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帝国の獅子
第三話
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黎明の魔女、今や魔王に次いで最強の魔法使いと謳われる存在。敵として対峙したさいには、本来であれば極刑に処されるほどの敵前逃亡を唯一許され、戦わずに一目散に逃げる事以外を逆に許されない存在。一言で言えばデタラメだ。
そんな危険人物からのご依頼だ。どれだけドラゴンが規格外のバケモンなのか想像に難くない。それでも俺が挑むのはアリスの為だ。可愛げのないアリスの、な。
俺達の乗っている協会の船は順調に水平線を進んでいた。何事も無く、順調にだ。
日が昇る前に目を覚ました俺は、まだ寝ているアイリスの手が離れているのに気付き、少し寝ぼけた目で甲板へと上がった。水夫が忙しそうに動いていた。朝から精が出るな。
空は雲一つない真っ青で、寝起きの目には心地の良いものだった。海を眺めながら大きく伸びをし、固くなった関節を解した。
少しすると太陽が昇り始め、眩しい光が目に入ってくる。今日の夕方にはハルワイブ王国に着くだう。そんな時、一人の水夫が大きな声を上げた。
「海賊だ!! 右舷の方向に海賊だ!」
ほう、海賊とはまた古臭い連中が現れたようだ。ほとんど壊滅したものと思っていたが、どうやら細々とやっているようだな。
俺は遠くに見える海賊船を眺めていた。今ではすっかり見なくなった、荒くれ共の生き残りだ。さぞかし勇猛なんだろうな。そう心の中で笑っていると砲撃音が聞こえた。どうやら海賊船が撃ってきたようだ。しかし、そう簡単に当たるほど精度がいい代物じゃない。
協会の船を操る航海士は横腹を海賊船に向け、砲撃準備を整えた。
海賊船がどう出てくるか、普通ならこのまま撃ち合うが──
「なっ! あいつら土手っ腹に突っ込むつもりか!?」
かなり離れている距離から、一直線に進んできやがる、意外と速度が出ており距離は一気に縮まっていた。
海賊船の船首には一人の、褐色の肌を持つ男がカットラスを肩に担ぎながら、笑みを浮かべていた。勇猛っていうよりかはバカみてぇな奴だな。
「ガリー号最期の華だ! 協会のクソッタレに大盤振る舞いしてやれぇ!」
男の声が聞こえてきた。随分と楽しそうだ、それにしてもガリー号という海賊船はかなり傷だらけだ。焦げ跡のようなものもある。
みるみるうちにこちらの船とあちらの船の距離は目の鼻の先だ。協会の船は距離を取ろうとしているのだが、如何せん三層艦だ、二層艦である海賊船には速度で勝てない。
そしてガリー号は被弾しつつ協会の船に激突した。割れるまでは行かなかったが、次々と海賊船の乗組員が流れ込んでくる。甲板上は乱戦となっていた。
「獅子のあんちゃん強そうだなぁ! 俺と一戦交えてくれやぁ!」
俺を見つけた船長らしき男はカットラスを素早く振り、俺の首をはねようとしてきた。先程船首にいた奴だ。
「男と心中するつもりはないんだがな」
「はっはっは! そう言ってくれるなよ!」
愛剣を抜きカットラスを鍔で受け止めながら相手の言葉に返した。やはり船上では大きな剣は不利だな。
「俺の名前はサミュエルだ、夜露死九頼むぜ!! ガリー号の船長、ブラックサムって呼んでくれや!」
「あぁそうかよ、断るぜ!」
一合二合と斬り結んでいると、サミュエルの強さが良くわかる。並の海賊ではない、数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだろう、先が読めず素早くトリッキーな動きに翻弄されてしまう。
縦に振ったと思えばジャグリングでもするかのように、カットラスを背中から投げ頭上で掴み再び振り下ろしきた。まるで大道芸人だな。クソやりづらい相手だ。
「隙だらけだぜ! 獅子のあんちゃん!」
俺はサミュエルの武器がカットラス一本だと勝手に思っていた。上半身も裸だ、武器なんて持っていないと思っていた、しかし──
「ヴァッサーヴァリスタ」
突然腕に痛みが走った。見ると腕には水で出来た、巨大な槍のような矢が刺さっていた。サミュエルに目をやると、カットラスを持っていない方の手には、俺に刺さっているモノと同じものが握られていた。
「しめぇだ」
「ダメェェ!!」
その矢が再び投げられそうになった時、アイリスの叫び声が聞こえてきた。まるで俺を庇うように、前に立ち手を広げていた。
「女ァ!?」
っとっと、と動きを止めるサミュエルはありえないと言った表情をしていた。
確かに海賊は伝承やら言い伝えをよく信じる。サミュエルが驚いているのも、船には女を乗せてはいけないというものだろう。
だが、それのおかげで何とか立て直すことが出来た。ありがとうアイリス、そして周りを見るとガリー号の船員たちは無力化され、残るはサミュエルだけとなっており、協会の船員が意外と骨のある奴らだと分かった。
「あークソ、はいはいわかりましたよ! 俺の負けだ! こんちくしょう!」
周囲の状況を見てサミュエルは、その場に座り込んでそう叫んだ。潔い男だ。嫌いじゃない。
「海賊は即刻斬首が通例だ」
まっ、そらそうだわな、と諦めたようにサミュエルは肩を竦めて、笑いながらこちらを見てきた。仕方ない、帝国軍人として自国領での略奪行為を見逃すわけにはいかない。愛剣を振り上げた。
「レオンさん、ちょっと待って」
「アイリス、悪党を助けるつもりか?」
アイリスは座り込んでいるサミュエルと目を合わすようにしゃがみ、顔を見つめていた。
それを悪態をつくでもなく、助けを求めるでもなく、無言で見つめ返すサミュエルは、ため息混じりに何だよ嬢ちゃんと問い掛けた。
「死ぬつもりだった?」
「……まぁな、ガリー号がもうほとんど航行出来ねぇ状態だったからな、船と共に死ぬのが海賊であり、俺の誇りだ……」
俺は二人の話を聞きながら、協会の船に突っ込んできているガリー号を見た。帆は焦げ付き、マストは折れかけていた。これは衝突した際の傷じゃない。俺が察するに──
「クソトカゲに襲われちまってな、命からがら逃げてきたが、船はお釈迦寸前だ、最期の華としてお前らを襲ったが、はっ、このザマだ。黒髭にはなれなかったのさ」
「ふーん、だったらその命、私に頂戴?」
「は? はっはっは! 何を言い出すかと思えばくだらねぇ事抜かしてんじゃねぇぞ。俺は海賊だ! 俺の命は、魂は海に預けてきた! 乳臭いガキに──」
アイリスはそう言われて、鞘に収めていた剣をゆっくりと抜きサミュエルの首に押し当てた。
可愛い顔をしているが、アイリスのやる事は意外とえげつない。そのまま首をはねることもするだろう。
さて、アイリスはどう出るか、この手の男は頑固だ、身に覚えがあるからな。ていうか、俺も似たようなもんだろう。
「……嬢ちゃんみたいな女の子が刃なんざ持っちゃいけねぇし、慣れねぇ事はするもんじゃねぇ」
サミュエルは眉を曇らせ、アイリスの少し震える手を見つめていた。本当は剣を人に向けるのも怖いはずだ。
「……慣れてなくても、私は慣れなきゃダメなんだ」
「獅子のあんちゃん、この子を何とかしてくれ、こういう子は苦手なんだ、意志の硬すぎる女ってのは悲しいからよ」
サミュエルはため息を吐き項垂れた。どうやらアイリスみたいな堅物は苦手なようだ、なんとなく分かるぞ。
だがアイリスは優しい奴だ。だから自分なりにこいつの命を救おうとしてるんだろう。ただ、慣れてないだけだ。
「はぁ……嬢ちゃんよぉ……俺は死を覚悟してここに来たんだ、分かるよな? だから助けて欲しいわけじゃねぇんだ」
「だって、目の前で人が死ぬのは、嫌なんだもん」
あぁ、と顔を手で覆うサミュエルはアイリスの顔を見て、再びため息を吐いた。そして、立ち上がりアイリスの泣きそうになっている彼女の頭を、わしゃわしゃと撫でた。
「なんでこいつが泣きそうになってんだよ……あぁちくしょう、女の涙には弱いんだ」
俺達はサミュエルとその部下達を迎え入れると事となった。サミュエル達は今にも沈みそうなガリー号を協会の船に横付けし、積み込んでいた食料やらを協会の船に載せていた。
それが終わると、協会の船員達はガリー号の船体をばらし始め、傷の少ない使える木板で応急処置をし始めていた。
アイリスがふと、空を見上げていた。どうしたのかと問いかけると、鳥が飛んでいると遠くを指差した。海鳥か? と俺もそちらの方向を見るとそれはそんなに可愛らしいものではなかった。
「急いで錨を上げろ! あのクソトカゲ追いかけてきやがった!!」
サミュエルは協会の船員と部下に指示を出していた。幸いにも応急処置は済んでいたため、動く事は出来た、だが元々そこまで素早い動きが出来ないのが船というものだ。
巨大な飛ぶトカゲの姿がだんだんと近くなってきた。黒い巨躯に禍々しい雰囲気を醸し出すそれが、まるでこの世の生き物だとは思えなかった。おとぎ話の生き物だ、何百年も姿を見せなかったあれが何故今になって出てきたんだ。
体には生々しい傷が数多く刻まれており、どれほど歴戦の化け物なのか、一目でわかる。
「これだから太った船は嫌いなんだよ!」
舵を取るサミュエルは巧みにこの大きな三層艦を操っていた。だがしかし、それも長くは続かない。空を覆うほどのドラゴンは既に、頭上へと追い付いていた。
「やべぇ!! 全員海に飛び込めぇ!!」
サミュエルはそう叫ぶと、こちらに走ってきて俺とアイリスの腕を掴み海に飛び込んだ。その瞬間、俺達の背中には鎧が溶けてしまうんじゃないか、と思えるほどの高熱が伝わってきた。
ドラゴンのブレスを吐きやがった。あんなものをモロに受けりゃ、溶けるとかそんなレベルじゃねぇ。跡形もなくなっちまうよ。
船は完全に燃え、船員も大半の奴らが燃やされた。残ったのは、数人だった。
ドラゴンは船が燃えるのを確認するように滞空し、こちらを数分間じっと見つめ、ハルワイブ王国の方向へと飛び去っていった。
「クソ、嫌がらせかよ」
「嫌がらせにしては強烈だがな」
幸い陸が目に見えており、なんとか泳いでいけそうだった。アイリスも泳ぎは得意なようで、嬉々としているかはどうかは分からないが、サミュエルとどちらが先に陸につくか勝負をし始めた。元気だな、俺はゆっくりと泳ぐことにしよう。
陸の方では黒煙が上がっているが、今はまず泳ぎ切ることが先決だ。
ハルワイブ王国は緑が美しい国だ。かと言って後進国というわけじゃ無い。それが今は灰色ばかりだ。
こいつは酷い、まるで更地だ。港町はもはや見るに耐えなかった。辺りには沢山の人だったものが転がっており、つい先程燃やされたのだと分かるほど熱気が残っていた。
「こいつぁひでぇな……丸焼きどころじゃねぇ」
「うっ……」
「嬢ちゃん、あんま見ない方がいい。吐くぞ」
アイリスは口元を抑え、それから目を離した。確かにこれは俺でも嫌になる光景だ。こんな凄惨な景色が何処までも続いている。目を覆いたくなるのは当然だろう。
町だった場所を探索していると遠くの方から、早馬に乗った一人の女が現れた。
「貴方達はこの町の生き残りですか!」
「いや、協会から派遣された者だ」
「そう、ですか……」
魔法使いが身につけるグレーのローブにとんがり帽子を被った、女は悔しそうに目を伏せた。
アイリスはサミュエルの後ろに隠れていた、知っている人物なのか?
「……こんな状況で魔王の眷属だなんて笑えませんね」
「……マリア、久しぶり」
あぁ、なるほど。こいつが黎明の魔女様なのか、随分と若いな。老婆だと思っていたが可愛らしい女の子だ。こんな若いのに俺達は苦しめられてんのかよ。
マリアと呼ばれた黎明の魔女はため息を吐き、頭を抱えながら付いてくるよう促した。
「ドラゴンが出現したのは三日前、山岳地に巣を設け子作りの最中なんです」
「迷惑な話だな」
マリアが説明するには、人間やモンスターも関係なく食い散らかし、燃やし尽くすそうだ。目に付いたもの全てを、だ。
「私や魔法部隊を全て動かし防衛魔法を張っているのですが、山岳地帯から港はほぼ真逆であり、山岳地帯近くの町を優先していたのですが……私の判断ミスです、協会の方々にも多大な迷惑をかけてしまいました、そこの眷属は知りませんが」
「まぁまぁ、嬢ちゃんをいじめないでやってくれや、魔女様?」
小さく舌打ちを鳴らしながら、今回だけ見逃してあげますけど、と明らかに嫌そうな表情をしている。何かあったのか?アイリスはアイリスでマリアを威嚇するように、サミュエルの背後から睨んでいた。犬か。
さて、これからどうなる事やら、俺は一抹の不安を感じながらマリアの後ろを付いていくことにした。
そんな危険人物からのご依頼だ。どれだけドラゴンが規格外のバケモンなのか想像に難くない。それでも俺が挑むのはアリスの為だ。可愛げのないアリスの、な。
俺達の乗っている協会の船は順調に水平線を進んでいた。何事も無く、順調にだ。
日が昇る前に目を覚ました俺は、まだ寝ているアイリスの手が離れているのに気付き、少し寝ぼけた目で甲板へと上がった。水夫が忙しそうに動いていた。朝から精が出るな。
空は雲一つない真っ青で、寝起きの目には心地の良いものだった。海を眺めながら大きく伸びをし、固くなった関節を解した。
少しすると太陽が昇り始め、眩しい光が目に入ってくる。今日の夕方にはハルワイブ王国に着くだう。そんな時、一人の水夫が大きな声を上げた。
「海賊だ!! 右舷の方向に海賊だ!」
ほう、海賊とはまた古臭い連中が現れたようだ。ほとんど壊滅したものと思っていたが、どうやら細々とやっているようだな。
俺は遠くに見える海賊船を眺めていた。今ではすっかり見なくなった、荒くれ共の生き残りだ。さぞかし勇猛なんだろうな。そう心の中で笑っていると砲撃音が聞こえた。どうやら海賊船が撃ってきたようだ。しかし、そう簡単に当たるほど精度がいい代物じゃない。
協会の船を操る航海士は横腹を海賊船に向け、砲撃準備を整えた。
海賊船がどう出てくるか、普通ならこのまま撃ち合うが──
「なっ! あいつら土手っ腹に突っ込むつもりか!?」
かなり離れている距離から、一直線に進んできやがる、意外と速度が出ており距離は一気に縮まっていた。
海賊船の船首には一人の、褐色の肌を持つ男がカットラスを肩に担ぎながら、笑みを浮かべていた。勇猛っていうよりかはバカみてぇな奴だな。
「ガリー号最期の華だ! 協会のクソッタレに大盤振る舞いしてやれぇ!」
男の声が聞こえてきた。随分と楽しそうだ、それにしてもガリー号という海賊船はかなり傷だらけだ。焦げ跡のようなものもある。
みるみるうちにこちらの船とあちらの船の距離は目の鼻の先だ。協会の船は距離を取ろうとしているのだが、如何せん三層艦だ、二層艦である海賊船には速度で勝てない。
そしてガリー号は被弾しつつ協会の船に激突した。割れるまでは行かなかったが、次々と海賊船の乗組員が流れ込んでくる。甲板上は乱戦となっていた。
「獅子のあんちゃん強そうだなぁ! 俺と一戦交えてくれやぁ!」
俺を見つけた船長らしき男はカットラスを素早く振り、俺の首をはねようとしてきた。先程船首にいた奴だ。
「男と心中するつもりはないんだがな」
「はっはっは! そう言ってくれるなよ!」
愛剣を抜きカットラスを鍔で受け止めながら相手の言葉に返した。やはり船上では大きな剣は不利だな。
「俺の名前はサミュエルだ、夜露死九頼むぜ!! ガリー号の船長、ブラックサムって呼んでくれや!」
「あぁそうかよ、断るぜ!」
一合二合と斬り結んでいると、サミュエルの強さが良くわかる。並の海賊ではない、数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだろう、先が読めず素早くトリッキーな動きに翻弄されてしまう。
縦に振ったと思えばジャグリングでもするかのように、カットラスを背中から投げ頭上で掴み再び振り下ろしきた。まるで大道芸人だな。クソやりづらい相手だ。
「隙だらけだぜ! 獅子のあんちゃん!」
俺はサミュエルの武器がカットラス一本だと勝手に思っていた。上半身も裸だ、武器なんて持っていないと思っていた、しかし──
「ヴァッサーヴァリスタ」
突然腕に痛みが走った。見ると腕には水で出来た、巨大な槍のような矢が刺さっていた。サミュエルに目をやると、カットラスを持っていない方の手には、俺に刺さっているモノと同じものが握られていた。
「しめぇだ」
「ダメェェ!!」
その矢が再び投げられそうになった時、アイリスの叫び声が聞こえてきた。まるで俺を庇うように、前に立ち手を広げていた。
「女ァ!?」
っとっと、と動きを止めるサミュエルはありえないと言った表情をしていた。
確かに海賊は伝承やら言い伝えをよく信じる。サミュエルが驚いているのも、船には女を乗せてはいけないというものだろう。
だが、それのおかげで何とか立て直すことが出来た。ありがとうアイリス、そして周りを見るとガリー号の船員たちは無力化され、残るはサミュエルだけとなっており、協会の船員が意外と骨のある奴らだと分かった。
「あークソ、はいはいわかりましたよ! 俺の負けだ! こんちくしょう!」
周囲の状況を見てサミュエルは、その場に座り込んでそう叫んだ。潔い男だ。嫌いじゃない。
「海賊は即刻斬首が通例だ」
まっ、そらそうだわな、と諦めたようにサミュエルは肩を竦めて、笑いながらこちらを見てきた。仕方ない、帝国軍人として自国領での略奪行為を見逃すわけにはいかない。愛剣を振り上げた。
「レオンさん、ちょっと待って」
「アイリス、悪党を助けるつもりか?」
アイリスは座り込んでいるサミュエルと目を合わすようにしゃがみ、顔を見つめていた。
それを悪態をつくでもなく、助けを求めるでもなく、無言で見つめ返すサミュエルは、ため息混じりに何だよ嬢ちゃんと問い掛けた。
「死ぬつもりだった?」
「……まぁな、ガリー号がもうほとんど航行出来ねぇ状態だったからな、船と共に死ぬのが海賊であり、俺の誇りだ……」
俺は二人の話を聞きながら、協会の船に突っ込んできているガリー号を見た。帆は焦げ付き、マストは折れかけていた。これは衝突した際の傷じゃない。俺が察するに──
「クソトカゲに襲われちまってな、命からがら逃げてきたが、船はお釈迦寸前だ、最期の華としてお前らを襲ったが、はっ、このザマだ。黒髭にはなれなかったのさ」
「ふーん、だったらその命、私に頂戴?」
「は? はっはっは! 何を言い出すかと思えばくだらねぇ事抜かしてんじゃねぇぞ。俺は海賊だ! 俺の命は、魂は海に預けてきた! 乳臭いガキに──」
アイリスはそう言われて、鞘に収めていた剣をゆっくりと抜きサミュエルの首に押し当てた。
可愛い顔をしているが、アイリスのやる事は意外とえげつない。そのまま首をはねることもするだろう。
さて、アイリスはどう出るか、この手の男は頑固だ、身に覚えがあるからな。ていうか、俺も似たようなもんだろう。
「……嬢ちゃんみたいな女の子が刃なんざ持っちゃいけねぇし、慣れねぇ事はするもんじゃねぇ」
サミュエルは眉を曇らせ、アイリスの少し震える手を見つめていた。本当は剣を人に向けるのも怖いはずだ。
「……慣れてなくても、私は慣れなきゃダメなんだ」
「獅子のあんちゃん、この子を何とかしてくれ、こういう子は苦手なんだ、意志の硬すぎる女ってのは悲しいからよ」
サミュエルはため息を吐き項垂れた。どうやらアイリスみたいな堅物は苦手なようだ、なんとなく分かるぞ。
だがアイリスは優しい奴だ。だから自分なりにこいつの命を救おうとしてるんだろう。ただ、慣れてないだけだ。
「はぁ……嬢ちゃんよぉ……俺は死を覚悟してここに来たんだ、分かるよな? だから助けて欲しいわけじゃねぇんだ」
「だって、目の前で人が死ぬのは、嫌なんだもん」
あぁ、と顔を手で覆うサミュエルはアイリスの顔を見て、再びため息を吐いた。そして、立ち上がりアイリスの泣きそうになっている彼女の頭を、わしゃわしゃと撫でた。
「なんでこいつが泣きそうになってんだよ……あぁちくしょう、女の涙には弱いんだ」
俺達はサミュエルとその部下達を迎え入れると事となった。サミュエル達は今にも沈みそうなガリー号を協会の船に横付けし、積み込んでいた食料やらを協会の船に載せていた。
それが終わると、協会の船員達はガリー号の船体をばらし始め、傷の少ない使える木板で応急処置をし始めていた。
アイリスがふと、空を見上げていた。どうしたのかと問いかけると、鳥が飛んでいると遠くを指差した。海鳥か? と俺もそちらの方向を見るとそれはそんなに可愛らしいものではなかった。
「急いで錨を上げろ! あのクソトカゲ追いかけてきやがった!!」
サミュエルは協会の船員と部下に指示を出していた。幸いにも応急処置は済んでいたため、動く事は出来た、だが元々そこまで素早い動きが出来ないのが船というものだ。
巨大な飛ぶトカゲの姿がだんだんと近くなってきた。黒い巨躯に禍々しい雰囲気を醸し出すそれが、まるでこの世の生き物だとは思えなかった。おとぎ話の生き物だ、何百年も姿を見せなかったあれが何故今になって出てきたんだ。
体には生々しい傷が数多く刻まれており、どれほど歴戦の化け物なのか、一目でわかる。
「これだから太った船は嫌いなんだよ!」
舵を取るサミュエルは巧みにこの大きな三層艦を操っていた。だがしかし、それも長くは続かない。空を覆うほどのドラゴンは既に、頭上へと追い付いていた。
「やべぇ!! 全員海に飛び込めぇ!!」
サミュエルはそう叫ぶと、こちらに走ってきて俺とアイリスの腕を掴み海に飛び込んだ。その瞬間、俺達の背中には鎧が溶けてしまうんじゃないか、と思えるほどの高熱が伝わってきた。
ドラゴンのブレスを吐きやがった。あんなものをモロに受けりゃ、溶けるとかそんなレベルじゃねぇ。跡形もなくなっちまうよ。
船は完全に燃え、船員も大半の奴らが燃やされた。残ったのは、数人だった。
ドラゴンは船が燃えるのを確認するように滞空し、こちらを数分間じっと見つめ、ハルワイブ王国の方向へと飛び去っていった。
「クソ、嫌がらせかよ」
「嫌がらせにしては強烈だがな」
幸い陸が目に見えており、なんとか泳いでいけそうだった。アイリスも泳ぎは得意なようで、嬉々としているかはどうかは分からないが、サミュエルとどちらが先に陸につくか勝負をし始めた。元気だな、俺はゆっくりと泳ぐことにしよう。
陸の方では黒煙が上がっているが、今はまず泳ぎ切ることが先決だ。
ハルワイブ王国は緑が美しい国だ。かと言って後進国というわけじゃ無い。それが今は灰色ばかりだ。
こいつは酷い、まるで更地だ。港町はもはや見るに耐えなかった。辺りには沢山の人だったものが転がっており、つい先程燃やされたのだと分かるほど熱気が残っていた。
「こいつぁひでぇな……丸焼きどころじゃねぇ」
「うっ……」
「嬢ちゃん、あんま見ない方がいい。吐くぞ」
アイリスは口元を抑え、それから目を離した。確かにこれは俺でも嫌になる光景だ。こんな凄惨な景色が何処までも続いている。目を覆いたくなるのは当然だろう。
町だった場所を探索していると遠くの方から、早馬に乗った一人の女が現れた。
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「いや、協会から派遣された者だ」
「そう、ですか……」
魔法使いが身につけるグレーのローブにとんがり帽子を被った、女は悔しそうに目を伏せた。
アイリスはサミュエルの後ろに隠れていた、知っている人物なのか?
「……こんな状況で魔王の眷属だなんて笑えませんね」
「……マリア、久しぶり」
あぁ、なるほど。こいつが黎明の魔女様なのか、随分と若いな。老婆だと思っていたが可愛らしい女の子だ。こんな若いのに俺達は苦しめられてんのかよ。
マリアと呼ばれた黎明の魔女はため息を吐き、頭を抱えながら付いてくるよう促した。
「ドラゴンが出現したのは三日前、山岳地に巣を設け子作りの最中なんです」
「迷惑な話だな」
マリアが説明するには、人間やモンスターも関係なく食い散らかし、燃やし尽くすそうだ。目に付いたもの全てを、だ。
「私や魔法部隊を全て動かし防衛魔法を張っているのですが、山岳地帯から港はほぼ真逆であり、山岳地帯近くの町を優先していたのですが……私の判断ミスです、協会の方々にも多大な迷惑をかけてしまいました、そこの眷属は知りませんが」
「まぁまぁ、嬢ちゃんをいじめないでやってくれや、魔女様?」
小さく舌打ちを鳴らしながら、今回だけ見逃してあげますけど、と明らかに嫌そうな表情をしている。何かあったのか?アイリスはアイリスでマリアを威嚇するように、サミュエルの背後から睨んでいた。犬か。
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