた後だ。少し考える時間が欲しいのも事実だけど、レオンさん達が戦っているのを傍観なんて出来ないし、だけど──
「……ねぇ、ドラクル、私って本当に魔王だったの?」
「うむ、貴様から五百年は感じられないが、その顔、声、言動、魔力は魔帝のそれだ。記憶が無い為、不思議な感覚だろうがな」
 私は本当かどうかはわからなかった。けど、私が思い悩むには充分だった、だから私は動けなかった。
 でも私は、生粋の日本人でこの顔もよくお母さんに似てるって言われて嬉しかった。でも、今となってはこの顔が少し複雑だ。
「アイリス、大丈夫ですか? 顔色が優れませんよ」
 魔法を放ち移動でもしたのか、マリアが私の後ろから現れ、顔を覗いてきた。私は先程の事で思考が追い付かず、固まってしまっていた。
「貴女……アイリスに何をしたんですか! それに……アイリスが魔帝? 冗談はやめてください」
「何をした、だと? 記憶を蘇らせただけだ、今は少し混乱しているだろうが、直に整理されるだろうが、貴様は何も知らんのだな」
「記憶……? 一体なんの記憶だというんですか? 貴女とアイリスの関係は」
「貴様らには関係の無い、我とアイリスの古き盟約」
 まるで子供のような笑みを浮かべるドラクルが嘘をついているようには思えなかった。私を騙しているような気がしない。本当に私の事を魔王だと、古き友人だと、古き好敵手だと思っているようだった。
「仕方ねぇ、女をぶった斬る趣味はねぇが、ドラゴンなら仕方ねぇな!」
 少し離れていたレオンさんが剣を突く構えで、巨躯に似合わぬ素早さによってドラクルとの距離を詰めた。しかし、それは片手で、二本の指で挟み込まれた。私も参戦しなくちゃ。
 そう思い、私は魔剣を抜いた。なんの為にレオンさんに剣術を教えてもらったのか、なんの為にマリアに魔法を教えてもらったのか、そう全ては目の前のドラクルを倒すために教えてもらっていたはず、けど、私の剣は、魔法は彼女に届かなかった。
「随分と軽くなってしまった、嘆かわしいな、友よ」
 私はレオンさんに集中していたドラクルに向かって、魔剣と魔法で同時に攻撃した。しかしドラクルは残念そうな声色でそう言いつつ、まるで私が仕掛けるのを分かっていたかのように防いだ。そして、レオンさんを吹き飛ばし、私の背後に回ると抱き上げてきた。
「だが、記憶が戻れば元に戻るだろう、それまではこのような貧弱な人間共の傍には、置いておけん」
「人間様舐めんなよぉ!!」
 サミュエルの声が聞こえると、ドラクルの背後から走ってきていた。手に握られているのはカットラスで、それはドラクルの尻尾に突き刺さった。
「サミュエル! 遅せぇぞ!」
「すまねぇな! 集めんのに苦労したんだよ!」
「……小賢しい真似を」
 サミュエルが手を上げると、周囲には沢山の魔法銃を構えた歩兵達が取り囲んでいた。
「形勢逆転、とは言えませんが……さぁ、アイリスを離しなさい」
 数の暴力、少しだがドラクルが可哀想になってしまった。私を抱く彼女の力は強くなっていく。まるで、ぬいぐるみを取り上げられたくない少女のようだった。
「……貴女が離さないというのならば、致し方ありません、総員構え!」
「これだから人間は醜い生き物なのだ……犠牲を厭わぬその姿勢、気に食わん」
 ドラクルは私の顔を見て、寂しそうにすると私を降ろした。そしてすぐに眉間のシワが深くなった。
 私はどうすればいいんだろう、このままドラクルを見殺しに? 何故だろう、そんな事は出来ないよ。
 サミュエルがカットラスを突き刺したまま離れると、マリアが兵達に発砲を命じた。それと同時に、私はドラクルに飛びかかり、助けてしまった。
「っ!? アイリス!?」
 流石に今回のは許されないかな。けど、ドラクルは私の何かを知っていて、私はそれを知りたい。
「……我はあの程度は死なんぞ」
「分かってる、けど、体が勝手に」
「……この好機を流石に見逃すわけにはいきません、アイリス今すぐ離れてください」
 マリアの目は、兵士達の目は本気だった。そりゃあ勿論本気になると思うけど、私が悪いのは分かっているよ。けど──
「ごめんなさい」
 私はドラクルの前に立ち、魔剣をしっかり持って構えた。それは明確な裏切り行為であり、マリア達からの信用は無くなってしまった、勝手でワガママな女だよね。
「おいおい、アイリス、こんな時に冗談抜かすなよ、俺達にはやらなくちゃいけねぇ事があんだろうが」
「っ……それは……」
「あいつを助けるためなら、俺は何だってするぞ? 例え、お前が敵になっちまったとしてもな」
 アリスさんの為にここまで来た、なのにそれを、彼女を見捨てるような真似だ。
 レオンさんの目はとても怖かった。仕方が無いけど。円卓の場でレオンさんが何故、帝国の獅子と呼ばれ、そうして名を馳せているのも、理解出来た。実は起きていたんだよ、あの時。
「……悪く思うなよ、アイリス!」
 レオンさんが一気に私の目の前に立ちはだかり、獣が獲物を狙う鋭く殺気に満ちた、私を殺そうとする目が眼前に迫った時、死を覚悟し目を閉じた。
「待て!!」
 ドラクルの静止の言葉が聞こえ、閉じていた目を開けると自身の爪で、レオンさんの剣を受け止めるドラクルの姿があった。
「……アイリスには手を出すな」
「……ほう、何がそこまで、ドラゴンであるてめぇにそこまでさせる、何を、何を持ってしてアイリスを為にそこまで動く、アイリスが過去に何をしていたんだ?」
 私は二人をじっと見つめていた。以前にもこんな事があったのかな、なんでだろう。何か既視感があるよ。私の知らない私の記憶? 一体、なんだって言うんだろう。
「良いだろう、ねじ曲げられているかもしれんからな……アイリスを教えてやろう」
 私は彼女の昔話を聞くことなった、いや、彼女のでは無く、彼女と私の昔だった。
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