紫煙のショーティ

うー

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ミエリドラ

第四話

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 初めて殴られたのはいつだったかな。高校の三年生の時だっただろうか。母が病気で倒れてから、父の様子は一変した、元来お酒が好きでは無かったはずの父が、毎日浴びるようにお酒を飲む父の姿をあの時の私は怖かった。お酒を切らせてしまったとある日に、私は初めて殴られた。けど、母の病気が戻ればまた元に戻るだろうと信じていた。
 けど、母は帰らぬ人となった。その真実をかき消すようにお酒に逃げる父は、日に日に頭がおかしくなったのか私の事を母だと認識し始めた。一人の女として。

 目の前には以前私が恐怖の感情を覚えた歪な人間、魔法は使えないしどうすれば良いのかな。動きの早い相手だ。弾がそう簡単に当たるとは思えないけどアリスさんにやる、と言った手前退くことはしない。私を信じて任せてくれたんだ。期待に応えてやるんだ。
「私は一切干渉致しませんので、存分に楽しんでくださいね」
 マリアと言う魔法使いはそう言うと少し後ろに下がり、楽しそうに私達を眺めていた。けど、何故だろう、私はマリアに不快感を覚えない。何処か、アリスさんに似た雰囲気を感じ取れる。
 目の前の化け物は動く気配が無い。こちらの行動を見極めようとしているのか、爛れた目を私に向けていた。怖い。
「落ち着け……落ち着くんだ私」
 胸を撫でながら自分を宥めた。そんな私の感情を読み取ったのか、化け物が動き始めた。ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。無意識に後ずさる私は自分の足を殴った。
 ポケットの携帯灰皿からいくつか吸殻を取り出して、一つをマスケット銃の銃口に詰め込み、ストックを肩に当てた。
 まだだ、まだ遠い。もう少し引き付けてから一発で仕留める。初弾を外せば次弾を装填するまでにやられる。アリスさんみたいにマシンガンのように撃ち続けることが出来ればいいんだけど、それは出来ない。錯乱した時はたまたま撃てたけど、前に一度試してみたけど出来なかった。なんでだろう。
「ぁぁぉぁぉぉ──────!!!!」
 かなり近付いた時、化け物は耳を劈く言葉に出来ない叫び声を上げた。それに私はつい耳を塞いでしまい、隙を作ってしまった。私は咄嗟にマスケット銃の引き金を引いた。しかし、そんな状態で当たるはずもなく、弾はこの空間の天井に当たった。
 また死ぬ、と目を瞑ったが化け物の鋭い爪が私を傷付けることはなかった。先程の弾が外れたおかげで天井の一部が崩壊し、それが化け物の上に降ってきて私は難を逃れた。運がいいね私。
 即座に距離をとろうと後ろに下がった。息を落ち着かせながら弾を装填しようとしたけど、手が震え上手く弾を込める事が出来ない。早くしないと化け物が起き上がってくるのに。
「っ……入ってよっ」
 そんな事まで口から出ていた、恐怖は人を焦らせ、平常心を失わせるのにはピッタリだ。瓦礫が少し動いたのも、私を動揺させるのには充分だった。
「──アイリス、恐怖に打ち勝てとは言わん。しかし、恐怖に呑み込まれるな。お前はお前のペースでやればいい」
 鞘と鍔を打ち鳴らしながら、ナグモさんが静かにそう言った。彼女なりの応援かな、だけど今ので少し心を落ち着かせる事が出来た気がする。
 まず体の震えを止めようと深呼吸をした。目を瞑り目の前の事は気にしないようにし、落ち着かせる事を優先させた。
「……私はアレより恐ろしい人を知ってるはずだよ……例えばほら、アリスさんとか」
「こらアイリス」
 後ろから何を言ってるの、と突っ込まれ私は笑ってしまった。喜怒哀楽の楽はこの四つの中でも一番素敵で、強い感情だと私は思っている。
 笑い終える頃には震えは止まっていた。先程と同じように銃口から吸殻を入れた。次は上手く入ってくれた。
 それと同時に化け物も瓦礫から這い上がるように出てきた。今なら、当てられる。私はアイアンサイトで、化け物を捉えた。
「……私は、恐怖なんかに負けないっ!」
 大きな声でそう叫びながら引き金を引いた。まるで大砲でも撃ったのかと、勘違いする程の音を鳴らし弾は発射された。
 弾は黒い虎のような形となり、化け物を貫き体を粉砕させた。私はその場にへたり込んでしまった。
「お疲れ様」
 へたり込む私の背中をポンポン、と叩き一歩前に出るアリスさんは安心したように笑い、また激怒していた。
 そんなアリスさんの心情を知ってか知らずか、マリアは感心したようにこちらを見ていた。
「存外模倣品でも、力はあるようですね」
「そうね、アイリスを怖がらせた事を後悔するといいわ。私のショーティを可愛がっていいのは私だけ」
 黒いオーラ的な何かがアリスさんから溢れ出ており、それは人の形をしていた。角の生えた巨人に見えるそれはアリスさんの化身かな? でもそれほど、そんなものが出るほどアリスさんは怒っていた。私の為に怒ってくれていた。それが少し嬉しかった。
「……なるほど、それが貴女の本性ですか。なるほどなるほど、恐ろしいですね? 流石魔王、と言ったところですか」
 そんなアリスさんを前にしても、マリアは始終笑みを浮かべ余裕のある態度だった。アリスさんはドレスのスカートの影から、目の赤い五匹の黒い狼を作り出した。
「跡形もなく喰いぶち殺せ!! ブルートヴォルフ!!」
 アリスさんが指をパチンと弾き鳴らしそう楽しそうに叫ぶと、五匹の黒い狼は一斉にマリアへと素早い動きで走り出した。
 マリアを囲みながらジリジリと詰めていく狼達と、笑みを浮かべたままそれを見回すマリア。全く、とため息を吐き指で銃の形を作るマリアは、目の前の狼に対してそれを向け、バンと口で発砲音を発した。すると、狼は倒れ、額から血を流して動かなくなってしまった。
「……言ったでしょう、時代錯誤な力では私には火の玉一つ掠らないと、ましてや魔法の使えない貴女はただの人間と変わらない存在なんですから」
 指から煙が出ている。あれは私の持つマスケット銃と同じだ。反則だよそんなの。けど、彼女の自信たっぷりな言葉には、嘘が感じ取られない。最も、アリスさんが負けるだなんて微塵も思えない。
「……そう、認めざるを得ないわね。貴女が私を超えるかもしれない存在だと」
 アリスさんは目を細めて静かにそう言った。腕を組んで喜んでいるのか、悲しんでいるのかは分からなかったが微笑んでいた。
「かもではありません、超えるんで……と、残念ながらそろそろ時間ですね、私はお暇しなくてはなりません」
 マリアはそう言うと、脱ぎ捨てたマントを拾い上げ、再び羽織ると履いている分厚いブーツを鳴らしながらどこかへと歩いていった。
「……こう見えて私は忙しい身なんですよ、良かったですね? 命拾いできて」
「口の減らないクソガキね、忙しいのでしょう、早く行きなさい」
 しっしっ、と手で払うようにしてアリスさんは早く行け、と言っていた。このまま見逃すのかな? 後ろから問いかけようと近付くとアリスさんの頬には一筋の冷や汗が流れていた。
「……全く、とんでもない魔法使いに出会っちゃったわね」
「そんなに凄いの?」
「……えぇ、次に会う時は覚悟しなければならないわね。本気で殺す覚悟をしなければ、私が負けてしまうかもしれないわ」
 アリスさんがそこまで言うだなんてどれだけ凄い人物なのかな? でも見た目はすっごい美人さんだった。なんていうかフランス人形みたいで多分だけど、まだ十代だと思う。そんな子が凄い力を持ってるなんて異世界って凄いよね、と言う話をナグモさんに振ろうと彼女の方を見ると先程、私が倒した化け物の肉片をじっと見つめていた。
「そんなばっちいの触っちゃダメだよナグモさん!」
「わかっている。しかし、あの魔法使いは一体なぜこの町を?」
「簡単な事よ、盲信者を騙すのが簡単だったから、ね」
 どうやらナグモは正義感が強い女の人のようで、この惨劇を許せん、と目を瞑っていた。確かに、あの黒いローブの集団がアリスさんを復活させようと、騙されていたとはいえこの町の全てを、こんな風にしてしまったのはどうかと思う。だけど、私の知らない人が命を落としても、私は何とも思わない。テレビで誰々が死んだ、へぇ怖いね、それで済むでしょ? だけどもし私の知っている人が、それも私の大事な人が死ねば私は悲しい。そういうものだと思うんだよね。離れた所での出来事なんて、可哀想だとは思うけど、実際に悲しみに明け暮れたりしない。私が冷たいだけなのかな?

 町にかけられた呪いはアリスさんにも解呪出来ないほど、複雑な魔術式で発動しているそうで、アリスさん曰く恐ろしく強力な呪いだそうだ。町に強い恨みがあったのか、そう考えざるを得ないほど緻密な計画的に発動しているらしい。
 私は魔法には詳しくない。けど、アリスさんは危惧していた。あの時の私と似ている、まるで力を追い求めていた頃の私にそっくりだと、だからこそアリスさんはマリアが第二の魔王と呼ばれるのを危惧していた。それは親切心からなのか対抗心からなのかはわからないけどね。
 ミエリドラは火の魔法で門の鉄を溶接し、簡単には開けないようにした。これで一般人は入れないでしょ、サンダーでも使われたらわからないけど。
 私達はミエリドラを封鎖して、次の町に向かい始めた。そこでナグモさんは知りたい事が出来たと言って別れる事となった。
「ナグモさん! 無茶しちゃダメだよ!」
「わかっている、アイリスもアリスの言うことを聞くんだぞ」
 うん! と私は頷いた。アリスさんは一つの紙で作られた折り鶴を手渡していた。
「何かどうしても自分の力ではどうしようも出来ないことがあれば、これを空に飛ばしなさい」
 何が起きるかはお楽しみ、ととても可愛らしいお茶目な笑顔でそう言い、ナグモさんは私達とは別の分かれ道に歩いていった。またどこかで会おう、と約束をして私達は前へと進み始めた。
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