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帝国の獅子
一話
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全く、戦争なんざいつまで経っても好きになれないもんだ。目の前で数分前に喋っていた奴が、無残な姿になるんだ、常軌を逸してる。
俺は帝国のとある農村で生まれた、親父は帝国の元将官だった。お袋は一般人だがな。まぁ、それなりに幸せだったのかもしれねぇが、俺は満足出来なかった。なんせ親父の話が楽しくて仕方がなかったんだ。そうすりゃぁ、気付けば帝国軍に入っていた。
軍人という職業が合っていたのか、俺はすぐに昇進することとなり、大隊を任されられるほどになってしまった。だが、やはり早すぎる昇進というのは周囲から反感を買うようだ。まぁ、こっちはただ任された仕事をやっているに過ぎない。それで嫉妬されるのはお門違い、というものだと思うがな。
さて、目の前で、俺の部隊と交戦している我らが帝国に仇なす不届き者の集団、兵力は同程度。だが、魔法使いという存在がその差を大きく開く事となってしまう。
帝国は確かに強い。だが、魔法という分野では他より劣っており、数世代ほど遅れていた。何故そこまで遅れているのか、俺も疑問に思っていたが軍に入って理解した。前近代的なんだ、魔法という代物は帝国からすれば邪道そのものなんだ。
「レオンハルト中佐! 敵魔法部隊を左後方に確認! 距離凡そ五百! 数は約百人!」
「二百の弓兵と騎兵をそっちに割け! クソ、小競り合いに百人もの魔法使いを寄越すか普通!!」
魔法使いは云わば弓兵の射程距離を持った歩兵だ。それも強靭な肉体を持つ、な。
魔法使いの軍団と対峙するには、その数を減らしていくのが手っ取り早く、効果的であると俺は思っている。奴らはアリスのような実力を持つ者ばかりじゃない。いくら魔法の弾幕でも二百もの矢を全て撃ち落とせるわけじゃない、こちらは距離さえ詰めることが出来たら、帝国が誇る精鋭騎兵隊の力でねじ伏せる事が出来る。そうなれば、勝ちだ。
戦争は数の暴力だ。数が多けりゃ大概の戦争は勝てた、十年ほど前まではな。
五年ぐらい前から魔法の技術が大幅に飛躍したせいで、帝国が軍隊を展開させていた複数の戦線では押し込まれていた。勿論、局地的敗北に過ぎないが、それでも世界情勢は帝国の敗色濃厚に傾き始めているのは間違いない。
「黎明の魔女を確認! 敵魔法部隊の指揮官を黎明の魔女と確認!」
「クソ、全軍に通達! 撤退だ!!」
また負けた、これで何連敗だ? 帝国には魔法の技術が、魔法の力が必要だ。だが、そんなすぐに上げられるものじゃない。全く、不公平な戦争だな?
俺は部隊の先頭を走りながら、頭を抱えた。黎明の魔女、奴が戦争に現れたのは約五年前、周辺諸国が我々を上回り始めたのも五年前、既に帝国の兵站は崩壊しかかっている。食料も無けりゃ、装備を少ない。はっ、どう勝てってんだ?
「レオ、また負けたな」
俺の隣に並んだ黒の甲冑を身につけた、虎頭の亜人はティーゲル、騎兵隊を指揮する部下だ。
同じ肉食動物として気が合う奴が、仕方ないと言った顔でこちらを見ていた。
「こちらも早急に魔法の技術員を探し出さなければならないな」
それが出来れば、何の問題もねぇんだがな。だが、俺はある人物に出会った、魔王の名を名乗る女だ。初めはなに言ってんだ、と思ったがあいつの力を目の前で見ていると、あながち嘘でもないような気がする。協力してもらえるだろうか? いや、彼女は亜人を嫌っている節があるからな、難しいだろう。だが一度頼んでみるのもいいかもしれないな。
俺達は帝国の軍艦に乗り込み、アシュタドラに帰還する事となった。このままじゃぁ、いけねぇよなぁ。
アイやアイリス、アリスには迷惑をかけたくはない。俺の都合で帝国軍に来てくれ、なんて事は言えねぇ。あぁ、そういやアシュタドラを去ってからもう大分経つが、あいつらちゃんとしてるだろうか。心配だ。何気にアリスも天然、というか子どもらしいところがあるからな。
船の先で、見えてきたアシュタドラの港を眺めていると、夜中だというのにふらふらと歩く一人の女が居た。手には剣が握られていた。
「この前の嬢ちゃんじゃねぇのか? ほら、アイリスだったか? 元気そうな子だったよな」
「……確かに、アイリスに見えねぇこともねぇが、なんだが様子が変だな」
そう、いつもなら元気よくアリス達と話しており、一人で行動する事はあまり無いアイリスだが、今日は元気が無くどこか、茫然自失? なんというか、まるで亡霊のようだ。
軍艦を舫い杭にロープで繋ぎ、停泊させてから俺は部下に命令があるまで自由行動と伝えて、アイリスの元へと走った。
「おいアイリス、こんな時間に何してんだ」
後ろから声をかけた。しかし、アイリスはこちらを見ようとはしない。俺は彼女の肩を掴んだ、するとばっ、と勢いよく向き直り剣を抜きもって振るってきた。
突然の出来事と、アイリスが迷いなくその行為を行ってきた事により、反応が遅れ首に掠ってしまった。
「おい! アイリス! レオンハルトだ!」
「……レオンさん、ごめん、ごめんね、ごめんなさい」
何度も謝りながら、涙目でこちらに切っ先を向けるアイリスだった。俺は彼女を落ち着かせるために剣を鞘のまま、腰から抜き取り構えた。
アイリスの動きは単調だった。真っ直ぐ斬りかかって来るが、殺す覚悟が出来ているのか頭部だけを狙ってくる。対処するのは簡単だった。
俺は鍔でアイリスの太い剣を受け止めて、腹部を靴の底で蹴るとアイリスは蹲った。
「っ……」
「落ち着いたかアイリス、一体どうしたってんだ」
「……アリスさんを助ける為だよ」
何? と理由を問いただすとどうやらアリスが倒れ、医者の治療を受けるために俺を殺すよう言われたそうだ。
魔力欠乏症に魔力生成回路の損傷か、中々厄介だな。魔力欠乏症はたまに見かけるが、魔力生成回路の損傷は下手をすれば、魔法使い人生が潰える可能性すらある。魔法使いを診る事の出来る医者ならば、早急に対処をしなければならない事を知っているはず、逆にそれを利用して言うことを聞かせるなんて、犬畜生にも劣るクソ野郎だ。誰だ一体。
「……っだから、っレオンさんには死んでもらわないと、アリスさんが、アリスさんが助からないんだよっ!!」
腹部を抑えながら再び剣を握り締めて、斬りかかって来るアイリスは、俺の横に一閃した剣をしゃがみ避け、俺の鎧を貫いた。
「ぐっ……そうか、そうかそうか……だが、俺は死ねないんだ」
涙を流すアイリスを片手で抱き締めて、そう呟いた。こいつのアリスに対する想いはこんなになのか。アリスの為ならこんな事まで出来るいい子じゃねぇか。だから、俺はこいつらを守りてぇ。いや、守らなくちゃいけねぇ。
「分かった、後は俺に任せろ」
そこに作業を終えた部下達が戻ってきた。俺の背中から生える剣を目にして、アイリスを取り押さえようとしたが、俺はそれを止めた。
「この子を保護しろ! 丁重に扱え! 丁重にだ!」
そう言いアイリスの後ろに回り、首を軽く絞めて意識を落とした。今のこいつじゃ何をやらかすか分かったもんじゃない。
「荒事は俺に任せておけ」
俺は急ぎ宿へと向かっていた。一体誰がアイリスを利用したんだ? 俺を殺したいだろう奴は沢山いるからな、検討も付かない。
宿へと戻った俺はベッドで目を覚まさず、死んだように眠っているアリスと、椅子に座りタバコを吸っているアイを目にした。
「アイ、アリスの状態は」
「んーっとね、ずっと目を覚まさないの! アイリスは?」
アイは可愛いな、じゃなくてアイに話を聞く事にした。どうやら、協会の軍医が犯人のようだ。協会の軍医といえば確か──
「わかった、アイはアリスを見ててくれ」
協会と帝国は協定を結んでいる。帝国は協会のモットーである自由を規制しない、帝国絡みの報酬の高い仕事を優先的に斡旋する、代わりに協会が得た素材やお金の一部を帝国に渡し、士官を協会の幹部に据える事。
協会は莫大な資産と人員を準備することが可能で、その人脈も多岐に渡る。だから帝国としても敵には回したくなかったんだ、なんせ冒険者を全員相手にしちまうような事だからな。そんなのあいてにする余裕はうちにはない。
さて、俺は協会に移動し、ある部屋の前に立っていた。
協会の幹部として据えられた軍医といえば一人しかいない。フェーゲライン軍医大佐、医療や魔法に精通する生粋の天才だ。それに俺を憎んでいる、と言うより敵視している。まぁ、早すぎる俺の昇進絡みだろう。逆恨みも甚だしいがな。
「大佐殿、素敵な帰還祝いを送ってくださったようで」
「なに気にせんでくれ」
施術をしていたのか、一人の冒険者が大佐に礼を言いつつ、部屋から出ていった。
その冒険者と入れ替わりに俺が入室すると、大佐は驚くでもなく、あぁやはりか、といった顔でこちらに振り返った。
「……今回の件は貴様も大事にはしたくないだろう?」
「えぇ、まぁ、それはね」
そう、もしこの事を上に報告書として上げればフェーゲライン大佐は罰せられるだろう、だが実行犯であるアイリスには極刑が待っている。それだけはダメだ。
大佐は初めから俺が何も言えない事を分かっていた、状況はあちら側に流れている。今は手出しできないな、だがそんな事で諦める俺じゃない。このツケはしっかりと払ってもらうぞ、フェーゲライン大佐。
「大佐殿、小官の友朋の状態はどんなものでしょうか」
「ふむ、良くはないが命に別状は無いだろう。だが、このまま放っておくと魔法使いとしての道が絶たれてしまう、かもしれんな」
俺は大佐に頭を下げ、よろしくお願いしますと言いその部屋を後にしようとしたが、止められた。振り向くと、彼は俺の胸の傷を魔法で癒した。
「怪我人は放っておけんからな」
そう言い、彼は自身の机に向き直り、カルテに何かを書き込み始めた。
彼は俺を憎む以上に医者という誇りがある。もし憎む俺が病気になったとしても、何食わぬ顔で対処するだろう。それが医者としてのフェーゲライン大佐だ、アリスの事は心配ないだろう、俺がこの町にいる間は彼も何もしてこないはずだ。
俺が次に向かったのは港近くにある、帝国軍支部だった。アイリスを迎えにいくためだ。丁重に保護しろ、とは言ったが俺の部下は少し気性が荒い、何事もなければいいが。
隣をすれ違う兵士達に挨拶を返しながら、俺は帝国支部の扉を開けた。そこにはティーゲルの首元の毛をもふもふしているアイリスの姿があった。
「あ、レオンさん……」
こちらに気付いたアイリスは申し訳なさそうに顔を伏せた。ティーゲルはどうやらアイリスを見ていてくれたようだ。ありがたい、今アイリスに必要なのは休養と、アリス以外の人間だ。
「アイリス、帰るぞ」
「でも」
「でももへちまもねぇ、帰るぞ」
俺はアイリスを持ち上げてお姫様抱っこをした。軽いなこいつ、ちゃんと飯食ってんのか? 無理矢理持ち上げられて、観念したのか静かになった。
ティーゲルに後を任せ、俺はアイリスを連れて町へと繰り出した。
「……レオンさん、お腹、ごめんなさい」
「まぁ、確かに褒められた行動じゃねぇが、俺は誰かのためにあそこまで出来るお前が心配だ」
心配? とアイリスは首をかしげた。あぁ、心配でたまらねぇ。
俺は誰かに狂信する者と何度か対峙した事があるが、それと同じ雰囲気を漂わせていた。死なば諸共、ってな感じだな。
「お前がアリスを信用するのはいい、だがあいつはお前じゃねぇ、お前の進む道は自分で決めなきゃならねぇんだ、誰かに決められるもんじゃねぇ」
「……わかってるよ、けど、何も決められないんだよ、私は、私の進む道がわからない、だからこそアリスさんの進む道が私の道になるんだよ」
俺は立ち止まりアイリスを下ろし、そして彼女の頭を撫でた。それがお前の決めた事なら仕方ない、と言い、だが、と続けた。
「何もあいつだけを見る必要はねぇ」
「…………私の過去を、知らないくせに、そんな事言わないでよ、勝手な事言わないでよ!」
「あぁ知らねぇ、だからどうした? 俺が知ってるのは馬鹿で無駄に明るいアイリスっつう事だけだ」
だから、俺はお前の過去なんざ興味がねぇし、聞く気もねぇ、そう言い笑った。
アイリスは少し黙ったあと、こちらを見上げた。その目には涙が浮かんでいた。
「……レオンさん、ありがとね……考え直してみるよ。私の生き方」
アイリスは俺の手を握り締めて、笑みを浮かべた。これでこいつが変わろうと思ってくれたなら、それはいいこと、なのかもしれねぇな。
俺とアイリスは賑やかな町の中へと溶け込んでいった。まるで親子のように手を繋ぎながら。
俺は帝国のとある農村で生まれた、親父は帝国の元将官だった。お袋は一般人だがな。まぁ、それなりに幸せだったのかもしれねぇが、俺は満足出来なかった。なんせ親父の話が楽しくて仕方がなかったんだ。そうすりゃぁ、気付けば帝国軍に入っていた。
軍人という職業が合っていたのか、俺はすぐに昇進することとなり、大隊を任されられるほどになってしまった。だが、やはり早すぎる昇進というのは周囲から反感を買うようだ。まぁ、こっちはただ任された仕事をやっているに過ぎない。それで嫉妬されるのはお門違い、というものだと思うがな。
さて、目の前で、俺の部隊と交戦している我らが帝国に仇なす不届き者の集団、兵力は同程度。だが、魔法使いという存在がその差を大きく開く事となってしまう。
帝国は確かに強い。だが、魔法という分野では他より劣っており、数世代ほど遅れていた。何故そこまで遅れているのか、俺も疑問に思っていたが軍に入って理解した。前近代的なんだ、魔法という代物は帝国からすれば邪道そのものなんだ。
「レオンハルト中佐! 敵魔法部隊を左後方に確認! 距離凡そ五百! 数は約百人!」
「二百の弓兵と騎兵をそっちに割け! クソ、小競り合いに百人もの魔法使いを寄越すか普通!!」
魔法使いは云わば弓兵の射程距離を持った歩兵だ。それも強靭な肉体を持つ、な。
魔法使いの軍団と対峙するには、その数を減らしていくのが手っ取り早く、効果的であると俺は思っている。奴らはアリスのような実力を持つ者ばかりじゃない。いくら魔法の弾幕でも二百もの矢を全て撃ち落とせるわけじゃない、こちらは距離さえ詰めることが出来たら、帝国が誇る精鋭騎兵隊の力でねじ伏せる事が出来る。そうなれば、勝ちだ。
戦争は数の暴力だ。数が多けりゃ大概の戦争は勝てた、十年ほど前まではな。
五年ぐらい前から魔法の技術が大幅に飛躍したせいで、帝国が軍隊を展開させていた複数の戦線では押し込まれていた。勿論、局地的敗北に過ぎないが、それでも世界情勢は帝国の敗色濃厚に傾き始めているのは間違いない。
「黎明の魔女を確認! 敵魔法部隊の指揮官を黎明の魔女と確認!」
「クソ、全軍に通達! 撤退だ!!」
また負けた、これで何連敗だ? 帝国には魔法の技術が、魔法の力が必要だ。だが、そんなすぐに上げられるものじゃない。全く、不公平な戦争だな?
俺は部隊の先頭を走りながら、頭を抱えた。黎明の魔女、奴が戦争に現れたのは約五年前、周辺諸国が我々を上回り始めたのも五年前、既に帝国の兵站は崩壊しかかっている。食料も無けりゃ、装備を少ない。はっ、どう勝てってんだ?
「レオ、また負けたな」
俺の隣に並んだ黒の甲冑を身につけた、虎頭の亜人はティーゲル、騎兵隊を指揮する部下だ。
同じ肉食動物として気が合う奴が、仕方ないと言った顔でこちらを見ていた。
「こちらも早急に魔法の技術員を探し出さなければならないな」
それが出来れば、何の問題もねぇんだがな。だが、俺はある人物に出会った、魔王の名を名乗る女だ。初めはなに言ってんだ、と思ったがあいつの力を目の前で見ていると、あながち嘘でもないような気がする。協力してもらえるだろうか? いや、彼女は亜人を嫌っている節があるからな、難しいだろう。だが一度頼んでみるのもいいかもしれないな。
俺達は帝国の軍艦に乗り込み、アシュタドラに帰還する事となった。このままじゃぁ、いけねぇよなぁ。
アイやアイリス、アリスには迷惑をかけたくはない。俺の都合で帝国軍に来てくれ、なんて事は言えねぇ。あぁ、そういやアシュタドラを去ってからもう大分経つが、あいつらちゃんとしてるだろうか。心配だ。何気にアリスも天然、というか子どもらしいところがあるからな。
船の先で、見えてきたアシュタドラの港を眺めていると、夜中だというのにふらふらと歩く一人の女が居た。手には剣が握られていた。
「この前の嬢ちゃんじゃねぇのか? ほら、アイリスだったか? 元気そうな子だったよな」
「……確かに、アイリスに見えねぇこともねぇが、なんだが様子が変だな」
そう、いつもなら元気よくアリス達と話しており、一人で行動する事はあまり無いアイリスだが、今日は元気が無くどこか、茫然自失? なんというか、まるで亡霊のようだ。
軍艦を舫い杭にロープで繋ぎ、停泊させてから俺は部下に命令があるまで自由行動と伝えて、アイリスの元へと走った。
「おいアイリス、こんな時間に何してんだ」
後ろから声をかけた。しかし、アイリスはこちらを見ようとはしない。俺は彼女の肩を掴んだ、するとばっ、と勢いよく向き直り剣を抜きもって振るってきた。
突然の出来事と、アイリスが迷いなくその行為を行ってきた事により、反応が遅れ首に掠ってしまった。
「おい! アイリス! レオンハルトだ!」
「……レオンさん、ごめん、ごめんね、ごめんなさい」
何度も謝りながら、涙目でこちらに切っ先を向けるアイリスだった。俺は彼女を落ち着かせるために剣を鞘のまま、腰から抜き取り構えた。
アイリスの動きは単調だった。真っ直ぐ斬りかかって来るが、殺す覚悟が出来ているのか頭部だけを狙ってくる。対処するのは簡単だった。
俺は鍔でアイリスの太い剣を受け止めて、腹部を靴の底で蹴るとアイリスは蹲った。
「っ……」
「落ち着いたかアイリス、一体どうしたってんだ」
「……アリスさんを助ける為だよ」
何? と理由を問いただすとどうやらアリスが倒れ、医者の治療を受けるために俺を殺すよう言われたそうだ。
魔力欠乏症に魔力生成回路の損傷か、中々厄介だな。魔力欠乏症はたまに見かけるが、魔力生成回路の損傷は下手をすれば、魔法使い人生が潰える可能性すらある。魔法使いを診る事の出来る医者ならば、早急に対処をしなければならない事を知っているはず、逆にそれを利用して言うことを聞かせるなんて、犬畜生にも劣るクソ野郎だ。誰だ一体。
「……っだから、っレオンさんには死んでもらわないと、アリスさんが、アリスさんが助からないんだよっ!!」
腹部を抑えながら再び剣を握り締めて、斬りかかって来るアイリスは、俺の横に一閃した剣をしゃがみ避け、俺の鎧を貫いた。
「ぐっ……そうか、そうかそうか……だが、俺は死ねないんだ」
涙を流すアイリスを片手で抱き締めて、そう呟いた。こいつのアリスに対する想いはこんなになのか。アリスの為ならこんな事まで出来るいい子じゃねぇか。だから、俺はこいつらを守りてぇ。いや、守らなくちゃいけねぇ。
「分かった、後は俺に任せろ」
そこに作業を終えた部下達が戻ってきた。俺の背中から生える剣を目にして、アイリスを取り押さえようとしたが、俺はそれを止めた。
「この子を保護しろ! 丁重に扱え! 丁重にだ!」
そう言いアイリスの後ろに回り、首を軽く絞めて意識を落とした。今のこいつじゃ何をやらかすか分かったもんじゃない。
「荒事は俺に任せておけ」
俺は急ぎ宿へと向かっていた。一体誰がアイリスを利用したんだ? 俺を殺したいだろう奴は沢山いるからな、検討も付かない。
宿へと戻った俺はベッドで目を覚まさず、死んだように眠っているアリスと、椅子に座りタバコを吸っているアイを目にした。
「アイ、アリスの状態は」
「んーっとね、ずっと目を覚まさないの! アイリスは?」
アイは可愛いな、じゃなくてアイに話を聞く事にした。どうやら、協会の軍医が犯人のようだ。協会の軍医といえば確か──
「わかった、アイはアリスを見ててくれ」
協会と帝国は協定を結んでいる。帝国は協会のモットーである自由を規制しない、帝国絡みの報酬の高い仕事を優先的に斡旋する、代わりに協会が得た素材やお金の一部を帝国に渡し、士官を協会の幹部に据える事。
協会は莫大な資産と人員を準備することが可能で、その人脈も多岐に渡る。だから帝国としても敵には回したくなかったんだ、なんせ冒険者を全員相手にしちまうような事だからな。そんなのあいてにする余裕はうちにはない。
さて、俺は協会に移動し、ある部屋の前に立っていた。
協会の幹部として据えられた軍医といえば一人しかいない。フェーゲライン軍医大佐、医療や魔法に精通する生粋の天才だ。それに俺を憎んでいる、と言うより敵視している。まぁ、早すぎる俺の昇進絡みだろう。逆恨みも甚だしいがな。
「大佐殿、素敵な帰還祝いを送ってくださったようで」
「なに気にせんでくれ」
施術をしていたのか、一人の冒険者が大佐に礼を言いつつ、部屋から出ていった。
その冒険者と入れ替わりに俺が入室すると、大佐は驚くでもなく、あぁやはりか、といった顔でこちらに振り返った。
「……今回の件は貴様も大事にはしたくないだろう?」
「えぇ、まぁ、それはね」
そう、もしこの事を上に報告書として上げればフェーゲライン大佐は罰せられるだろう、だが実行犯であるアイリスには極刑が待っている。それだけはダメだ。
大佐は初めから俺が何も言えない事を分かっていた、状況はあちら側に流れている。今は手出しできないな、だがそんな事で諦める俺じゃない。このツケはしっかりと払ってもらうぞ、フェーゲライン大佐。
「大佐殿、小官の友朋の状態はどんなものでしょうか」
「ふむ、良くはないが命に別状は無いだろう。だが、このまま放っておくと魔法使いとしての道が絶たれてしまう、かもしれんな」
俺は大佐に頭を下げ、よろしくお願いしますと言いその部屋を後にしようとしたが、止められた。振り向くと、彼は俺の胸の傷を魔法で癒した。
「怪我人は放っておけんからな」
そう言い、彼は自身の机に向き直り、カルテに何かを書き込み始めた。
彼は俺を憎む以上に医者という誇りがある。もし憎む俺が病気になったとしても、何食わぬ顔で対処するだろう。それが医者としてのフェーゲライン大佐だ、アリスの事は心配ないだろう、俺がこの町にいる間は彼も何もしてこないはずだ。
俺が次に向かったのは港近くにある、帝国軍支部だった。アイリスを迎えにいくためだ。丁重に保護しろ、とは言ったが俺の部下は少し気性が荒い、何事もなければいいが。
隣をすれ違う兵士達に挨拶を返しながら、俺は帝国支部の扉を開けた。そこにはティーゲルの首元の毛をもふもふしているアイリスの姿があった。
「あ、レオンさん……」
こちらに気付いたアイリスは申し訳なさそうに顔を伏せた。ティーゲルはどうやらアイリスを見ていてくれたようだ。ありがたい、今アイリスに必要なのは休養と、アリス以外の人間だ。
「アイリス、帰るぞ」
「でも」
「でももへちまもねぇ、帰るぞ」
俺はアイリスを持ち上げてお姫様抱っこをした。軽いなこいつ、ちゃんと飯食ってんのか? 無理矢理持ち上げられて、観念したのか静かになった。
ティーゲルに後を任せ、俺はアイリスを連れて町へと繰り出した。
「……レオンさん、お腹、ごめんなさい」
「まぁ、確かに褒められた行動じゃねぇが、俺は誰かのためにあそこまで出来るお前が心配だ」
心配? とアイリスは首をかしげた。あぁ、心配でたまらねぇ。
俺は誰かに狂信する者と何度か対峙した事があるが、それと同じ雰囲気を漂わせていた。死なば諸共、ってな感じだな。
「お前がアリスを信用するのはいい、だがあいつはお前じゃねぇ、お前の進む道は自分で決めなきゃならねぇんだ、誰かに決められるもんじゃねぇ」
「……わかってるよ、けど、何も決められないんだよ、私は、私の進む道がわからない、だからこそアリスさんの進む道が私の道になるんだよ」
俺は立ち止まりアイリスを下ろし、そして彼女の頭を撫でた。それがお前の決めた事なら仕方ない、と言い、だが、と続けた。
「何もあいつだけを見る必要はねぇ」
「…………私の過去を、知らないくせに、そんな事言わないでよ、勝手な事言わないでよ!」
「あぁ知らねぇ、だからどうした? 俺が知ってるのは馬鹿で無駄に明るいアイリスっつう事だけだ」
だから、俺はお前の過去なんざ興味がねぇし、聞く気もねぇ、そう言い笑った。
アイリスは少し黙ったあと、こちらを見上げた。その目には涙が浮かんでいた。
「……レオンさん、ありがとね……考え直してみるよ。私の生き方」
アイリスは俺の手を握り締めて、笑みを浮かべた。これでこいつが変わろうと思ってくれたなら、それはいいこと、なのかもしれねぇな。
俺とアイリスは賑やかな町の中へと溶け込んでいった。まるで親子のように手を繋ぎながら。
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