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純愛と歪愛
第一話
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ドラゴンの騒動が収まってから早一ヶ月が過ぎようとしていました。レオンハルト主導の帝国との停戦交渉が進み、イウダ騎兵隊長の後任も決まりつつある中の、一時の安息が訪れていました。
私は久々の一年に一度、あるかないかの休日を堪能していました。太陽が昇る前に目を覚ましハーブティを飲みながら、休日に何をしようかと考える。この時間が一番楽しみで仕方がありません。ですが、一日だと出来ることが限られてくるので、散歩とかになってしまうんですがね。
さて、という事で私はハルワイブ王国の中でも一二を争うほどの透明感のある海辺を、一人で歩くことにしました。城下町からは離れていますが、馬で駆ければ1時間以内ほどでたどり着く場所で、ドラゴンの被害が遭わなかったのが幸いですね。
そこで砂浜に足跡を残しながら歩いていると、浜辺に一人の女性が漂着している事に気付きました。駆け寄ってみると、それは息が絶え絶えのアイリスでした。
すぐに砂浜へと引きずりました。左胸には包丁のようなものが刺さっており、今にも息が絶えそうでした。
とりあえず傷口を魔法で塞ぎ、人工呼吸を施すと海水を吐き出した。気道に入らないよう顔を横に向けて口腔内を清拭し、吸引して再び人工呼吸を行いました。
人工呼吸を繰り返していると、アイリスは咳き込みながら目を覚ましました。自身でも何が起きたのか理解が出来ていないのか、私の顔を見て目をぱちくりとさせていました。
その状態で少しすると、目に涙を浮かべて私に抱き付いてきました。一体何があったのでしょうか。
「アイリス? 一体何があったんですか?」
「うぅ……私、私ね……アリスさんとはもう一緒に居られないかもしれないっ……」
私はアイリスを落ち着かせるために彼女を抱きしめ、背中をとんとんとリズムよく叩きました。
次第に揺れる肩が落ち着いていき、アイリスは目を手で拭きながら私から離れました。
「とりあえず、町に戻りながらでも話をしましょうか」
「なるほど、中々難しい問題ですね」
アイリスを浴場に入れながら、私は彼女の話を聞いていましたが、どうやらアイリスは魔王に恋心を抱いていたらしく、それを何気なしに伝えたところ「冗談でもやめて欲しい、女同士なんて気持ち悪いわ」と、心底嫌そうにそう言われたそうです。それで港を歩いていて、気付けば今に至るそうです。
「……アリスさんは悪くないんだけどね、それでも……」
「いいえ、魔王が悪いですよ、貴女は人間として当たり前の感情を抱いただけなんです、それを気持ち悪いなど、有り得ません」
「で、でも女同士だよ?」
「関係ありません、女と女だからと言って否定する理由はありません、彼女には失望しました、アイリス、もう彼女の元には帰らなくて構いません、私が貴女の面倒を見ます」
私は柄にもなく憤慨してしまいました。魔王アリスには対抗心と共に、尊敬の念も抱いていました、アイリスが魔帝だったとしても、魔王も魔帝に匹敵するほどの魔法使いです。それは私にとって尊敬の念に値します。
アイリスが来たと聞きつけたドラクルは布も巻かずに、浴場のドアを勢いよく開け中に入ってきました。
「久しいな!! む、どうした? 童のように目を腫らして」
彼女は少し恥じらいというものを覚えた方がいいですね。ドラクルに何故かを教えると、腕を組み真剣な顔で彼女の見解を答えた。
「それは仕方ないだろう、人間とは異性で子を孕み繁殖する生き物だろう? 動物の同性愛も確かに多いが、人間の場合知能があり、常識というものがあるだろう? だから拒絶してしまうんだろう」
理解され難いんだろう、とドラクルはため息を吐き、だが、と言葉を続けた。それは怒気を孕んだ声でした。
「アイリスを泣かせたのは間違いだ、我が魂ごと消滅させに行ってやろう」
やめてください、と彼女を制止しアイリスに少しの間、ここで心を落ち着かせるように提案しました。向こうには悪いですがね。
──その頃、アシュタドラでは──
「ったく、嬢ちゃんどこ行きやがったんだ?」
何処をほっつき歩いているだってんだ、昨日から見当たらねぇじゃねぇか。
ちっちぇぇアイリスのお守りもしなきゃならねぇってのによ。
「おいアイ、アイリスの場所わかんねぇのか?」
「分かるわけねぇだろうが変質者、服着ろ服」
「うるせぇ暑いんだよ」
俺の肩の上で俺を変質者呼ばわりするアイというガキは、アイリスを小さくしたみてぇだ、いやホントアイリスだわ。
それにしても、アイリスが見つからねぇ、町の住人に聞いても分からねぇ。困ったな、アリスっつうエロい体の女がガチで心配して大変なんだよな。
「ダメだ、人が多すぎるぜ。ちょいと日が沈んでから探そう」
という事で、俺は冒険者協会に赴き酒を飲む事にした。見つからねぇもんは仕方ねぇだろう? だから待つのさ。その時、一人の女が声をかけてきた。
「あの……すいません、ロイという優しそうな顔をした男性を見かけませんでしたか?」
チラリとそちらを見た俺は無言で肩を竦めた。それを見た女はそうですか、と頭を下げて隣のテーブルに同じ事を問い掛けに行った。
男に捨てられた女か? それとも人攫いに逢ったか? 魔物に殺されたかはしらねぇがあの嬢ちゃんはロイとやらに二度と会えねぇだろうなぁ。悲しいね。
「……さっきの女に睨まれたんだが」
「チビだからじゃね?」
「死ね」
「ストレートだなおい!」
こっちも人探しで手一杯なんだわ、まぁ見つかるといいな、恋人さんがよ。
さて、ほろ酔い気分にもなれた事だ、そろそろアイリスを探しに行かねぇとな。
つまらなさそうにタバコを吸っていたアイが、当たり前のように俺の肩に乗るのを待ち、それが終わると俺は協会の外に出た。
「殆ど探しちまったんだが……さて、何処を探す?」
「……港にゃまだ行ってねぇんじゃねぇの?」
あぁ、確かにそうだがあんな所にまず居ないだろうよ。そう思いつつも俺は横帆を閉じた船が並んだ港へと移動した。
ガリー号がありゃぁここに並んでいても、遜色のねぇほどに良い船だったのによ。そんな事を思いながら、人集りが出来ているのに気付いた俺達はそこに近付いていった。
「下がって下がって!」
人混みを分けながらその輪の中を見ると、血にまみれた見覚えのある剣が落ちていた。アイリスが持っていた魔剣だな。それが鞘から抜けた状態で落ちていた。
「アイ、どう思う」
「……なんかあったっぽいな、ったくありったけの問題に巻き込まれるタイプだな」
「だな」
俺は兵士に声をかけた。何があったのかという事をだ。すると、夜中に誰かが海に落ち、そいつの捜索を行っているらしいが未だに見つからないそうだ。
「もし沖まで流されていたらハルワイブ王国まで流れ着いているかもしれませんね」
んなわけねぇだろ、とツッコミを入れながらアイリスの魔剣に目をやると、誰かを切ったような血の付き方ではなかった。
とりあえず、その剣をこっちで引き取り俺らは宿に帰ることにした。
宿には獅子のあんちゃんとアリスが居るはずだが、何処にも見当たらねぇ。
「おいおい、こんな時にどこ行きやがったんだ? まさかデートにでも行ったのか?」
「あの二人がか? はん、有り得ねぇ、有り得ねぇな」
二人でそう言っていたが、帰ってきた二人を見てマジでそうなんじゃね? と思ってしまったけどな。
まぁ、嬢ちゃんが居なくなって姐さんも傷心中なんだろう。聞くと二人で町を発ってから、この町までほとんど二人だったそうだ、そりゃぁショックも受けるわな。
アイに聞くと、どちらかというとアイリスの方がアリスに依存していたようにも見えたらしいが、どうやら共依存だったようだな。
こればかりは、嬢ちゃんが戻ってくるかアリスがなんとか乗り越えるしかなさそうだな。長くはなりそうだがな。
──二ヶ月後、ハルワイブ王国、黎明の魔女マリアの執務室──
彼女が流れ着いてから二ヶ月が経ちました。しかしアイリスはあちらには戻らないと言い、それならば兵士としてこちらで生活するというのは? という事を提案すると快く受け入れました。
驚く事に魔法の腕だけでは無く戦略眼に優れており、まるで戦うために生まれてきたような存在です。
それを証明したのは、歩兵部隊長であるバルトロマイとの模擬戦争を行った時の事です。
バルトロマイはこの国屈指の兵士であり、また軍師でもあります。帝国の軍師にも引けを取らないでしょう、その彼と互角の駆け引きを行っていたのですから、彼女の能力が垣間見えますよ。
ですから、彼女には私の魔法部隊ではなく遊撃を主とした、ドラクルを含む中隊規模の騎兵、歩兵、魔法使いを混成させた部隊の部隊長として、新設させた部隊を任せようかと思います。
コミュケーション能力、指揮能力、戦闘力、共に申し分ない隊長ではあるんですが、一つだけ問題があるとすればそれは、彼女があまりにもハルワイブ王国軍内の軍律にそぐわない、という事です。
ハルワイブ王国軍は賭け事や娯楽や飲酒を良しとはしていません。しかし、アイリスは副隊長と数人のメンバーで夜な夜な、お酒を飲みに行っているという報告が上がってきています。
しかし、そのおかげかどうかは不明ですが彼女の部隊は、戦果を着々と伸ばしており禁止する事により士気が下がる事があれば、それは私の責任となります。
私はアイリスと副隊長であるドラクルを、執務室に呼び寄せました。何故軍律に背くような事をするのかと言うことを聞きました。
「ルールを破るのは良くないって事はわかるよ、けどやっぱり息抜きって大切だと思うんだよね!」
「……なるほど、しかし、アイリスはまだ入隊してから、まだ一ヶ月も経っていません。なんというか、上層部からはあまり良く思われていませんよ」
確かにそうみたいだね、と彼女は肩を竦めた。上に嫌われるということは、戦場で命を落としやすくなるという事、私はそれを危惧しているのです。彼女は優秀な兵士であり、そんな事で命を落とすのはこの国の不利益になります。
「……今は何も手を出してきません、何故なら国王が貴女とドラクルの働きを大きく評価し、多少の軍律違反は目を瞑っているからに過ぎません、しかし、このような事が続くのであれば国王から、何らかの叱責を受ける可能性も無きにしも非ずです」
しかし、この軍律は国家転覆を謀ったとして、今現在拘束されている、イウダ元騎兵隊長によって制定されたものです。よく出来た規律ですが、変えるべきなのかもしれませんね、しかし変えたことによって兵士達か堕落してしまう可能性も、有り得ます。線引きがとても難しいんですよね、こういうのって。
「でもさぁ、ここの軍律ってハルワイブ王国の人の気質と真反対なんだよね」
アイリスは腕を組んで自身の考えを話し始めた。彼女の話は中々斬新で面白いものが多いので、私もついつい聞き入ってしまいます。
「酒も賭け事も女も、何もかも禁欲禁欲、逆に爆発しちゃうよ? もしバレたら罰が待ってるし、なんかさ監獄みたいだよね」
監獄、それは言い得て妙ですね。アイリスが軍内を見てそう思ったのか、はたまた兵士の誰かがそれを口にしたのか、分かりませんがそういう不満があるのも事実、ということなのでしょう。仕方ありません、少し対策を打ちますか。
「わかりました、前向きに検討致します。しかし、結果がわかるまで控えてくださいよ」
「わかった!」
元気な笑顔でそう答えたアイリスですが、本当にわかっているのでしょうか? 不安になってしまいますね。
とりあえず、上申しなくてはなりません。私は書類に軍律に関することを纏め、それを魔法使いの部下に渡し、持っていくように伝えた。
さてさて、これからアイリスはどうなって行くのでしょうね? 彼女の成長していく様を近くで見られるというのは、とても楽しみではあります。しかし、また恐ろしくもあります。いつか彼女が魔王の元へと戻るのではないかと。
彼女は軍の中枢を担うことの出来る今どき珍しい兵士であり、隊長です。彼女を手放したくはない。何より、向こうには帝国の獅子、レオンハルトが居ます。もし帝国にでも亡命されたら──いえ、彼女に限ってそんなことはないでしょうが、それを考えるととても恐ろしくなりますね。
ですが、今は彼女の成長を見ておきましょうか、誰よりも近くで、ね。
私は久々の一年に一度、あるかないかの休日を堪能していました。太陽が昇る前に目を覚ましハーブティを飲みながら、休日に何をしようかと考える。この時間が一番楽しみで仕方がありません。ですが、一日だと出来ることが限られてくるので、散歩とかになってしまうんですがね。
さて、という事で私はハルワイブ王国の中でも一二を争うほどの透明感のある海辺を、一人で歩くことにしました。城下町からは離れていますが、馬で駆ければ1時間以内ほどでたどり着く場所で、ドラゴンの被害が遭わなかったのが幸いですね。
そこで砂浜に足跡を残しながら歩いていると、浜辺に一人の女性が漂着している事に気付きました。駆け寄ってみると、それは息が絶え絶えのアイリスでした。
すぐに砂浜へと引きずりました。左胸には包丁のようなものが刺さっており、今にも息が絶えそうでした。
とりあえず傷口を魔法で塞ぎ、人工呼吸を施すと海水を吐き出した。気道に入らないよう顔を横に向けて口腔内を清拭し、吸引して再び人工呼吸を行いました。
人工呼吸を繰り返していると、アイリスは咳き込みながら目を覚ましました。自身でも何が起きたのか理解が出来ていないのか、私の顔を見て目をぱちくりとさせていました。
その状態で少しすると、目に涙を浮かべて私に抱き付いてきました。一体何があったのでしょうか。
「アイリス? 一体何があったんですか?」
「うぅ……私、私ね……アリスさんとはもう一緒に居られないかもしれないっ……」
私はアイリスを落ち着かせるために彼女を抱きしめ、背中をとんとんとリズムよく叩きました。
次第に揺れる肩が落ち着いていき、アイリスは目を手で拭きながら私から離れました。
「とりあえず、町に戻りながらでも話をしましょうか」
「なるほど、中々難しい問題ですね」
アイリスを浴場に入れながら、私は彼女の話を聞いていましたが、どうやらアイリスは魔王に恋心を抱いていたらしく、それを何気なしに伝えたところ「冗談でもやめて欲しい、女同士なんて気持ち悪いわ」と、心底嫌そうにそう言われたそうです。それで港を歩いていて、気付けば今に至るそうです。
「……アリスさんは悪くないんだけどね、それでも……」
「いいえ、魔王が悪いですよ、貴女は人間として当たり前の感情を抱いただけなんです、それを気持ち悪いなど、有り得ません」
「で、でも女同士だよ?」
「関係ありません、女と女だからと言って否定する理由はありません、彼女には失望しました、アイリス、もう彼女の元には帰らなくて構いません、私が貴女の面倒を見ます」
私は柄にもなく憤慨してしまいました。魔王アリスには対抗心と共に、尊敬の念も抱いていました、アイリスが魔帝だったとしても、魔王も魔帝に匹敵するほどの魔法使いです。それは私にとって尊敬の念に値します。
アイリスが来たと聞きつけたドラクルは布も巻かずに、浴場のドアを勢いよく開け中に入ってきました。
「久しいな!! む、どうした? 童のように目を腫らして」
彼女は少し恥じらいというものを覚えた方がいいですね。ドラクルに何故かを教えると、腕を組み真剣な顔で彼女の見解を答えた。
「それは仕方ないだろう、人間とは異性で子を孕み繁殖する生き物だろう? 動物の同性愛も確かに多いが、人間の場合知能があり、常識というものがあるだろう? だから拒絶してしまうんだろう」
理解され難いんだろう、とドラクルはため息を吐き、だが、と言葉を続けた。それは怒気を孕んだ声でした。
「アイリスを泣かせたのは間違いだ、我が魂ごと消滅させに行ってやろう」
やめてください、と彼女を制止しアイリスに少しの間、ここで心を落ち着かせるように提案しました。向こうには悪いですがね。
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何処をほっつき歩いているだってんだ、昨日から見当たらねぇじゃねぇか。
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「おいアイ、アイリスの場所わかんねぇのか?」
「分かるわけねぇだろうが変質者、服着ろ服」
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俺の肩の上で俺を変質者呼ばわりするアイというガキは、アイリスを小さくしたみてぇだ、いやホントアイリスだわ。
それにしても、アイリスが見つからねぇ、町の住人に聞いても分からねぇ。困ったな、アリスっつうエロい体の女がガチで心配して大変なんだよな。
「ダメだ、人が多すぎるぜ。ちょいと日が沈んでから探そう」
という事で、俺は冒険者協会に赴き酒を飲む事にした。見つからねぇもんは仕方ねぇだろう? だから待つのさ。その時、一人の女が声をかけてきた。
「あの……すいません、ロイという優しそうな顔をした男性を見かけませんでしたか?」
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男に捨てられた女か? それとも人攫いに逢ったか? 魔物に殺されたかはしらねぇがあの嬢ちゃんはロイとやらに二度と会えねぇだろうなぁ。悲しいね。
「……さっきの女に睨まれたんだが」
「チビだからじゃね?」
「死ね」
「ストレートだなおい!」
こっちも人探しで手一杯なんだわ、まぁ見つかるといいな、恋人さんがよ。
さて、ほろ酔い気分にもなれた事だ、そろそろアイリスを探しに行かねぇとな。
つまらなさそうにタバコを吸っていたアイが、当たり前のように俺の肩に乗るのを待ち、それが終わると俺は協会の外に出た。
「殆ど探しちまったんだが……さて、何処を探す?」
「……港にゃまだ行ってねぇんじゃねぇの?」
あぁ、確かにそうだがあんな所にまず居ないだろうよ。そう思いつつも俺は横帆を閉じた船が並んだ港へと移動した。
ガリー号がありゃぁここに並んでいても、遜色のねぇほどに良い船だったのによ。そんな事を思いながら、人集りが出来ているのに気付いた俺達はそこに近付いていった。
「下がって下がって!」
人混みを分けながらその輪の中を見ると、血にまみれた見覚えのある剣が落ちていた。アイリスが持っていた魔剣だな。それが鞘から抜けた状態で落ちていた。
「アイ、どう思う」
「……なんかあったっぽいな、ったくありったけの問題に巻き込まれるタイプだな」
「だな」
俺は兵士に声をかけた。何があったのかという事をだ。すると、夜中に誰かが海に落ち、そいつの捜索を行っているらしいが未だに見つからないそうだ。
「もし沖まで流されていたらハルワイブ王国まで流れ着いているかもしれませんね」
んなわけねぇだろ、とツッコミを入れながらアイリスの魔剣に目をやると、誰かを切ったような血の付き方ではなかった。
とりあえず、その剣をこっちで引き取り俺らは宿に帰ることにした。
宿には獅子のあんちゃんとアリスが居るはずだが、何処にも見当たらねぇ。
「おいおい、こんな時にどこ行きやがったんだ? まさかデートにでも行ったのか?」
「あの二人がか? はん、有り得ねぇ、有り得ねぇな」
二人でそう言っていたが、帰ってきた二人を見てマジでそうなんじゃね? と思ってしまったけどな。
まぁ、嬢ちゃんが居なくなって姐さんも傷心中なんだろう。聞くと二人で町を発ってから、この町までほとんど二人だったそうだ、そりゃぁショックも受けるわな。
アイに聞くと、どちらかというとアイリスの方がアリスに依存していたようにも見えたらしいが、どうやら共依存だったようだな。
こればかりは、嬢ちゃんが戻ってくるかアリスがなんとか乗り越えるしかなさそうだな。長くはなりそうだがな。
──二ヶ月後、ハルワイブ王国、黎明の魔女マリアの執務室──
彼女が流れ着いてから二ヶ月が経ちました。しかしアイリスはあちらには戻らないと言い、それならば兵士としてこちらで生活するというのは? という事を提案すると快く受け入れました。
驚く事に魔法の腕だけでは無く戦略眼に優れており、まるで戦うために生まれてきたような存在です。
それを証明したのは、歩兵部隊長であるバルトロマイとの模擬戦争を行った時の事です。
バルトロマイはこの国屈指の兵士であり、また軍師でもあります。帝国の軍師にも引けを取らないでしょう、その彼と互角の駆け引きを行っていたのですから、彼女の能力が垣間見えますよ。
ですから、彼女には私の魔法部隊ではなく遊撃を主とした、ドラクルを含む中隊規模の騎兵、歩兵、魔法使いを混成させた部隊の部隊長として、新設させた部隊を任せようかと思います。
コミュケーション能力、指揮能力、戦闘力、共に申し分ない隊長ではあるんですが、一つだけ問題があるとすればそれは、彼女があまりにもハルワイブ王国軍内の軍律にそぐわない、という事です。
ハルワイブ王国軍は賭け事や娯楽や飲酒を良しとはしていません。しかし、アイリスは副隊長と数人のメンバーで夜な夜な、お酒を飲みに行っているという報告が上がってきています。
しかし、そのおかげかどうかは不明ですが彼女の部隊は、戦果を着々と伸ばしており禁止する事により士気が下がる事があれば、それは私の責任となります。
私はアイリスと副隊長であるドラクルを、執務室に呼び寄せました。何故軍律に背くような事をするのかと言うことを聞きました。
「ルールを破るのは良くないって事はわかるよ、けどやっぱり息抜きって大切だと思うんだよね!」
「……なるほど、しかし、アイリスはまだ入隊してから、まだ一ヶ月も経っていません。なんというか、上層部からはあまり良く思われていませんよ」
確かにそうみたいだね、と彼女は肩を竦めた。上に嫌われるということは、戦場で命を落としやすくなるという事、私はそれを危惧しているのです。彼女は優秀な兵士であり、そんな事で命を落とすのはこの国の不利益になります。
「……今は何も手を出してきません、何故なら国王が貴女とドラクルの働きを大きく評価し、多少の軍律違反は目を瞑っているからに過ぎません、しかし、このような事が続くのであれば国王から、何らかの叱責を受ける可能性も無きにしも非ずです」
しかし、この軍律は国家転覆を謀ったとして、今現在拘束されている、イウダ元騎兵隊長によって制定されたものです。よく出来た規律ですが、変えるべきなのかもしれませんね、しかし変えたことによって兵士達か堕落してしまう可能性も、有り得ます。線引きがとても難しいんですよね、こういうのって。
「でもさぁ、ここの軍律ってハルワイブ王国の人の気質と真反対なんだよね」
アイリスは腕を組んで自身の考えを話し始めた。彼女の話は中々斬新で面白いものが多いので、私もついつい聞き入ってしまいます。
「酒も賭け事も女も、何もかも禁欲禁欲、逆に爆発しちゃうよ? もしバレたら罰が待ってるし、なんかさ監獄みたいだよね」
監獄、それは言い得て妙ですね。アイリスが軍内を見てそう思ったのか、はたまた兵士の誰かがそれを口にしたのか、分かりませんがそういう不満があるのも事実、ということなのでしょう。仕方ありません、少し対策を打ちますか。
「わかりました、前向きに検討致します。しかし、結果がわかるまで控えてくださいよ」
「わかった!」
元気な笑顔でそう答えたアイリスですが、本当にわかっているのでしょうか? 不安になってしまいますね。
とりあえず、上申しなくてはなりません。私は書類に軍律に関することを纏め、それを魔法使いの部下に渡し、持っていくように伝えた。
さてさて、これからアイリスはどうなって行くのでしょうね? 彼女の成長していく様を近くで見られるというのは、とても楽しみではあります。しかし、また恐ろしくもあります。いつか彼女が魔王の元へと戻るのではないかと。
彼女は軍の中枢を担うことの出来る今どき珍しい兵士であり、隊長です。彼女を手放したくはない。何より、向こうには帝国の獅子、レオンハルトが居ます。もし帝国にでも亡命されたら──いえ、彼女に限ってそんなことはないでしょうが、それを考えるととても恐ろしくなりますね。
ですが、今は彼女の成長を見ておきましょうか、誰よりも近くで、ね。
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