紫煙のショーティ

うー

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冒険者協会

第二話

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 自由ってなんだろう? 何者にも束縛されず、何にも妨害されないというのが自由なのかな? それな冒険者の殆どは不自由だよ。お金には困るし、モンスターに命を脅かされるし、全然自由じゃない。何なら冒険者協会に税金のようなものを払わなくてはならないし、搾取される側だよ。でもその対価として色々と保証は受けられるから、一方的に悪いと決めつけるわけでもないけどね。

 レオンさんの連れ人を探して、三人で行動し始めて二日ほど経過したけど、未だアイは見つけられない。かと言って焦るレオンさんでもなかった、焦りほど邪魔な存在はないからね、流石おじさんだよ。人生無駄にしていないね。
「そういや、名前を聞いてなかったな」
 やっとか、やっと名前を聞いてくれたよ。三日間、嬢ちゃんだもんね。私はアイリスと名乗り、アリスさんは好きに呼んでちょうだい、と投げやりだった。相変わらずの態度に、レオンさんの肩を竦める行為はよく見る仕草となっていた。オーケーオーケー、と相変わらず笑っていた。
 そんな折、遠くに今まで見てきた中でも比較的大きめな門が見えてきた。二人に聞くと、あそこが次の町、アシュタドラだそうだ。あぁ、武器屋のおじさんが言っていた町ってここの事だったんだ。
 町の向こう側には海が広がっており、遠くから見るだけでも数多くの帆が見えていた。船かぁ、私乗ったことないんだよね。
「あの町から向こうは海になっていてな、冒険者協会の町にはなってるが、実質帝国軍の軍港みたいなもんだな」
「へぇ、猛獣のくせにに知識はあるのね」
「あぁ、元帝国軍の一兵卒だからな」
 アリスさんの嫌味を気にせず、笑いながらそう答えるレオンさんは本当に大人だね。アリスさんはちょっと大人気ないよね。
 それにしても、確かにその帆には紋章っぽい絵が書かれているようにも見える。遠いからよく分からないけど。
 門に近付くにつれ、同じ鎧を人達が多く見られるようになっていった。白い鎧だ。帝国ってなんか黒とか赤のイメージがあるけど、違うんだね。まるで白騎士だね。
 それにしても、少し前からレオンさんが懐からフードを出して顔を隠すようになっていた。顔を見られたらまずいのかな? そう思っていると数人の帝国兵がレオンさんを怪しみ、声をかけてきた。
「済まないが、そちらの御仁、フードをとってくれないか」
「……どうしてもか?」
「あぁ、怪しい者を見過ごすわけにもいかないからな」
 そらそうだよ。それにしても、意外と横暴ではなく真面目な人間が多いね。管理が行き届いているのか、刑罰でも厳しいのか囲まれてはいるけど無理矢理、と言ったことはなかった。
 レオンさんはどうしても取りたくないのか、こちらに助けを求める視線を私とアリスさんに送ってきていた。小声で仕方ないわね、とアリスさんは呟いた。すると、その場に蹲り始めた。
「あー痛い痛い!! お腹が痛いわ! 張り裂けそうだわ! これはかつてこの世界を恐怖のどん底に陥れた、魔王が流行らせた感染病かもしれないわ!」
 うわまじか。この魔王まじか。それはない。演技が下手すぎる。そして何その変な感染病、流石にこれで騙されるほど帝国軍の兵士も馬鹿じゃ──
「だ、大丈夫か!? おい! すぐに医者を呼んでこい!」
 馬鹿だった。慌てた様子でアリスさんを落ち着かせようとさせる者、医者を呼びに行く者、あわあわとしている者など、反応は様々だ。その隙にレオンさんはそそくさと先に行ってしまったが、それよりもアリスさんを何とかしようとするのが、優先のようだ。綺麗って罪だね。
「くっ……もうダメだわ」
 アリスさんはわざとらしくその場に倒れた。もう勝手にしてよ。私は笑いを堪えるのに必死だった。そこら辺の下手な演者より下手だよアリスさん。 しばらくして、医者らしき人物がやってきて、アリスさんの脈を測った。
「……死んでいます」
 あ、そっか、アリスさんの本体はこのマスケット銃の中にあるから、こっちは実体はあるけどこれは所謂、分身? 的なものなのかな。中身は自在に操れる都合のいい肉体なのかな?
 はは、デタラメだね。とりあえず、上手く兵士達を丸め込みアリスさんの遺体を、少し外れた場所まで運んできた。
「アリスさんアリスさん、もう起きていいよ」
「──っはぁ!」
 息を吹き返したアリスさんは、荒い呼吸をしながら周囲を見回した。何をしたのかと聞くと、魔法で一時的に生命活動を停止させたそうだ。ちょっとだけだけど、心配したよ。私は彼女の胸に顔を埋めた。
「ごめんなさいね、でもあの場はあぁするしかなかったのよ」
 いいよ、と私はアリスさんから離れてこれからどうするかを考えた。あんな騒ぎを起こしたからには顔を覚えられている。夜にでもこっそりと忍び込もうか、という事になった。でも意外だった。アリスさんがあんなにも演技が下手だなんて、じゃなくてレオンさんのために仮死状態にまでなるなんて。
 私はニヤついていたのか、アリスさんにその事を言われた。思っていた事を口に出すと、アリスさんはなんとも言えない表情を作り答えた。
「会いたい人と会えなくなるのは辛い、でしょ?」
 あぁ、これはミスったかも。聞かない方が、聞いちゃいけない事を聞いちゃった。
 アリスさんは五百年以上前から生きてきた人だ。その分、常人より遥かに多くの人との別れもあったはずで、アリスさんにも会いたいと思える人がいる、けどそれは不可能だよね。人間を止めたアリスさんみたいな人なら可能性はあるけれど、普通はそうはいかないからね。
「うん、そうだね。私も、アリスさんと会えなくなったら辛いよ」
「私もよアイリス、だから私は彼に手を貸したのよ。嫌いな亜人族であろうと、見下す人間であろうと誰かの為に必死になる者を、私は見過ごせないわ」
 アリスさんはアリスさんなりの考えがあり、その考えは納得出来るし支持も出来る。けど、私には真似出来ないよ。
 タバコに火をつけて、自分の考えがどんなものであるかを頭の中で探った。私の進む道に、そこに私の意思はあるのかな? 私は自分で自分のレールに乗ったことがあるのかな? あぁ、思えばいつでも誰かに流されていたのかもしれないね。だけど、そっちの方が楽だよ。何かとね。そんなだから、私はアリスさんのショーティとして、ここに居られるのかもしれない。
「アイリス?」
「あ、ごめんごめん、何でもないよ」
 笑って誤魔化しながら、私は先程吸い始めたはずのタバコを靴の裏で消した。空は少し日が落ち始めたかな、といった感じで夜になるのにはもう少し時間がかかりそうだった。
 私とアリスさんはボーッとしながら、時間が過ぎていくのを待っていた。会話は無かったけど、そんな事をする必要も無かった。無言の時間も楽しめるからね。そんな時に、一人の女の子がいつの間にか、私の顔を覗いていた。
 驚いてしまい、後ろに飛び退いてしまった。私に似た顔を持つ緑色の軍服を、ナチス・ドイツの将校が着る軍服を彷彿とさせる形をしていた。私よりも低身長ながらそれを着こなしている。その姿に、無意識に敬礼でもしたくなってしまうよ。
「……アイリス、この子もしかして」
「うん、多分、アイだね」
 何処から現れたのか、いつから居たのかは分からないけど、レオンさんが探していたアイはこの子の事で間違いないと思う。だって私にそっくりだもん。
 レオンさんの事をアイに話すと、私も探してるんだ、と可愛らしく頬を膨らませていた。あっ、この子可愛い。
「じゃぁ、お姉ちゃんと一緒に探しに行こっか!」
 そうお姉ちゃんぶろうとアイの手を掴もうとした、すると腰にぶら下げていた軍刀を素早く抜き私の首に突きつけてきた。
 一瞬何が起きたか分からず、理解するのに数秒かかってしまった。アイの可愛らしい頬の膨らみはなくなっており、その代わりに眉間にシワが寄せられ、こちらを蔑むような目になっていた。この子可愛くない!
「気安く触れんじゃねぇよババァ! 汚ぇ手で触ろうとしやがって!! なぁにがお姉ちゃんだよ! お婆ちゃんの間違いだろうが! 殺すぞ!!」
 え、えぇ? 何この子、めちゃくちゃ口悪いよ。え? この子アイ? 方向音痴のバカを人間にしたアイちゃん? 絶対違うよね、私の想像していたアイじゃないよ。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよ」
「はぁぁ!? バッカじゃねぇの!? 誰に指図してんだよクソババア! よく見りゃお前もババァじゃねぇか!」
 言いたい放題言われている。アイは可愛らしい姿で、規制音でも差し込みたくなるような罵詈雑言を私達に投げかけてくる。テンション高いね。疲れそう。
 十分ぐらい好き勝手言っていると、疲れたのか一度深呼吸をするアイは落ち着き、レオンが何処にいるのかを問いかけてきた。アシュタドラの中、と伝えるとまた、はぁぁ!? と顔を歪めた。
「まった勝手にどっか行きやがってあのクソネコ科クソネコ目クソネコ属が!」
「ヒョウ属だよ」
「うるせぇわかってんだよ! たたっ斬るぞババァ!!」
 そこでアリスさんの堪忍袋の緒が切れてしまったのか、私の背中からマスケット銃を奪い取りアイの額に押し当てた。その早さは尋常じゃなく、取られたことさえ、気付かなかった。
「落ち着きましょうか? OK? クソガキ」

 アイは胡座をかき、への字口でこちらを睨んでいた。その姿は年相応にも見えたが、眼力が年相応のそれではなかった。何人か殺っている目だった。
 話を聞くと、アシュタドラの近くにたどり着く数時間前にレオンさんとはぐれて(彼女曰く、レオンさんが迷子らしい)イライラしてたら夕方になって、更にイライラしている所に私達を見つけて当たり散らしてやろうと思って、絡みに来たらしい。いい迷惑だよ。
「アタシとしてもあのクソネコとさっさと合流してぇからな、あの町の冒険者協会本部に行きゃ会えんだろ? なら連れてけよ」
「いいけど、どうするアリスさん」
「アリスぅ? けっ、クソ忌々しいクソみたいなクソッタレな名前してやがんだな。まぁどうでもいいけどよ」
 アリスさんは私の方を見ながらため息を吐きつつ、アイの頭を片手で掴み持ち上げた。そしてニッコリと満面の笑みを浮かべ、条件付きでいいなら連れて行ってあげる、と優しくそういった。
「いだいいだいっっ!!! 分かったから離せ! ゴリラ女っ!」
「ゴリラ女? 誰の事かしら? もしかして私の事? もう一回聞くわよ? 誰の事?」
 あぁ、アリスさんが本気で怒ってる。これはまずいと悟ったアイはすぐにごめんなさいと謝り、その言葉を聞いたアリスさんは彼女を離した。
 選択を間違えない子供は好きよ、と笑みのままそう言うアリスさんを見て私の後ろに隠れてしまった。こういう所は可愛らしいのに。
 そんな風に騒いでいると、既に空は太陽が沈み月が出ていた。そこでどうやって忍び込むかを再び考え始めた。アリスさんはマスケット銃の中に入れば何とか出来るだろうけど、私はどうしようか。
「ったく使えねぇな……夜になったら普通交代するだろ? 有事でもねぇのに変わらないわけがねぇだろクソが」
 あ、なるほど。流石に朝から晩まで門兵なんてキツイよね。それなら初めから考える必要なんて無かったんじゃなかったのかな。意外と考えてるんだね。この暴言少女。
 そうとなれば、私達はすぐにアシュタドラの門へと向かった。アイの言う通り、昼間に立っていた兵士とは別の兵士が立っていた。特に怪しまれることは無く、そのまま素通りする事が出来た。
 中に入ると、夜だというのに沢山の人で溢れ返っていた。町の喧騒が妙に懐かしい感じだ。あ、夏祭りの夜って感じだ。あの屋台が立ち並んでいる独特な雰囲気が、ここにはあった。
「ったく……自国が海の向こうで戦争中だってのに呑気な奴らだな」
「そう言えば、負けが続いてるんだよねぇ」
「まぁ、今はそんな話やめときましょう、まずはちょっとだけ楽しまない?」
 いや、お金がないんだよね、と言うと明らかに意気消沈した顔で、テクテクと歩いていくアリスさんはアイよりも幼く見えてしまった。
 そんなアリスさんを見ていたアイは胸のポケットからジャラジャラと鳴る、膨らんだ皮の袋を取り出して舌打ちをしてからアリスさんに投げ渡した。
「ッチ、楽しんで来やがれ尻軽クソビッチが」
「あらいいの? なら楽しんでくるわ!」
 クソガキはどっちだよ、と額を手で覆うアイを私は肩車をしてアリスさんの後ろを追いかけた。
 とりあえず、働くのは明日からにして今日は遊ぼう! 明日は二日酔いになるのは間違いないのだろうけど、そんな事を気にしてたら楽しめないよね。
「ちょ、待て! 下ろせっての! なぁ! おい! 聞いてんのかぁぁ!?」
 アイの叫び声を無視しながら私達はその日を思う存分楽しんだ。
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