紫煙のショーティ

うー

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アリスとアイリス

第一話

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 人が誰かを信じるのに理由は必要か、私は必要だと思うね。もしかしたら、信じようと思っている人は嘘を吐いているかもしれない。
 二度も合わない相手ならまだいいけど、もしそれが頻繁に会う相手なら? その場はいいかもしれないけど、長期的に見れば愚の骨頂だよね? だから私はなるべく嘘は吐かない。二度と会うつもりのない人になら吐いてしまうけどね。

 私とアリスさんが旅に出てから一週間が過ぎた。歩き続けるのにも慣れて今は天気のいい昼間、まだまだ先に進むことが出来る。
 アリスさんも今日は珍しく人間の姿で隣を歩いていた。いつも思うけど、アリスさんの人間の姿ははっきりいってかなり美人だ。男なら、誰でも二度見をしてしまうほどに綺麗だ。スラリと伸びた体は、百六十前半の私が少し見上げなければいけないほど高く、髪は黒くキューティクルが綺麗に整っているためかとてもサラサラで、以前触らせてもらったが手触りがかなりいい。短髪の私でも憧れてしまう。
 それに何よりも凄いのが胸だ。歩く度に揺れるあれの破壊力は凄まじい。そして、黒の胸部が大きく開いたイブニングドレスを着ているのだ。なんかもう見た目がやらしい。
 だが、その中身は人間を遥かに超越した存在だ。常人程度ならば小指で首と胴体を、今生の別れにしてしまうほどだ。簡単に言うと化け物中の化け物だ。
 そんな彼女がパーティの一員だ。これほど心強い仲間も居ない。だけどタバコの煙が嫌いなのか、隣で吸うといつも嫌な顔をされる。
「アイリス、タバコを吸うなら少し後ろに下がってくれないかしら。臭いわ」
 唇に挟むタバコを上下に揺らしながら私は彼女の言う通りにした。こればかりは仕方が無いよね。
 それにしても、アリスさんの事はまだあまり分かっていない。美人で強くてタバコが嫌いで魔王って事ぐらいしかわかっていない。他人に関心がない私だけど、彼女の事は気になってしまう。しかし、直接聞くのは何故か気が引ける。何故だろう?
「ねーアリスさん、勇者って強かった?」
「そうねぇ。強い、というかデタラメだったわ。なんせ素手で私をぶん殴る女だもの」
 うへぇ、それはもはや人間と呼べないよ。それも一種の化け物だよ。アリスさんと同種の存在だよ。しかも女だったなんて半端ないよ。
 けど、その勇者の話をするアリスさんは楽しそうだった。
「唯一私と対等に渡り合えた存在、唯一分かり合えた人間なのかもしれないわ。まぁ、私を封印した後は悲惨な末路を辿ったようだけど」
 まぁ、それもそうだよね。そんな人間を、他の人間が放っておくわけがないよ。その勇者はどうなったの、と私は問いかけた。
「凱旋パレード中に捕えられ、手足をもがれ犯され子供を孕んで、最終的には憤死よ。笑えるわよね? 世界を救った勇者が世界に殺されるだなんて」
「……なんというか、結果的に勇者の方が悲惨だね」
「そうね。善悪は個人によって変わるもの、私が封印されるまでは私が悪、私が消えた後は善だったはずの勇者が悪になってしまった。馬鹿馬鹿しい……だから嫌いなのよ人間の浅ましさが、だから好きなのよ人間の愚かしさが」
 うーん、私から振っておいてなんだけどやっぱり難しい話は苦手かな。あまり理解出来ていないのに気付いたのか、彼女は私の頭を撫でてきた。彼女は私を撫でるのが好きなのかな? 私は嫌いじゃないけど、アリスさんは悲しそうに言葉を続けた。
「アナタにはそんな浅ましい人間にはなって欲しくないわ」
「うーん、肝に銘じておくよ」
 よく分からないけど、他人に流される人間になるな、という事だよね? それなら安心してよね。私は笑顔でそう答えた。
「アナタ本当にわかってる?」

 アリスさんから色々な話を聞いたけど、気付けば日が落ちかけていた。何処かに宿でもあればいいんだけどそんな都合良くある訳もなく、平原のど真ん中で野宿をすることとなった。
 適当に大きめの石を集めてきてはかまどを作り、タバコの吸殻を椅子に変化させた。やっぱ便利だね、この力。
「ふふ、お気に召したようで何よりだわ」
「でも、大きすぎるものは無理だよね」
「仕方ないわ。代償だもの、大きなものを作ろうとするにはそれ相応の数を集めなければいけないわ」
 まぁ、なんでも出来るわけじゃないってのは仕方ないよね。けど、この力があれば野宿だとしても楽に火を起こせたり、毛布を作れたりする。便利だ。
「そういえば、いつの間にか食料がすこーしずつ無くなってるんだけど、アリスさん食べた?」
「あら、失礼ね。私がそんな事をすると思うかしら? しないわよね? 失礼だわ、本当に失礼だわ。アイリスに疑われるなんて私泣いちゃうわ」
 あ、この人食い意地張ってる人だ。それでもって嘘が下手過ぎじゃないかな。いや、まぁ良いんだけどさ。
「それじゃぁアリスさんの晩御飯は無しということで」
「私が食べたわ。だから私の分の晩御飯を作りなさい。作ってちょうだい。アレがないと夜寝れないの」
 アリスさんは無駄にいい笑顔で白状した。どうやらこの世界では私の作る料理は珍しいようで、見たことの無い料理ばかりだそうだ。
 昨日は肉じゃが風の煮物を作ったけど、とても美味しそうに食べてくれた。こう見えて、私は家庭的な料理が得意なんだよ。だけど、この世界の住民の口に合って良かった。
「それにしても、アイリスは料理が上手だわ。全盛期ならメイドにしたいぐらいね」
「えー? メイドなの私」
 不満げに頬を膨らましながら料理を作り始めた。アリスさんは私の行動を凝視していた。
 この世界には、醤油やみりんといった調味料がないから料理を作るのにも一苦労だ。だが似たような調味料があるのは助かった、だいぶ濃口だけど使えない事はないからね。
「……いい匂いね」
「もうちょいで出来るよ」
 今回は干し肉を薄く切り、野菜と共に炒めた簡単なものだ。適当に味付けしたためあまり美味しくないかもしれないけど。アリスさんお皿に肉野菜炒めを乗せた。
「食欲をそそるわね……」
「おかわりならあるからね」
 私は手を合わせて、いただきます、と当たり前の行動をして食べ始めた。けど、それは日本人としての当たり前だった。
 アリスさんからすれば一体何をしているのか分からない、のかな? 案の定今の行動について聞いてきた。なんと説明したらいいのかな。
 普段何気なくしている事も、いざ何故そうしているのかと聞かれると答えるのは中々難しい。
「うーん……食材への感謝とか、食材を作ってくれた人への感謝? 的な」
「へぇ、随分と殊勝な心掛けじゃない」
「まぁ、習慣というか日常的な事だから根付いちゃってるのかな」
 アリスさんが言うにはここではそんな事をせずに、食事の際は何も言わずに食べ始めるか、お祈りをしてから食べ始めるかの二つらしい。日本では考えられないけど、ここが日本では無いという事を実感させられる。
 けど、いただきます、ごちそうさまは止めちゃいけないと思う。それを止めるは日本人として、許されないというか感謝を忘れるのはダメだと思う。
「でもいいんじゃないかしら、この世界で感謝を忘れないその心、はいへふひひははひほたいせつにしなさいよ
 いい言葉がものを食べたせいでちゃんと言えていないアリスさんはニコニコと笑みを浮かべた。その笑顔は人間と何ら変わらない可愛い笑顔だった。
 彼女にも感謝している。旅に出る切っ掛け、目的は褒められるものではないけど、考えっぱなしよりかはマシだね。
「ごちそうさま」
「……ごちそう、さま」
 私が手を合わせてそう言うと、アリスさんも見よう見まねで手を合わせてぎこちなく同じ言葉を言った。
 お椀を濡らした布で綺麗に拭き、リュックへと詰め込んだ。既に辺りは暗くなっていて移動するのは危険だった。旅を始めてモンスターについてわかった事がある。まず、優男くんが言っていた、夜になるとモンスターが活発になり、凶暴化するというのは少し間違いだった。あれは明確に、人間だけを襲っている。
 アリスさん曰く、遺伝子レベルでそうするように作り替えたそうだ。うん、はた迷惑な話だよ。
 しかし、主であるアリスさんにも攻撃をするのが不思議だった。アリスさんがの考えでは世代が変わりすぎて自身の存在を忘れ、命令だけが残ってしまったのでは? という考えだった。
「飼い犬に手を噛まれる、とはこういう事かしらね?」
「数百年も昔の事なら仕方ないんじゃないかな?」
 二人分の枕を変化させて、寝転び綺麗な空を見上げながら話をしていた。夜空は日本の都会じゃ見られない絶景は、幼い頃に見たプラネタリウムを思い出させる。
 私は空に向けて手を伸ばした。幼い頃に見た偽物の夜空に同じ事をしたように、届くはずのないモノを掴もうとしていた。
「……アリスさーん……私寝る」
「ふふ、今日は沢山歩いたものね、おやすみなさい」
「おやす──まだ寝られないようだよ」
 ふと、殺気に気付き私は体を起こした。人間? モンスター? どっちかはわからないけど、すぐに隣に置いていたマスケット銃を手に取り、体勢を低くしながら周囲を見回した。
 アリスさんも気づいていたのか、手には優男くんが持っていた弓が握られていた。
「……アイリス、見えるかしら」
「…………なに、あれ」
 アリスさんが指を指した方向に目をやると、そこにはモンスターとも人間とも呼べる存在があった。人の形はしている。けど、歪な体をしていた。何処かが損壊しているわけではなく、本当に捻じ曲がっていた。
「ば、化け物……」
「あれが何かは、私にもわからないわ。けど、これだけは言える……何者かに作られた存在、いえ、何者かに変えられた存在ね。私がモンスターを作ったように」
 あれを? 一体誰が? あんな一目見ただけで不愉快になれるモノを、作れる奴の趣味が理解できない。
 その時、私の中で一つの感情が膨れ上がった。人が死ぬのも、危険な目に遭うのにも何も感じない私が、何故、この感情を?
「な……何でだろ……怖い……っあれが怖いっ」
 そう、忘れ去ったと思われたその感情、恐怖という感情が膨れ上がってきた。
 体が震える、まともにマスケット銃を握ることさえ出来ない。おかしいな、こんな事、日本でも無かったのに。
 そんな私を見たアリスさんは片腕で私の頭を抱き締めた。背中をポンポン、と安心させてくれているのか優しくリズムよく叩いていた。
「無理もないわ。あれは人でもモンスターでもない化け物……私に任せなさいな」
 そう言うと、彼女は私にマスケット銃を貸すように言った。動くことすらままならない私は彼女に託すしか無かった。
 マスケット銃を受け取ったアリスさんは笑みを浮かべて立ち上がった。動きにくそうなドレスの裾を引きずりながら、彼女は歪な人間に向かい始めた。
 私は震える体を自身で抱き締めた。約立たずの体め、恨むよ。
 銃声が鳴ると、二人は同時に動き始めた。歪な化け物は意外と知性があるのか、常にマスケット銃が取り回しにくい接近戦を挑んでいた。
 しかしドレスを踊らせるように舞うアリスさんが勝つのはすぐに理解出来た。
「アイリス! よく見ておきなさい! これが化け物のいなし方よ!」
 歪な化け物の髪の毛を掴み、口の中にマスケット銃を突っ込むアリスさんは私にそう叫んだ。戦うのが好きなのかな、いつにも増して笑顔だ。
 そのまま地面に押し倒して、アリスさんは引き金を引いた。マスケット銃はまるでサブマシンガンのような連射をしていた。あれも魔法かな?
 返り血を浴びた彼女はとても美しかった。

 自分の弱さを知った。動けなかった、何も出来なかった。もし、もしこれでアリスさんが居なかったらどうなっていたのかな。殺されていた? そう考えると、体が震えた。
「アイリス、これから慣れていけばいいのよ。初めから怖くないなんて人間は少ないわ」
 そう言われたけど、やっぱり気にしてしまう。偶然とはいえ、魔法を使えるようになったのに、使えないなんて情けなさすぎるよ。
 私はアリスさんの体に付着した返り血を拭きながら、無意識にため息が出た。どうしたの? と彼女はこちらを見ていた。
「私もっと頑張るよ」
「えぇ、頑張りなさい。応援しておくわ」
 私は鼓舞するように頷き、拭き終えた。今度こそは眠れるだろうと思い、寝転んだがそういう訳にもいかなった。
 気付くと、朝になっており久しぶりに夜を明かしてしまった。
 隣でぐっすりと眠るアリスさんを羨ましそうに見てしまっていた。彼女は何故人類に勝負を挑んだんだろ。そこは気にはなるが、あまり聞かない方が良さそうだ。何か逆鱗に触れてしまいそうだったから。
 寝不足特有のだるさを引き連れて、目を覚ましたアリスさんと共に一日の始まりを迎える事となった。
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