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アリスとアイリス
第二話
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今、私は勇者が産まれたという町に辿り着いていた。そこは観光地として有名らしくて、人間が多く居た。けど、不思議な事にそこにデミヒューマンの姿は無かった。
まぁ、そこはあまり気にしないでおこう、そんな事より、私は勇者の家なる宿屋がとても気になって仕方がない。
アリスさん、人前ではアリサさんと呼べと言われているんだっけな。アリスさんにどうしても、とオネダリをして渋々付いてくる彼女に対して笑みを浮かべた。
「勇者の使っていた魔法の箱……?」
しかし、驚いた。勇者には私と同じあちら側来た疑いが出来た。何故なら、勇者の家の中にはあちら側にあったものばかりだった。魔法の箱と呼ばれるのは、テープレコーダーで、その他にも使えるかわからないテレビ、しかもブラウン管、そんなものばかりが置かれている。まるで少し昔、昭和時代を彷彿とさせる部屋になっていた。
「変な家ねぇ……これ何に使うのかしら?」
「あ、それお掃除だよ」
この世界の住人からすれば、信じられないものが多いのかもしれない。ジョゼフ・スワンでもこちら側に流れてきたら分からないけどね。
まさかゴミを掃くのでは無く、吸うなんて考えられないかな。でも使おうと思えば使えるかも、何だってこの世界には魔法があるんだし、マスケット銃だって、マスケット銃? この世界に? 不釣り合いじゃないかな? この世界ではまだ一度たりとも銃火器の類を見ていないからね。
それにしても、アリスさんが辛そうだ。体調的な問題でだけど、聞くとどうやらこの家には聖なる気が満ち溢れているらしい。聖水がバケツのように降りそれが溜まっている状態の部屋に、ぶち込まれたような感覚だそうだ。よく分からないけど、それなら出よう。まだまだ見ていたいが、仕方がない。
まぁ、丁度お腹も空いたし町中を見るついでに何か食べられる所でも探そう。そう思い、私は辛そうなアリスさんと共に外に出た。
私達が向かったのは屋台が並ぶ通りだった。この町のメインストリートかな? 横に広く、両端にはビッシリと屋台が並んでいた。案の定そこも、勇者の名を冠したモノが沢山売っていた。
武器屋は勇者の剣、防具屋は勇者の盾、道具屋は勇者が愛用していた薬草、もう何でもありだね。
「あら、これは何かしら」
ふと、雑貨屋の前で立ち止まるアリスさんは一つの人形を見つめていた。それは勇者と魔王が戦っている所を再現したモノのようだけど、魔王であるアリスさんには少し複雑なものなのかな? いや、よく見ると魔王の姿がおかしい。
体は緑色で腕は四つ、目は三つもありそれは本物のと比べるまでもなく、似ても似つかなかいものだった。
「こんなの私じゃないわ。これじゃぁまるで化け物じゃない」
「普通の人間からしたら化け物なんじゃないかな?」
「あら、言ってくれるじゃない。こう見えてめ私、繊細なのよ?」
「繊細な人は大の字で寝たりしないと思うけどね」
失礼しちゃうわ、と額を指で弾かれて、痛みで悶えていると雑貨屋の近くに、勇者が愛食した料理という看板が、でかでかと掲げられた店があった。もしや、と思いその店を覗くとそこには食べられないと思っていたふわふわの白い米が、食欲をそそる湯気を上げながら鎮座していた。
「白ご飯!!」
かなりテンションが上がってしまったよ。まさかこんな世界で白ご飯にありつけるとは思いもしなかったからね。
アリスさんは不思議なものを見るような目でそれを見ていた。あまり見ることのない食べ物なのかな? しかし、これが一目で穀物だと分かるくらいには知識は豊富なようだった。
そして、勇者が私と同じ世界から来たことはこれで確信した。私以外にもそういう人はいるんだね。ちょっと楽しみだよ。
二人分を注文して、三分ほど待っていると白ご飯に何の肉かは分からないが、謎の肉が乗り少し甘いタレがかかった状態で出てきた。
「……丁度いい粘りと甘みが肉と合っていてとても美味いわ」
「何杯でもおかわりいけそうだよね!」
乙女らしからぬドカ食いを披露するアリスさんを見ながら、やはり白い飯は美味しいね。久しぶりに満腹になった気がして幸せになった。
さて、この町にデミヒューマンが居ない理由だけど、それもどうやらアリスさんが関係しているみたい。
アリスさんはデミヒューマン、彼女は亜人族と呼んでいるけど、元々デミヒューマンは、人目に付かない隠れたところでひっそりと暮らしていたらしい。モンスターを操る魔王は彼らの村を襲い、それを人間のせいだと騙し傘下に入れたのだ。やる事が外道だよ。アリスさん。
「まぁ、そんなこんなで疑いが晴れて、亜人族は外に出るようになったってわけ、つまり私のおかげね」
アリスさんのせい、の間違いじゃないかな? という言葉を飲み込み、隣で爪楊枝で歯の食べかすを取りながら歩くアリスさんに目をやった。大阪のおじさんみたいだ。
「でも、それとここに居ないのがなんの関係が?」
「簡単な事、何百年も許していないだけよ。女みたいにあの時は、みたいな理由を付けてね」
なるほど、簡単な理由だね。でもそれじゃぁ何も進歩もしないと思うけど、それがこの町の姿なら仕方が無いね。変わりそうもないけど変わるつもりもないんだろうな。
私達は賑やかな町の風景に闇を感じながら、宿屋に入っていき、陽があまり差し込まない部屋を借りた。
「ここの住人は呑気なものね。勇者の天敵が居るというのに」
うーん、と大きく伸びをするアリスさんは笑みを浮かべてそう言った。まぁ、人形を見る限り魔王が女で人型だった、なんてのは信じられないだろうね。そういえば、勇者の悲惨な最期は知っているのかな? と疑問に思うと同時にアリスさんに問いかけた。
「知らないでしょうね。その後すぐに偽物と入れ替わったんだもの」
「詳しいんだね」
まぁ、ねと含みのある肯定だったけど、深くは詮索しない。嫌われたくないし、色々と思い出させるかもしれない。
私はタバコを吸っていいか聞き、ダメ、と言われながら窓を開けて火をつけた。私は何も知らないし、何も知ろうとは思わない。だって、所詮は過去の事だし、私は産まれてもいない関係の無い話だしね。
「意外に冷めてるのね?」
「私は前を見て歩く女だからね!」
ふふん、と意外と自信のある胸を張りポジティブシンキングをアピールしたが、アリスさんにはただ馬鹿なだけでしょ、と鼻で笑われた。
失礼だね、とタバコを吹きかけると結構ガチめの力でデコピンされた。流石に悶えてしまう。額の激痛と、デコピンされた際の衝撃で首が後ろに吹き飛びそうになった痛みとで私は、自身でも何処から声が出ているのかわからなくなるほどの、低く唸るような声で悶えながら地面を転げ回った。
「大袈裟ねぇ」
「大袈裟じゃないよ! 痛いよ! めちゃくちゃ痛いよ!!」
この魔王め、聖水でもあればぶっかけてやる所なのに。タバコの煙には気をつけようと、思わされたのは言うまでもないけど、暴力はいけないぞ。
そろそろ食料や日用品を買わなくてはならない。意外とボロボロになるのがタオルなどの布だ。この世界は物価が安いのが特徴で、住人の暮らしぶりも安定しており思っていたよりも豊かだ。大地の端々から魔力的な何かを感じるせいかな? そうだとすれば、目の前で「勇者饅頭」なる食べ物を頬張っているアリスさんのおかげかもしれない。
皮肉だね。憎むべき、忌むべき者が豊穣や便利なモノを作っていったんだから、人間側としては複雑かもしれないね。
「アリサさん、無駄遣いだよ」
「はふぁはへっへはひふははへひふ……ん……って言うじゃない?」
「戦なんてしないよ!」
「でもお腹減ったんだし、仕方なく無い? ほら、アイリスも食べなさいよ。意外と美味しいわよ」
アリスさんは自身の指についた餡子を舐め取りながら、黄色の兜のようなものを象っている饅頭をこちらの口に押し込もうとする。
全くもう、と渋々と押し込まれるが、これまた美味しいのが悔しい。
「うん、普通に美味いね」
「でしょう? それにしても、これ勇者の兜を模してるらしいけど、あの子こんな仰々しいの付けてないわよ、ていうか兜付けてないわよ」
意外な事実が発覚してしまった。まぁ、そんな事を店主に言っても信じないんだろうけどね。
物知りなアリスさんと居ると色々な話が聞けて楽しくなってくる。勇者の話も住人に聞くとかなり盛っているのがわかるほどだけど、事実はそこまで壮大ではない。勇者も一人の人間? らしい一面や女らしい所もあったそうだ。
必要なものを店で買いつつ、夜ご飯をどうするかを考えた。せっかくだし外で少し豪勢に食べようかと思う。久しぶりにお酒でも飲みたいしね。
その事をアリスさんに伝えると、嬉しそうにお酒が呑める! と興奮した様子だった。そんなに好きなのかな?
早速お酒が飲める酒場へと向かう事にした。ジョッキの看板がある為、すぐにどこにあるかは分かった。中に入ると日本の居酒屋と変わらない風景が、そこにはあった。
「らっしゃっせぇ! 空いてるお席へどうぞぉ!」
忙しいにも関わらず接客をしながらの対応、それもかなり元気がいい。ここはいい店だね。
適当な席に座り、紙に書かれたメニューらしき表を見た。この世界の文字は何処と無くローマ字に似ているため、感覚で読めてしまう。
とりあえず、ビールを頼む事にした。アリスさんもビールだ。
「じゃ、ビール二つと手羽先を二人前」
店員にそう注文すると、待たずしてすぐにテーブルの上にはビールが並んだ。は、早い。そこら辺の居酒屋より早い。よし、乾杯だ。
「旅路の安全を願って」
「かんぱぁぁい!!」
居酒屋に居る人というのは往々にしてノリのいい人が多い。隣に座っている人らも旅の途中なのか、こちらに向けて乾杯の仕草をしてきた。
アリスさんと共に乾杯を返しながら私達はジョッキの中を飲み干した。
「ぷはぁ! やっぱりこれがないと一日は終わらないわね!」
「アリサさんいい飲みっぷりだね!」
おかわりを頼むとまたすぐに持ってきてくれた。少しすると最初に頼んだ手羽先もやってきた。どうやらピリ辛のようだ。
そうこうしているうちにアリスさんの顔が少し赤くなってきた。酔い始めたのかな?
「アイリス、顔赤いわよ」
「それはアリサさんもだよ」
久しぶりだというのに、結構飲めてしまう。あぁ、何だろう。すっごく楽しいな。向こうの世界に戻れるとしても、もう戻れなくてもいいかもしれない。
「てめぇふざけんじゃねぇ!!」
そんな怒号と共に、後頭部に衝撃が起きた。そしてびしょびしょになった。
頭を擦りながら怒号のした方を向くと二人の男が取っ組み合いの喧嘩をしていた。どうやら酔った勢いのようだ。それにしても頭痛いよ。
「アイリス大丈夫?」
「何とか」
まぁ、でもいるんだよね。楽しい席をぶち壊しにしてしまう馬鹿な奴って、空気も読めず馬鹿な事をしたり言ったりする奴が、私は大嫌いだ。そしえ気付くと、手にマスケット銃を持っていた。
「待ちなさい待ちなさい」
「やだなぁ、撃つわけないじゃん」
久しぶりにキレてしまいそうだった。止められて宥められた。
その後アリスさんが喧嘩の仲裁をし、文句を言う二人を投げ飛ばしてそれは終わった。全く、人騒がせだね。
酔いが覚めてしまった。もう帰ろう。そう思い私はお金を払い、一足先に店の外に出てタバコを吸っていた。
「頭に怪我はないかしら?」
「ん、ちょっと痛い……」
「そんなに機嫌を悪くしないで、帰ったらお酒飲み直しましょう?」
「……うん」
ぼふ、とアリスさんの大きな胸に顔を埋めた。タバコを吸った後だが、彼女は嫌がりはしなかった。
この性格は早々に直さないとまずいね。昔から機嫌をすぐに悪くしてしまうのは私の悪いところだ。
これまでも何回かそういう事はあった。しかし、アリスさんはそれを察する。他人の感情に敏感なんだ。そして前に言われたのが「子供がそのまま大人になったよう」という評価だ。それは間違いではないし、自分でも理解していたけど、実際他人の口から言われるとショックではあるよ。勿論、直そう直そうとは思っているよ。気をつけてもいる。だけど、そう簡単に直るのなら、そもそも私はこんな性格をしていない。
「でも、私は貴女のそれは好きよ。可愛らしいもの」
「……ありがとう」
彼女に対して笑みを浮かべた。アリスさんから離れて歩く事にした。
お酒を買いつつ、宿に戻るとすぐにお酒を開けてその日はベロンベロンになるまで飲み続けた。翌日に起こるであろう二日酔いを危惧しながらも。
まぁ、そこはあまり気にしないでおこう、そんな事より、私は勇者の家なる宿屋がとても気になって仕方がない。
アリスさん、人前ではアリサさんと呼べと言われているんだっけな。アリスさんにどうしても、とオネダリをして渋々付いてくる彼女に対して笑みを浮かべた。
「勇者の使っていた魔法の箱……?」
しかし、驚いた。勇者には私と同じあちら側来た疑いが出来た。何故なら、勇者の家の中にはあちら側にあったものばかりだった。魔法の箱と呼ばれるのは、テープレコーダーで、その他にも使えるかわからないテレビ、しかもブラウン管、そんなものばかりが置かれている。まるで少し昔、昭和時代を彷彿とさせる部屋になっていた。
「変な家ねぇ……これ何に使うのかしら?」
「あ、それお掃除だよ」
この世界の住人からすれば、信じられないものが多いのかもしれない。ジョゼフ・スワンでもこちら側に流れてきたら分からないけどね。
まさかゴミを掃くのでは無く、吸うなんて考えられないかな。でも使おうと思えば使えるかも、何だってこの世界には魔法があるんだし、マスケット銃だって、マスケット銃? この世界に? 不釣り合いじゃないかな? この世界ではまだ一度たりとも銃火器の類を見ていないからね。
それにしても、アリスさんが辛そうだ。体調的な問題でだけど、聞くとどうやらこの家には聖なる気が満ち溢れているらしい。聖水がバケツのように降りそれが溜まっている状態の部屋に、ぶち込まれたような感覚だそうだ。よく分からないけど、それなら出よう。まだまだ見ていたいが、仕方がない。
まぁ、丁度お腹も空いたし町中を見るついでに何か食べられる所でも探そう。そう思い、私は辛そうなアリスさんと共に外に出た。
私達が向かったのは屋台が並ぶ通りだった。この町のメインストリートかな? 横に広く、両端にはビッシリと屋台が並んでいた。案の定そこも、勇者の名を冠したモノが沢山売っていた。
武器屋は勇者の剣、防具屋は勇者の盾、道具屋は勇者が愛用していた薬草、もう何でもありだね。
「あら、これは何かしら」
ふと、雑貨屋の前で立ち止まるアリスさんは一つの人形を見つめていた。それは勇者と魔王が戦っている所を再現したモノのようだけど、魔王であるアリスさんには少し複雑なものなのかな? いや、よく見ると魔王の姿がおかしい。
体は緑色で腕は四つ、目は三つもありそれは本物のと比べるまでもなく、似ても似つかなかいものだった。
「こんなの私じゃないわ。これじゃぁまるで化け物じゃない」
「普通の人間からしたら化け物なんじゃないかな?」
「あら、言ってくれるじゃない。こう見えてめ私、繊細なのよ?」
「繊細な人は大の字で寝たりしないと思うけどね」
失礼しちゃうわ、と額を指で弾かれて、痛みで悶えていると雑貨屋の近くに、勇者が愛食した料理という看板が、でかでかと掲げられた店があった。もしや、と思いその店を覗くとそこには食べられないと思っていたふわふわの白い米が、食欲をそそる湯気を上げながら鎮座していた。
「白ご飯!!」
かなりテンションが上がってしまったよ。まさかこんな世界で白ご飯にありつけるとは思いもしなかったからね。
アリスさんは不思議なものを見るような目でそれを見ていた。あまり見ることのない食べ物なのかな? しかし、これが一目で穀物だと分かるくらいには知識は豊富なようだった。
そして、勇者が私と同じ世界から来たことはこれで確信した。私以外にもそういう人はいるんだね。ちょっと楽しみだよ。
二人分を注文して、三分ほど待っていると白ご飯に何の肉かは分からないが、謎の肉が乗り少し甘いタレがかかった状態で出てきた。
「……丁度いい粘りと甘みが肉と合っていてとても美味いわ」
「何杯でもおかわりいけそうだよね!」
乙女らしからぬドカ食いを披露するアリスさんを見ながら、やはり白い飯は美味しいね。久しぶりに満腹になった気がして幸せになった。
さて、この町にデミヒューマンが居ない理由だけど、それもどうやらアリスさんが関係しているみたい。
アリスさんはデミヒューマン、彼女は亜人族と呼んでいるけど、元々デミヒューマンは、人目に付かない隠れたところでひっそりと暮らしていたらしい。モンスターを操る魔王は彼らの村を襲い、それを人間のせいだと騙し傘下に入れたのだ。やる事が外道だよ。アリスさん。
「まぁ、そんなこんなで疑いが晴れて、亜人族は外に出るようになったってわけ、つまり私のおかげね」
アリスさんのせい、の間違いじゃないかな? という言葉を飲み込み、隣で爪楊枝で歯の食べかすを取りながら歩くアリスさんに目をやった。大阪のおじさんみたいだ。
「でも、それとここに居ないのがなんの関係が?」
「簡単な事、何百年も許していないだけよ。女みたいにあの時は、みたいな理由を付けてね」
なるほど、簡単な理由だね。でもそれじゃぁ何も進歩もしないと思うけど、それがこの町の姿なら仕方が無いね。変わりそうもないけど変わるつもりもないんだろうな。
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うーん、と大きく伸びをするアリスさんは笑みを浮かべてそう言った。まぁ、人形を見る限り魔王が女で人型だった、なんてのは信じられないだろうね。そういえば、勇者の悲惨な最期は知っているのかな? と疑問に思うと同時にアリスさんに問いかけた。
「知らないでしょうね。その後すぐに偽物と入れ替わったんだもの」
「詳しいんだね」
まぁ、ねと含みのある肯定だったけど、深くは詮索しない。嫌われたくないし、色々と思い出させるかもしれない。
私はタバコを吸っていいか聞き、ダメ、と言われながら窓を開けて火をつけた。私は何も知らないし、何も知ろうとは思わない。だって、所詮は過去の事だし、私は産まれてもいない関係の無い話だしね。
「意外に冷めてるのね?」
「私は前を見て歩く女だからね!」
ふふん、と意外と自信のある胸を張りポジティブシンキングをアピールしたが、アリスさんにはただ馬鹿なだけでしょ、と鼻で笑われた。
失礼だね、とタバコを吹きかけると結構ガチめの力でデコピンされた。流石に悶えてしまう。額の激痛と、デコピンされた際の衝撃で首が後ろに吹き飛びそうになった痛みとで私は、自身でも何処から声が出ているのかわからなくなるほどの、低く唸るような声で悶えながら地面を転げ回った。
「大袈裟ねぇ」
「大袈裟じゃないよ! 痛いよ! めちゃくちゃ痛いよ!!」
この魔王め、聖水でもあればぶっかけてやる所なのに。タバコの煙には気をつけようと、思わされたのは言うまでもないけど、暴力はいけないぞ。
そろそろ食料や日用品を買わなくてはならない。意外とボロボロになるのがタオルなどの布だ。この世界は物価が安いのが特徴で、住人の暮らしぶりも安定しており思っていたよりも豊かだ。大地の端々から魔力的な何かを感じるせいかな? そうだとすれば、目の前で「勇者饅頭」なる食べ物を頬張っているアリスさんのおかげかもしれない。
皮肉だね。憎むべき、忌むべき者が豊穣や便利なモノを作っていったんだから、人間側としては複雑かもしれないね。
「アリサさん、無駄遣いだよ」
「はふぁはへっへはひふははへひふ……ん……って言うじゃない?」
「戦なんてしないよ!」
「でもお腹減ったんだし、仕方なく無い? ほら、アイリスも食べなさいよ。意外と美味しいわよ」
アリスさんは自身の指についた餡子を舐め取りながら、黄色の兜のようなものを象っている饅頭をこちらの口に押し込もうとする。
全くもう、と渋々と押し込まれるが、これまた美味しいのが悔しい。
「うん、普通に美味いね」
「でしょう? それにしても、これ勇者の兜を模してるらしいけど、あの子こんな仰々しいの付けてないわよ、ていうか兜付けてないわよ」
意外な事実が発覚してしまった。まぁ、そんな事を店主に言っても信じないんだろうけどね。
物知りなアリスさんと居ると色々な話が聞けて楽しくなってくる。勇者の話も住人に聞くとかなり盛っているのがわかるほどだけど、事実はそこまで壮大ではない。勇者も一人の人間? らしい一面や女らしい所もあったそうだ。
必要なものを店で買いつつ、夜ご飯をどうするかを考えた。せっかくだし外で少し豪勢に食べようかと思う。久しぶりにお酒でも飲みたいしね。
その事をアリスさんに伝えると、嬉しそうにお酒が呑める! と興奮した様子だった。そんなに好きなのかな?
早速お酒が飲める酒場へと向かう事にした。ジョッキの看板がある為、すぐにどこにあるかは分かった。中に入ると日本の居酒屋と変わらない風景が、そこにはあった。
「らっしゃっせぇ! 空いてるお席へどうぞぉ!」
忙しいにも関わらず接客をしながらの対応、それもかなり元気がいい。ここはいい店だね。
適当な席に座り、紙に書かれたメニューらしき表を見た。この世界の文字は何処と無くローマ字に似ているため、感覚で読めてしまう。
とりあえず、ビールを頼む事にした。アリスさんもビールだ。
「じゃ、ビール二つと手羽先を二人前」
店員にそう注文すると、待たずしてすぐにテーブルの上にはビールが並んだ。は、早い。そこら辺の居酒屋より早い。よし、乾杯だ。
「旅路の安全を願って」
「かんぱぁぁい!!」
居酒屋に居る人というのは往々にしてノリのいい人が多い。隣に座っている人らも旅の途中なのか、こちらに向けて乾杯の仕草をしてきた。
アリスさんと共に乾杯を返しながら私達はジョッキの中を飲み干した。
「ぷはぁ! やっぱりこれがないと一日は終わらないわね!」
「アリサさんいい飲みっぷりだね!」
おかわりを頼むとまたすぐに持ってきてくれた。少しすると最初に頼んだ手羽先もやってきた。どうやらピリ辛のようだ。
そうこうしているうちにアリスさんの顔が少し赤くなってきた。酔い始めたのかな?
「アイリス、顔赤いわよ」
「それはアリサさんもだよ」
久しぶりだというのに、結構飲めてしまう。あぁ、何だろう。すっごく楽しいな。向こうの世界に戻れるとしても、もう戻れなくてもいいかもしれない。
「てめぇふざけんじゃねぇ!!」
そんな怒号と共に、後頭部に衝撃が起きた。そしてびしょびしょになった。
頭を擦りながら怒号のした方を向くと二人の男が取っ組み合いの喧嘩をしていた。どうやら酔った勢いのようだ。それにしても頭痛いよ。
「アイリス大丈夫?」
「何とか」
まぁ、でもいるんだよね。楽しい席をぶち壊しにしてしまう馬鹿な奴って、空気も読めず馬鹿な事をしたり言ったりする奴が、私は大嫌いだ。そしえ気付くと、手にマスケット銃を持っていた。
「待ちなさい待ちなさい」
「やだなぁ、撃つわけないじゃん」
久しぶりにキレてしまいそうだった。止められて宥められた。
その後アリスさんが喧嘩の仲裁をし、文句を言う二人を投げ飛ばしてそれは終わった。全く、人騒がせだね。
酔いが覚めてしまった。もう帰ろう。そう思い私はお金を払い、一足先に店の外に出てタバコを吸っていた。
「頭に怪我はないかしら?」
「ん、ちょっと痛い……」
「そんなに機嫌を悪くしないで、帰ったらお酒飲み直しましょう?」
「……うん」
ぼふ、とアリスさんの大きな胸に顔を埋めた。タバコを吸った後だが、彼女は嫌がりはしなかった。
この性格は早々に直さないとまずいね。昔から機嫌をすぐに悪くしてしまうのは私の悪いところだ。
これまでも何回かそういう事はあった。しかし、アリスさんはそれを察する。他人の感情に敏感なんだ。そして前に言われたのが「子供がそのまま大人になったよう」という評価だ。それは間違いではないし、自分でも理解していたけど、実際他人の口から言われるとショックではあるよ。勿論、直そう直そうとは思っているよ。気をつけてもいる。だけど、そう簡単に直るのなら、そもそも私はこんな性格をしていない。
「でも、私は貴女のそれは好きよ。可愛らしいもの」
「……ありがとう」
彼女に対して笑みを浮かべた。アリスさんから離れて歩く事にした。
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