紫煙のショーティ

うー

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アリスとアイリス

第三話

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 頭痛と共に目を覚ました。体を起こし、テーブルに目をやると空になった酒瓶が数本並んでいた。
 そうか、昨日は確か宿に戻って飲んでいたんだった。あまり記憶が残っていないけど、変な事はしてなかっただろうか。
 パッ、と隣を見ると服を纏わぬアリスさんの姿があった。目を丸くしてしまった。そして、今更ながら自分も服を着ていない事に気が付いた。何があった昨日。
「……え、マジで? やっちゃった? 私やっちゃった!?」
 まさか同性と寝ることになるとは誰が思うだろう。頭を抱えているとアリスさんが目を覚ました。
 彼女も二日酔いなのか、機嫌の悪そうな目付きだった。怖いよ。
「……おはようアイリス」
「お、おはよう」
 私の状態を見てもアリスさんは特に何も言わなかった。風邪引くわよ、とそれだけ言うと椅子にかけてあった服を着始めた。え、それだけ? 感想は無し?
 この世界の住人は性に開放的なのかな? それでも何も無いなんて冷たすぎないかな?
「アリスさん、何で私達服を着てないのかな?」
 やはり聞くことにした。そう聞くと彼女はそう言えばなんでかしら、と首を傾げた。どうやらアリスさんもあまり覚えていないらしい。
「……やっちゃった?」
「それはないと思うわよ? アイリスの方が早く寝たでしょう?」
 そうなのかな、でも服を脱ぐなんて状況は滅多にないはずなんだけど。もしかして酒癖悪いのかな私。
 確かに昔からお酒を飲むと気が大きくなって、テンションが上がってしまうことは多々あった。しかし、それでもまだ自制が利いていたはずで、服を脱ぐなどの行為はなかったのに、今日に限ってこんな事になるとは思いもしなかった。
 だが、衣擦れの音を聞いていると鼓動が早くなってしまう。それはアリスさんが魅力的な女だからかな、それとも私がそういう性癖の持ち主なのかな? 自分はノーマルだと思っていたけれども、実際は違うのかもしれない。
 とりあえず落ち着くんだ阿久津 アイリス、じゃなくて有栖、私はノーマルだ。昨日は何も無かった、いいね?
 私は服のポケットからタバコを取り出して落ち着くように、吸い始めた。
「裸でタバコを吸ってると本当に事後みたいね」
 そう言われるとそうだね。全く、酒は調子に乗って飲むものじゃないね。量を抑えないと何か大きな間違いをしてしまいそうだよ。私は煙を吐くと同時に、ため息を吐いた。

 さて、そろそろ町を出なくてはいけない。あまり長居をしているとダレてしまう。窓から見える空は青空で、絶好の旅日和だ。この世界はそろそろ夏の季節なのかな? と思えるほどに少し暑くなってきた。
 私達は荷物を纏めて宿を後にした。勇者が産まれた町、伝説を産んだ町、そこはとても賑やかな場所で、とても闇の深い場所だった。勿論、これからこういう町はいくらでもあるだろうけど、あまり気にしない方がいいのかもしれない。それにしても、ゲームで言うところの、ここが「始まりの町」になるんだね。私はもう少し栄えている所だと思った。例えば、城下町とかね。
 入ってきた門とは逆の門の前に立ち、私は振り返った。異世界の住人の姿を目に焼き付けていた。
 アリスさんからしたらあまり思い出に残したくないだろう町だけどね。
 よし、じゃあさよなら勇者の町、さよなら昨日私にジョッキをぶつけた人。
「それで? 次はどんな町?」
「……そうねぇ、こことは対照的な町よ。確か、ミエリドラっていうあまり治安が良くない場所よ」
 アリスさんが言うにはそのミエリドラという町は、昔から治安が悪くて街にいる事自体が珍しい憲兵隊と住人が、何度も衝突しているらしい。
 魔法が使えるようになってからはそれが悪化しており、今ではただの無法地帯になっているそうだ。しかし、迂回できるルートあるためその町に行こうとする人は少ない。それもそうだろうね。危険だと言われる場所に、わざわざ行く方が珍しい。だが、私達はその珍しい方の人間だった。
 何故ミエリドラに行くかというと、その町に魔王を信仰する宗教があるそうだ。それを潰しに行く、とアリスさんは眉をひそめてそう言った。
「自分を信仰する宗教を潰すの?」
「不愉快極まりないじゃない? 私は悪魔でも人間でもない。魔王なの、それを信仰だなんて、ばかばかしいし、勝手な事をしないでちょうだい、って感じよね」
 かなり怒っていた。まぁ、分からなくもない。自分の行動を、知らない人が手放しで理由も知ろうとせずに褒めたたえるなんて、こちら側からすれば不愉快以外の何でもない。
 アリスさんに関しては嫌いな人間に信仰されているってのもあるのかもしれない。
 私達は勇者の産まれた町の門を出て、歩きながら話していた。向こうに着いてから何をするのかをだ。
「まず、あの町はヒエラルキーを重視しているわ。まずは支配層、荒くれ者共を束ねるリーダ達ね。次に幹部層、そして下層は役割によって細分化されているわ」
「何だか難しくなってきたよ」
「ふふ、まぁ簡単よ。下層はロクな生活が出来ていないわ。その日の稼ぎの殆どを幹部層に渡さなければならないもの、だからまずは下層の人間を取り込むのよ。全てはそこからね」
 なるほど、よく分かったよ。簡単に言えば家なき人にお金を渡して、情報を貰えばいいんだね。楽勝だね。
「かと言って下手に動けば目に付くでしょうね。嫌よ? 町一つを地図から消さなくてはならない事になるのは」
 クスクスと笑いながら冗談を言うアリスさんだったが、彼女に限ってはその冗談が真実になってしまうのが恐ろしい。
 町から少し離れた時、二人の男が私達の前に立ちはだかるようにして現れた。昨日の酒場で言い争っていた二人だ。どうやら昨日の事を根に持っているらしい。女々しい奴らだね。
「昨日はやってくれたな」
「あの場は抑えてやったがな」
「アイリス、あなたは右のハゲを頼むわ」
「ん、殺さない程度?」
 その通り、と笑みを浮かべてアリスさんは手に黒いマスケット銃を作り出した。あれも魔法だろうか。
 私は自身の持つマスケット銃を掴み背中から抜いた。
「魔法は?」
「弱いのね」
 はーい、と返事をしながら私はそれを構えた。ちょうど右のハゲは私にジョッキをぶつけた男だった。
 魔法を使用してもいいという事なので、使うことにしよう。実は今まで一度も使った事がないんだよね。少しだけワクワクしている。
 タバコの吸殻を銃口の中に押し込むと、自然と口から流れていくように、呪文らしき言葉が自身の口から出ていく。
「魔弾よ、我の呼び掛けに答えよ。我は望む、我に仇なす愚かな者の破滅を《破滅の呼び声ルインザコール》!!」
 そう唱え終わると黒い魔法陣らしき円が、銃口の先に現れた。そこからはただ引き金を引くだけで良かった。
 躊躇無く引き金を引くと、まるで真横に雷でも落ちたのかと思ってしまうほどの轟音が鳴り、黒い炎のような弾が発射された。それは次第にドクロの形となり、二人の男の周囲をさ迷い始めた。
「ふふ、魔法は心を映す鏡、面白い魔法を使うのね」
 意味深長な声色で私の使った魔法を眺めるアリスさんは、私が二人とも取ってしまいすることが無くなり暇になったのか、魔法を分析していた。
 魔法は心を写す鏡、私の心はどんな感じなのかな? 先程の魔法も私が決めたのではなく無意識に発動したものだ。呪文も知っているはずもないのにスラスラと言えたが、厨二病過ぎて恥ずかしくなってくるよ。しかし嫌いではない。
「やめてくれ……!」
 二人の男が頭を抱えてその場に蹲り震えている。そんなに怖かったのかな? しゃれこうべが苦手なのかな? そう不思議そうに見ていたがアリスさんは目を細めてトラウマね、と言った。
「トラウマ?」
「どうやらあの魔法はトラウマを想起させてしまうようだわ。あれは、辛いわね。正しく魔弾だわ」
 魔弾、か。狙ったものを外さない悪魔の弾丸、私の弾は相手の心を狙う悪魔の弾丸、か。はは、何だかかっこいいね。それでもって私にぴったりなのかもしれないね。
「トラウマか、そんなものただの嫌な思い出でしかないでしょ」
 苦しむ男達を見つめながら私は呟いた。そう、トラウマなんてものはただの思い出だ。そんなものに苦しめられるなんて。馬鹿馬鹿しい。そんな、大した事のない記憶なんて──
「アイリス」
「あ、ごめんごめん、さっ、先に進もう!」
 取り繕うように笑みを浮かべて私は誤魔化した。この過去は誰にも触れさせないし、気付かせない。例えアリスさんだとしても、この記憶は渡せない。
 歩きだそうとしたその時、膝がガクンと崩れ落ちてしまった。力が出ない、まるで足の感覚が無くなったようだ。
「あぁ、負荷ね」
「負荷?」
 アリスさん曰く、魔法は使うのには体力をかなり消費するらしく代償があるとしても、この負荷は慣れていくしかないそうだ。
 そして、その負荷はその魔法によって姿を変える。心を抉る魔法を使った私は男達と同じようにトラウマを想起させてしまった。
「やめ、て……私にあれを……思い……出させないで……! 来ないで!!」 
 錯乱してしまった私はマスケット銃を手に持ち、何も無い、誰も居ない方向に狂ってしまったように撃ちまくった。あぁ、あそこにいるのはあいつだ。また。だめだ、それはダメだ。せっかく元に戻れたのに、せっかく正常に戻ったのに、またあんなになるの嫌だ、ダメだ。
「アイリス! 落ち着きなさい!」
「離して! 離してよ! 離せぇ!!」
 私を抱き締めるアリスさんを、異常な力で振りほどき押し退けてしまいそこで私の目は覚めた。私は地面にへたり込み、私のしてしまった事に対して謝り続けた。
「あっ……ごめん……ごめんなさい……っ」
「いたた……過去に何があったのかは聞かないわ」
 涙を零す私の雫を指で拭き取るアリスさんは、優しい笑みで囁いた。
「でも、貴女には私が居る。だから本当に辛いのなら私が、契約だけの関係じゃなくて、貴女の記憶になってあげるわ」
「っ……それっ……て?」
 そう問いかけると、アリスさんは私をお姫様抱っこをし歩き始めた。そして額にキスをされた。
 アリスさんの腕の中にいるととても落ち着き、心が静まる。
「そんな記憶を忘れてしまうほどの楽しいを、あげるわ」
「……うん」
「いい子ね、それじゃ行きましょう? 私の可愛い、紫煙のショーティ?」
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