紫煙のショーティ

うー

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冒険者協会

第四話

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 まさか、こんな事になるなんて誰が思っただろう。彼女が倒れるなんて、思いもしなかった。けれど、彼女の為なら私は頑張る事が出来る、何故なら彼女は私の初めての────

「あのクソネコがぁぁぁぁ!!!」
 浜辺でそう叫びながら一人の女の子がモンスターを切り刻んでいる。それを大人二人が生暖かい目で見守っていた。私達だけどね。
 冒険者協会に登録した私達は依頼をこなすようになっており、今日も掲示板に貼られていた依頼をこなすために働いていた。確かにこれは中々便利で、需要と供給が一致している。依頼者は自身ではどうにも出来ないことを冒険者に頼み、冒険者は報酬やモンスターの一部が欲しい。
「あぁぁ!! イライラするぜ!」
「すっごいわね、あの子のやる気」
「やる気というか、殺る気というか」
 海を荒らすモンスターを討伐して欲しい、という依頼は地元の漁師からの依頼だった。彼女がここまでブチ切れているのは、レオンさんに待てをくらったからだ。レオンさんはとても急いているような雰囲気だったけど、かれこれ一週間以上姿を目にしていない。それほど彼は大変な依頼を受けている、のかな?
「っざけんなよ! なんでアタシが待たなきゃならねぇんだよ!!」
 あぁ、不満が爆発しちゃってるね。今回の依頼、というか大概の依頼はモンスター退治だ。アイがストレスを発散するには充分だ。まぁ、怒りで周りが見えていない時もあるため、そこは私達でフォローしてあげられる。けど、アリスさんはここ最近調子が良くないそうで、実質私がフォローしている感じだった。
「っふぅ……それより、アリスよぉ体調はいいのか?」
「心配をしてくれるのかしら? 問題は無いわ、ただ体がだるいだけよ」
 アイは顔に付着した返り血を拭きながら、アリスさんの方を見た。そう、アリスさんはそう言っているものの不調なのは明らかだったんだ。いつものように魔法にキレがないというか、なんか変だ。心配だよ。
 アイも目付きと口は悪いけどそれなりに心配はしているようで、溜息を吐きつつ無理すんじゃねぇぞ、と呟いた。彼女は彼女なりに心配しているんだろうね。それでも、アリスさんは大丈夫、と心配をかけまいとしているのか、笑みを浮かべていた。それが逆に心配になってしまうんだよ。大丈夫じゃない人に限って大丈夫と答えるからね、経験済みだよ。私自身がね。
 さて、そろそろ一つ目の依頼であるモンスターの討伐も終わりだし、二つ目の依頼をこなしに行こうかな。確かアシュタドラの近くにある森に、小規模な盗賊団が確認されるようになったらしくて、それの制圧、生死は問わないそうだ。
 アイは浜辺から出ると、靴の砂を落とすように地面に擦り付けながら森へと向かった。私は少し歩調の遅いアリスさんの隣を歩きつつ、彼女の手を取った。
「辛かったら言ってね?」
「ふふ、ありがとう、けど心配しないで?」
 ちら、と私の顔を見るアイに笑みを返しながら、アリスさんの言葉に首を横に振った。それは出来ない、と。だって、心配だよ。
 アイは少し早足だったが、私達と距離が離れると立ち止まってくれていた。意外と優しい子なんだよねぇ。
「ったく、自己管理も出来ねぇのかよ」
「うるさいわね、あっ、そういえばこの前シーツに大きな大きな地図を書いたのは、誰だったかしらぁ?」
「う、うるせぇカス! クソが! さっさと行くぞ!!」
 二人はこんな感じだが、結構仲良しだ。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものだね。勿論その喧嘩を仲裁するのは私の役目だけど、見ていて飽きないよ。この二人の喧嘩、というか言い合いは。最初に口を出すのは決まってアイだ。そしてアリスさんも反撃して、スタートだ。けど、今回はアイが珍しく引いた。アリスさんの調子を見ていたアイは少し歩くペースを落とし、こちらにチラチラと振り向いていた。

 比較的小さめの森とはいえ、人が隠れるにはうってつけの場所だ。陽の光は差し込んでいるけど、やはり視界は悪い。空気はいいけどね。
 私達は茂みを踏み均しながら、木々の間を歩いていた。見たことの無い花や、虫型のモンスターを見る事が出来たけど、どうやらアイは虫が大の苦手のようで、私とアリスさんの間で何度もびっくりしていた。少女らしいおぼこい顔で、紫色の瞳で驚くアイが可愛らしい。
「うぁぁぁ!! 虫っ! しっしっし!!」
 アイが特に苦手なのは多足類だった。あの足の数を見ると、虫唾が走るほどらしい。確かに気持ち悪いけどね。私はアイに地面を這いずる虫を投げつけた。
 アイとはしゃぐ私を見ているアリスさんの顔は穏やかで、子供を見守る母親のそれだった。
「アリス!! 何とか言ってくれよ! こいつひっでぇんだぜ!? なぁアーリースー!」
「はいはい、あんまりいじめちゃダメよ?」
 そう言いつついつの間に持っていたのか、ムカデっぽい虫をアイの帽子に乗せるアリスさんだった。ぎゃああ、とおよそ少女が上げる声ではない叫び声を帽子を投げ捨てるアイが、ふと遠くで動く人影を見つけたそうだ。
 茂みの中に隠れ、私達は先程までの騒ぎが嘘のように静かになった。
「……見えたか?」
「人間ぽかったけど、どうかしらね」
「とりあえず追いかけてみようよ」
 人影は森の奥へと走っていったそうで、私達も茂みの中をしゃがみながら、影が向かった方向に進んでいった。
 虫の鳴き声と風で揺れて葉擦れの音が包む緑の世界を、私達は進んでいた。まるであの蛇さんがスニーキングするゲームだね。
「アイリス、鞘の先が額に当たって鬱陶しいんだよ」
「えぇ、どうしようもできないよ。我慢して当てられ続けてよね」
「死ね!」
「相変わらず口悪いよね!」
「貴女達、声が大きいわよ……はぁ、ほらバレた」
 私とアイの声により、近くにいたのか同じバンダナを巻いた複数の盗賊らしき集団が、私達を取り囲んでいた。
「帝国兵か?」
「冒険者だろう」
「それにしても、女だけの冒険者なんて珍しいな、しかも別嬪さんばっかだ」
 盗賊達はこちらを見ながら私やアイの武器を見て、警戒でもしたのかナイフを抜き手に持った。しかし、襲ってくることはなくただ囲んでいて何もしてこなかった。
「……で、お兄さん達が最近ここら辺を荒らしてる盗賊なの?」
「まぁそうなるんだろうな」
 よく見ると盗賊はやつれた者が多く、満足にご飯を食べていない事は一目で分かった。さて、自分のせいだとは言え囲まれたのは想定外だったかな。
 小規模と聞いていたけど、意外と人数が多い。でも無力化するなんて難しいよ。
 私は新しい相棒の柄を掴み、勢いよく抜いた。まだ長さを調節する事しかスムーズに出来ないけど、それで充分だと思う。
「アリスさんは体を休めてね」
「……分かったわ」
「アイ、やるよ」
 自身の状態を自覚していたアリスさんに私はそう言うと、あっさりとそのお願いを受け入れてくれた。
 一方、アイは少し驚いたようにこちらを見ていた。聞くと、どうやら私がアイより前に出るとは思っていなかったそうだ。
「お嬢ちゃん達は協会に不信感や、協会のやり方に不満はないのか?」
「そうだそうだ、俺達は協会に居場所を奪われて──」
 私は一人の盗賊が言葉を言い切る前に首を刎ねた。不信感も、不満も私には無い。依頼されている事をこなすだけだよ。彼らの行動の理由なんて知らないし、善し悪しなんてのも分かるはずがない。
 私は私の周りの人だけが無事ならそれでいい。そういう人間なんだよ。そういう底辺のような人間の悪い部分を、固めて作り上げたようなのがアイリスという女なんだよ。
「っアイリス!! てめぇいきなり何してやがんだ!!」
 アイは怒気の孕んだ声で叫びながら私の腕を掴んできた。アリスさんも驚いたような、複雑そうな顔をしていた。なんで? 私が間違ってるのかな?
「何、って依頼をこなしてるだけだよ、アイ」
「殺す必要はねぇだろうが! こいつらだって事情があるだろ!! なんで話を聞かねぇんだ!?」
「アイリス、貴女……わかってるの?」
 怯える盗賊を見回しアリスさんはアイの肩をポン、と叩きながらそう問いかけてきた。わかってる? 何をだろう。
 私は首を傾げた。彼女が何故怒っているのか、彼女が何故驚いているのか、私には理解が及ばないり
「……貴女は、その手で、初めて人間の命を奪ったのよ? 仕方ないでもなく、自分の意思で」
「────え?」
 そういえばそうだ。なんで私はこの人を殺しちゃったんだろう。殺すつもりなんて無かったのに、手を汚す必要は無かったのに。
 気付けば私の手から剣は離れ、地面に転がっていた。自分が何をしたのかを理解したその時、何かが切れたような感覚に陥った。再び剣を手に取り、それを振るい続けた。

 気が付けば辺りに自分が知る者以外は生きていなかった。マスケット銃と違い、手に感触が残っている。首を刎ねた感覚、突き刺した感覚、全て残っている。
「アイリス、どうしちまったんだよ……」
「精神的に耐えられなかったのよ。自分のした事をね」
 私はその場に座り込んでしまっていた。先程まで怒っていたアイも、私の状態を見て心配そうにしていた。
 アリスさんは私の元に来て、優しく抱きしめてくれた。背中をポンポン、とリズムよく叩いていた。何故か知らないけど、涙が止まらなかった。
「……今日は帰って休めよ。協会にはあたしが報告しといてやるよ」
 ありがとう、とアリスさんが礼を言いつつ私を抱き上げた。死体からバンダナを取っているアイを置いて、アリスさんは町に戻っていった。私は彼女の首元に顔を埋めていた。
 宿に帰る道中、返り血まみれになってしまった私を見る町の人の目が、とても冷たいように思えてしまう。あいつは殺人者だ、人殺しだ。そんな風に見られているような感覚になってしまう。
「……アイリス、貴女は間違っていないのよ」
「でも……アリスさん……私、人を……」
「そうね。けど、相手は皆を困らせていた悪人なのよ? 貴女は間違っていないわ、貴女の選択肢は間違っていない」
 アリスさんはそう言ってもそんなすぐに受け入れられるわけがなく、私は言葉を返さずただ強くアリスさんの体に回す腕の力を強めた。
 そんな私に何も言わず、アリスさんは優しく微笑んでくれた。私はその顔がたまらなく大好きだ。
 宿につくと、宿の店主には怪奇の目でこちらを見ていた。それを無視するようにアリスさんは部屋へと入っていく。
「体を拭きましょう」
 アリスさんは私のリュックから綺麗な布を三枚ほど取り出し、ベッドに座らせた私の顔を拭き始めた。私がごめんね、と俯きながらそう言うとアリスさんは、私の顎を指で持ち上げて額にキスをしてきた。
「謝られるのは好きじゃないの」
 顔を拭き終わると、次は体に付いた血を拭くために服を脱いだ。同性とはいえ、下着姿を見られるのは少し恥ずかしい。
 綺麗なんだから、と胸元や腰を布で拭かれていた。けど、少しくすぐったいというか、まあなんというか。
「……アリスさん……私ね」
「えぇ」
「……ううん、やっぱり何もない」
 十分ほどすると、血は拭き終わり私とアリスさんはそのままベッドの中に入る事にした。少し疲れたよ。私はアリスさんをまるで抱き枕のように、抱きついて目を瞑った。アリスさんは私が眠るまで子守唄を口ずさんでいた。
「……おやすみなさい。私の可愛いアイリス、私の、私だけのショーティ」
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