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第十話
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俺の一番記憶に残っているのはクソみてぇな親父の冷めた目付きだ。俺はあれが大嫌いだ。
明治から続く影の薄い、歴史ある金持ちである柊家、その跡継ぎになるはずだった俺は家を飛び出した。いや、飛び出しざるを得ない状況になっちまった。
その理由は単純、俺が妾のガキだからだ。金持ちってのは何よりも純血ってのに拘りやがる。俺は卑しい女の血が入った卑しいガキとして扱われてきた。そりゃぁこんなグレた奴に育っちまうよ。
はっ、だがなんのこっちゃねぇ。俺は一人でも生きていこう、と思っている。だが、一つだけ心残りがあるとすりゃぁ同い年の妹だ。
あいつは俺の事を心配して、常に気にかけてくる。家にバレりゃぁ自分がやべぇってのに、それでもだ。全く、俺の周りには馬鹿しかいねぇのか?
七月二十一日
学校近くに部屋を借りている俺は、のんびりしていた。夏は蒸し暑くて嫌いだ。夏はクーラーを付けて涼しむのが一番だな。今頃、鬼塚は温泉でよろしくやってんのか? はは、青春だな。
朝の筋肉トレーニングのメニューも一通り終えて、一風呂浴びた俺はベッドの上で寝転んでいた。テレビでも見ればいいんだが、あんまり好きじゃねぇし、鬼塚がいれば遊べるんだが、それも出来ねぇ。まぁ、さっき鬼塚から連絡が来て、おもしれぇ事が起きてんのは知ってるけどなぁ。はは、ウブな男だ。
そんな暇を持て余している時、部屋のベルが鳴り響いた。次にドンドンと、扉の叩く音が聞こえてきた。人の休みを邪魔する奴は誰だ? 俺は扉の鍵を開けた。すると勢いよく扉が開き、飛び込んできたのは妹だ。
「お兄ちゃん! テレビ見てテレビ!」
「待て待て! お前どうやってここに来た!?」
俺の話を聞かずに部屋に入っていく妹は、すぐにテレビの電源を入れた。チャンネルを変えていくと、臨時ニュースが割り込んできた。そんなに重大な事が起きたのか? とベッドに座り込みながら横目に見ていた。
「今日未明、カパチタ研究者である鬼塚夫妻の子、鬼塚 稔を〇〇県にある旅館近くの雑木林にて、地元の警察が保護していた事が明らかになりました。〇〇県警は何らかの事件に巻き込まれた可能性を視野に入れ、捜査を進めていくとの事です」
ん? 鬼塚? どういう事だ。俺はテレビを見た。どうやら、鬼塚が何か問題に巻き込まれたようだ。ほんと問題を呼び寄せる体質だなあいつは。いや、巻き込まれるタイプか? まっ、今の俺にはどうしようもできねぇがな。
「ねぇ、お兄ちゃん。この鬼塚って人と友達なんでしょ?」
「……そうだな。中々気概があるおもしれぇ奴だぜ。まぁ、ちと問題に巻き込まれやすい体質ではあるがな」
「ふぅん、似たもの同士だね!」
「おい、桐恵」
妹の名を呼びながら、顔を掴んだ。俺は巻き込まれやすい体質じゃねぇ、解決する方だ。
「痛い痛い! 女の子には優しくって学校の先生にも教えてもらったでしょ!」
「俺がルールだ」
と、まぁ妹とはこんな風に楽しくよろしくやってる訳だが、これが素の妹だ。だがこいつは意外と恐ろしい。情報通だからな。
「まっ、今回のこれどうせ逃げられると思うけどね」
「ほう? どうしてだ?」
「この作戦を実行した部隊、トーシローだらけだし、よくもまぁ、こんなにトーシローばかり集めたね、って感じかな」
桐恵は携帯を弄り始めて、にやけ顔で俺の問いに答えた。何処でそんな事を知ったのか、その答えは知っているがあまり好まれるものではないだろう。
「また、パパに教えてもらったのか?」
「そっ、一佐のパパからね。ちょっとリップサービスしてあげたらすぐに答えてくれるんだもん。男ってちょろいよね!」
こいつの言うリップサービスってのは、口先じゃなくて口の中を使うタイプのもんだ。妹がそんな事をしているなんざ、お兄ちゃん聞きたくねぇ。
「これからどんどん忙しくなるよ、この鬼塚って人」
確かにそうだろうな。なんせ生き返ったんだからなぁ、カパチタでな。国は当然、追いかけ回すだろう。
死ぬ運命を定められた人間にとって、不死ってもんは魅力的だ。誰も逃げられねぇ終着点。それを回避出来るかもしれねぇってのがわかった。その手掛かりは身寄りのないガキ、本当ならトーシロー部隊で片がつく。だが不運な事に、熊子ちゃんが同伴だ。死ぬか氷漬けか、まぁどちらにせよ最悪である事には変わりねぇ。俺は意外と楽観的なようだ。
俺は熊子ちゃんの力は、すげぇやばいもんだと思っている。あの人の腕なら生きたまま凍らせる事も可能じゃないか? 死ぬまで続く苦しみ、ってのも恐ろしいもんだ。あぁ、それなら俺も体験しているがな。
七月二十二日
新しい情報はない。熊子ちゃんに連絡してもメールさえ返ってこない。現状がどうなっているのかを知りたいが、情報は入ってこないもんだ。
同じベッドで寝ている桐恵にも聞いてみたが、その情報は持ち合わせていないようだ。
だが、昨日桐恵が言ったように、失敗に終わっていれば後は、校長や熊子ちゃんがどうにかするだろうな。こんな時、あいつのダチとしてはなんも出来ねぇのが、少し悔しい。
そんな感じで携帯にメンチを切っていると、巻き込まれ体質の友人から画像が送られてきた。
そこには、眼帯からはみ出るほどの傷を負ってもなお、カッコよく自撮りをしようとしている鬼塚の姿があった。馬鹿じゃねぇのかこいつ。
「……ふっ、はは、ほんと馬鹿だわこいつ」
俺のダチがここまで馬鹿だったなんて思いもしなかった。俺はつい笑ってしまった。元気そうで何よりだ。
鬼塚の後ろに写るのは寮の部屋では無く、何処か女性らしさのある清潔感のある部屋だった。多分だが、熊子ちゃんの家だろう。まぁ、安全だわな。
俺が笑っているのを不思議そうに首を傾げている桐恵は、俺の携帯を覗いてきた。
「この人が鬼塚って人? 中々かっこいいね」
「やめとけやめとけ、絶賛片思い中の淡い男子だぜ」
この後ろの人? と桐恵は写真の端に映る長い髪を指指した。白い髪、ということは熊子ちゃんの家か。やったじゃねぇか鬼塚。
俺はすぐに鬼塚に電話をかけた。あいつはいつも、二コール以内に取るんだ。
「随分とイカした面になったじゃねぇか」
挨拶代わりのジョークを吹っかけるが、こんな事で鬼塚と喧嘩になる事はない。ダチとしてはやりやすいことこの上ない。
「今は熊子ちゃんの家にいんだろ? しっかりと休めよ」
「あぁ」
「あ、それと、理性はしっかりしとけよ」
うるせぇ、と鬼塚に電話を切られちまった。まぁ、熊子ちゃんと一緒にいるんだ。少しの間は安全だろう。だが、少し調べておいた方がいいかもしれねぇな。なんせ、報道までしてるんだ。圧力でもかけねぇとそう簡単に動かせるもんでもねぇだろう。それも皮算用だ。
次は何をしてくる? 何が来やがる? なんでもいいが現役カパチタ保持者部隊でも来た日には、あいつもやべぇかもな。
「さて、我が妹、ちょいと調べてほしいもんがある」
「ん、お兄ちゃんのお友達を襲った人達の事?」
相変わらず察しがいい出来た妹だ。血の繋がりが無けりゃ俺の女にしてぇくらいだ。
ベッドから飛び降り、机の上にある小さなメモ帳にこれから桐恵にやって欲しいことを、箇条書きに書き出して渡した。不満そうな顔をしていたが、それでもやってくれる。いい妹だ。
「……ふむふむ、お兄ちゃん欲張りだね。これは報酬も欲張っちゃおうかな」
「情報収集は必勝の要だろう?」
そこからの桐恵の行動は迅速だった。俺が望んだ物を、素早く正確に持ち帰ってくる。これはお袋、俺からすれば義理の母だが、その人が仕込んだようだ。
一週間も経たぬ内に、俺が望んだ物は手に入った。桐恵に頼めば、大概の情報は手に入る。昔からそういう事に関して、桐恵は得意だった。
逆にこいつが知らねぇ事の方が少ねぇんじゃねぇのか? と思っちまうほどだ。妹ではあるが、時折恐ろしく感じちまう。そして羨ましくも感じる。
俺には無い才能だ。腕っ節だけの俺には、器用に動く事なんざできっこねぇ。だが、それは仕方のねぇ事で、人には得手不得手がある。他人の得手を妬むほど俺は落ちぶれてはいねぇ。
さて、情報は集まった。後はこれを整理し頭にぶち込み、やる事をやるだけだ。柊としての役目を果たさなくちゃならねぇ。親父が俺を泳がせてるのも、役目を果たしているからだ。だが、これで鬼塚に纒わり付く蝿が一つ減るなら、大した事じゃねぇ。ダチのためだ。俺は俺の事をダチと呼ぶ奴を全力で守ってやりてぇのよ。
俺はとある人物に電話をかけた。そいつとは古い仲で、いわば腐れ縁だが、俺の仕事には必要不可欠な奴であり、俺にとっては手足となる奴だ。
「あぁ、皇。俺だ」
「久しぶりっすねぇ!? 柊さんから電話だなんて、今日は何か悪い事でも起きそうっす!」
煩く活発な、周囲にも聞こえていそうなほどの声で、電話に相手が出た。
皇 蘇芳は昔からうるせぇ奴だった。だが、頼りにはなる。俺は用件を伝えて、すぐに取り掛かってくれと頼んだ。
「相手が相手っすけど、まぁ何とかなるっすよ。いつも通りお金は手渡しでお願いするっすよ」
それじゃぁそっちに向かうっす、と蘇芳は何やらガチャガチャとし始めた。すぐにエンジンがかかる音が聞こえてきた。あぁ、蘇芳の愛車か。
「超特急料金っすよ!」
重低音の、内蔵に響くようなエキゾーストノートが電話越しから聞こえてくるが、こいつの愛車はライダーと違って、見た目はかなり厳つい。黒のアメリカンタイプ、それも約六百万ほどかかるクソ高いバイクだ。数年前に買ったそうだが、それ以来俺と会う時には必ずと言っていいほど乗り回しているようだ。だが、確かに俺でもあれは乗り回したくなる。
少しすると、件のエキゾーストノートが遠くから聞こえてきた。近所迷惑にならなきゃいいんだが、すまねぇ近隣住民。
俺の部屋があるアパート前で音が止まると、隣にいた桐恵は走り出していった。昔から蘇芳にべったりなんだ。
「お姉ちゃん!」
「わわっ!? 桐恵ちゃん!? こんな所で何してるっすか!?」
玄関の方で、騒ぐ二人の声が聞こえてくる。キャッキャウフフしてんのが妹と馴染みの女じゃなけりゃ覗きたいが、そんな気も起きねぇ。
桐恵にベッタリとくっ付かられている蘇芳は苦笑いを浮かべながら、部屋に入ってきた。
「お久っす。元気だったっすか?」
「まぁ、死なねぇ程度には元気だな」
「あはは、死なれたら困るっすけどね。柊さんにも、鬼塚 稔にも」
話を聞くと、自分らにもその命令は来ていたようだが、隊長が動く気がなかったようで傍観を決め込んでいたらしい。働け。
「うちの隊長にも困ったもんすよ。見た目は命令絶対、上司絶対の秘書顔な癖して、意外と反骨精神旺盛っすから」
「そいつぁ困った隊長さんだな」
そんな冗談を言いつつ、俺は本題に入ろうと一つの紙を蘇芳に手渡した。それはいわば依頼書の様なもので、そこに全ての要件を書いていた。こういうのは手渡しでないと、何処から情報が漏れるか分からんからな。
それに目を通した蘇芳は少し驚いたような顔を見せた。
「殺害じゃなくて、痛めつけるだけでいいんすか?」
「あぁ、流石に殺しちまったら鬼塚が疑われちまう。それこそ、蘇芳らが出張る自体になっちまうからな」
カパチタを保持する犯罪者に、一般の警察は駆り出されない。対処出来ないし、無駄な死者を増やすだけだ。そこでカパチタにはカパチタを、という事でカパチタ保持者を保有する公安機関から、特殊部隊が駆り出されてくる。その一つの部隊が、蘇芳の所属するカパチタ保持者部隊、「GSF」という、うちの校長が設立した有名な特殊部隊だ。公の場に出てくる事もあるがその詳細は国家機密となっている。もちろん、そこにいる奴らはそんじょそこらのカパチタ保持者じゃぁねぇ。あらゆる課題をクリアし、そこで初めて参加資格を貰えるぐらいだ。蘇芳も普段はこんな感じだが、実際にはすげぇ奴なんだが信じらんねぇ。
「それなら私のミラージュも、あまり使えないっすね」
蘇芳のカパチタは自身と自身の触れているモノを透明にさせる能力だ。だからこいつの得意分野は暗殺や奇襲なんだ。だが、心臓に悪い。いきなり目の前に出てこられるなんざホラーだからな。
「まぁ、やる事は伝えた。やり方は任せるが、本職に影響がねぇようにしろよ」
「ふふふ、柊さんは見た目によらず中々優しいっすね」
蘇芳は桐恵の頭を撫でつつ、ふと俺の耳元に顔を寄せてきたと思えば頬に口付けをされた。何すんだこの女。
「私は柊さんのそういう所好きっすよ」
「……へっ、バッカじゃねえの」
「ふふ、それじゃぁまたっす! 桐恵ちゃんもちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞くっすよ!」
「うん!」
最後まで騒がしい奴だ。まるで嵐だ。蘇芳が部屋から出ていき、少しすると再び煩いエキゾーストノートが鳴り響き、三回アクセルを回す音が聞こえた。奴なりの挨拶のようなもんだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんとそういう関係なの?」
「……どういう関係だよ」
「昔からお姉ちゃんだけには格段と優しいよね。やっぱりあの豊満ボディが気に入ってるの?」
こいつ、どこでそんなおっさんくさい言葉を覚えてきやがった。お兄ちゃんちょっとショックだぞ。
だが、桐恵の指摘もまちがいではない。俺は蘇芳にはどうにも甘くなっちまう。
「まっ、あいつとは長い付き合いだからな」
桐恵にはそう言い、俺は窓の外に目をやった。窓を閉めていても蝉の鳴き声が聞こえてきた。まだ夏は終わりそうにねぇな。
明治から続く影の薄い、歴史ある金持ちである柊家、その跡継ぎになるはずだった俺は家を飛び出した。いや、飛び出しざるを得ない状況になっちまった。
その理由は単純、俺が妾のガキだからだ。金持ちってのは何よりも純血ってのに拘りやがる。俺は卑しい女の血が入った卑しいガキとして扱われてきた。そりゃぁこんなグレた奴に育っちまうよ。
はっ、だがなんのこっちゃねぇ。俺は一人でも生きていこう、と思っている。だが、一つだけ心残りがあるとすりゃぁ同い年の妹だ。
あいつは俺の事を心配して、常に気にかけてくる。家にバレりゃぁ自分がやべぇってのに、それでもだ。全く、俺の周りには馬鹿しかいねぇのか?
七月二十一日
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朝の筋肉トレーニングのメニューも一通り終えて、一風呂浴びた俺はベッドの上で寝転んでいた。テレビでも見ればいいんだが、あんまり好きじゃねぇし、鬼塚がいれば遊べるんだが、それも出来ねぇ。まぁ、さっき鬼塚から連絡が来て、おもしれぇ事が起きてんのは知ってるけどなぁ。はは、ウブな男だ。
そんな暇を持て余している時、部屋のベルが鳴り響いた。次にドンドンと、扉の叩く音が聞こえてきた。人の休みを邪魔する奴は誰だ? 俺は扉の鍵を開けた。すると勢いよく扉が開き、飛び込んできたのは妹だ。
「お兄ちゃん! テレビ見てテレビ!」
「待て待て! お前どうやってここに来た!?」
俺の話を聞かずに部屋に入っていく妹は、すぐにテレビの電源を入れた。チャンネルを変えていくと、臨時ニュースが割り込んできた。そんなに重大な事が起きたのか? とベッドに座り込みながら横目に見ていた。
「今日未明、カパチタ研究者である鬼塚夫妻の子、鬼塚 稔を〇〇県にある旅館近くの雑木林にて、地元の警察が保護していた事が明らかになりました。〇〇県警は何らかの事件に巻き込まれた可能性を視野に入れ、捜査を進めていくとの事です」
ん? 鬼塚? どういう事だ。俺はテレビを見た。どうやら、鬼塚が何か問題に巻き込まれたようだ。ほんと問題を呼び寄せる体質だなあいつは。いや、巻き込まれるタイプか? まっ、今の俺にはどうしようもできねぇがな。
「ねぇ、お兄ちゃん。この鬼塚って人と友達なんでしょ?」
「……そうだな。中々気概があるおもしれぇ奴だぜ。まぁ、ちと問題に巻き込まれやすい体質ではあるがな」
「ふぅん、似たもの同士だね!」
「おい、桐恵」
妹の名を呼びながら、顔を掴んだ。俺は巻き込まれやすい体質じゃねぇ、解決する方だ。
「痛い痛い! 女の子には優しくって学校の先生にも教えてもらったでしょ!」
「俺がルールだ」
と、まぁ妹とはこんな風に楽しくよろしくやってる訳だが、これが素の妹だ。だがこいつは意外と恐ろしい。情報通だからな。
「まっ、今回のこれどうせ逃げられると思うけどね」
「ほう? どうしてだ?」
「この作戦を実行した部隊、トーシローだらけだし、よくもまぁ、こんなにトーシローばかり集めたね、って感じかな」
桐恵は携帯を弄り始めて、にやけ顔で俺の問いに答えた。何処でそんな事を知ったのか、その答えは知っているがあまり好まれるものではないだろう。
「また、パパに教えてもらったのか?」
「そっ、一佐のパパからね。ちょっとリップサービスしてあげたらすぐに答えてくれるんだもん。男ってちょろいよね!」
こいつの言うリップサービスってのは、口先じゃなくて口の中を使うタイプのもんだ。妹がそんな事をしているなんざ、お兄ちゃん聞きたくねぇ。
「これからどんどん忙しくなるよ、この鬼塚って人」
確かにそうだろうな。なんせ生き返ったんだからなぁ、カパチタでな。国は当然、追いかけ回すだろう。
死ぬ運命を定められた人間にとって、不死ってもんは魅力的だ。誰も逃げられねぇ終着点。それを回避出来るかもしれねぇってのがわかった。その手掛かりは身寄りのないガキ、本当ならトーシロー部隊で片がつく。だが不運な事に、熊子ちゃんが同伴だ。死ぬか氷漬けか、まぁどちらにせよ最悪である事には変わりねぇ。俺は意外と楽観的なようだ。
俺は熊子ちゃんの力は、すげぇやばいもんだと思っている。あの人の腕なら生きたまま凍らせる事も可能じゃないか? 死ぬまで続く苦しみ、ってのも恐ろしいもんだ。あぁ、それなら俺も体験しているがな。
七月二十二日
新しい情報はない。熊子ちゃんに連絡してもメールさえ返ってこない。現状がどうなっているのかを知りたいが、情報は入ってこないもんだ。
同じベッドで寝ている桐恵にも聞いてみたが、その情報は持ち合わせていないようだ。
だが、昨日桐恵が言ったように、失敗に終わっていれば後は、校長や熊子ちゃんがどうにかするだろうな。こんな時、あいつのダチとしてはなんも出来ねぇのが、少し悔しい。
そんな感じで携帯にメンチを切っていると、巻き込まれ体質の友人から画像が送られてきた。
そこには、眼帯からはみ出るほどの傷を負ってもなお、カッコよく自撮りをしようとしている鬼塚の姿があった。馬鹿じゃねぇのかこいつ。
「……ふっ、はは、ほんと馬鹿だわこいつ」
俺のダチがここまで馬鹿だったなんて思いもしなかった。俺はつい笑ってしまった。元気そうで何よりだ。
鬼塚の後ろに写るのは寮の部屋では無く、何処か女性らしさのある清潔感のある部屋だった。多分だが、熊子ちゃんの家だろう。まぁ、安全だわな。
俺が笑っているのを不思議そうに首を傾げている桐恵は、俺の携帯を覗いてきた。
「この人が鬼塚って人? 中々かっこいいね」
「やめとけやめとけ、絶賛片思い中の淡い男子だぜ」
この後ろの人? と桐恵は写真の端に映る長い髪を指指した。白い髪、ということは熊子ちゃんの家か。やったじゃねぇか鬼塚。
俺はすぐに鬼塚に電話をかけた。あいつはいつも、二コール以内に取るんだ。
「随分とイカした面になったじゃねぇか」
挨拶代わりのジョークを吹っかけるが、こんな事で鬼塚と喧嘩になる事はない。ダチとしてはやりやすいことこの上ない。
「今は熊子ちゃんの家にいんだろ? しっかりと休めよ」
「あぁ」
「あ、それと、理性はしっかりしとけよ」
うるせぇ、と鬼塚に電話を切られちまった。まぁ、熊子ちゃんと一緒にいるんだ。少しの間は安全だろう。だが、少し調べておいた方がいいかもしれねぇな。なんせ、報道までしてるんだ。圧力でもかけねぇとそう簡単に動かせるもんでもねぇだろう。それも皮算用だ。
次は何をしてくる? 何が来やがる? なんでもいいが現役カパチタ保持者部隊でも来た日には、あいつもやべぇかもな。
「さて、我が妹、ちょいと調べてほしいもんがある」
「ん、お兄ちゃんのお友達を襲った人達の事?」
相変わらず察しがいい出来た妹だ。血の繋がりが無けりゃ俺の女にしてぇくらいだ。
ベッドから飛び降り、机の上にある小さなメモ帳にこれから桐恵にやって欲しいことを、箇条書きに書き出して渡した。不満そうな顔をしていたが、それでもやってくれる。いい妹だ。
「……ふむふむ、お兄ちゃん欲張りだね。これは報酬も欲張っちゃおうかな」
「情報収集は必勝の要だろう?」
そこからの桐恵の行動は迅速だった。俺が望んだ物を、素早く正確に持ち帰ってくる。これはお袋、俺からすれば義理の母だが、その人が仕込んだようだ。
一週間も経たぬ内に、俺が望んだ物は手に入った。桐恵に頼めば、大概の情報は手に入る。昔からそういう事に関して、桐恵は得意だった。
逆にこいつが知らねぇ事の方が少ねぇんじゃねぇのか? と思っちまうほどだ。妹ではあるが、時折恐ろしく感じちまう。そして羨ましくも感じる。
俺には無い才能だ。腕っ節だけの俺には、器用に動く事なんざできっこねぇ。だが、それは仕方のねぇ事で、人には得手不得手がある。他人の得手を妬むほど俺は落ちぶれてはいねぇ。
さて、情報は集まった。後はこれを整理し頭にぶち込み、やる事をやるだけだ。柊としての役目を果たさなくちゃならねぇ。親父が俺を泳がせてるのも、役目を果たしているからだ。だが、これで鬼塚に纒わり付く蝿が一つ減るなら、大した事じゃねぇ。ダチのためだ。俺は俺の事をダチと呼ぶ奴を全力で守ってやりてぇのよ。
俺はとある人物に電話をかけた。そいつとは古い仲で、いわば腐れ縁だが、俺の仕事には必要不可欠な奴であり、俺にとっては手足となる奴だ。
「あぁ、皇。俺だ」
「久しぶりっすねぇ!? 柊さんから電話だなんて、今日は何か悪い事でも起きそうっす!」
煩く活発な、周囲にも聞こえていそうなほどの声で、電話に相手が出た。
皇 蘇芳は昔からうるせぇ奴だった。だが、頼りにはなる。俺は用件を伝えて、すぐに取り掛かってくれと頼んだ。
「相手が相手っすけど、まぁ何とかなるっすよ。いつも通りお金は手渡しでお願いするっすよ」
それじゃぁそっちに向かうっす、と蘇芳は何やらガチャガチャとし始めた。すぐにエンジンがかかる音が聞こえてきた。あぁ、蘇芳の愛車か。
「超特急料金っすよ!」
重低音の、内蔵に響くようなエキゾーストノートが電話越しから聞こえてくるが、こいつの愛車はライダーと違って、見た目はかなり厳つい。黒のアメリカンタイプ、それも約六百万ほどかかるクソ高いバイクだ。数年前に買ったそうだが、それ以来俺と会う時には必ずと言っていいほど乗り回しているようだ。だが、確かに俺でもあれは乗り回したくなる。
少しすると、件のエキゾーストノートが遠くから聞こえてきた。近所迷惑にならなきゃいいんだが、すまねぇ近隣住民。
俺の部屋があるアパート前で音が止まると、隣にいた桐恵は走り出していった。昔から蘇芳にべったりなんだ。
「お姉ちゃん!」
「わわっ!? 桐恵ちゃん!? こんな所で何してるっすか!?」
玄関の方で、騒ぐ二人の声が聞こえてくる。キャッキャウフフしてんのが妹と馴染みの女じゃなけりゃ覗きたいが、そんな気も起きねぇ。
桐恵にベッタリとくっ付かられている蘇芳は苦笑いを浮かべながら、部屋に入ってきた。
「お久っす。元気だったっすか?」
「まぁ、死なねぇ程度には元気だな」
「あはは、死なれたら困るっすけどね。柊さんにも、鬼塚 稔にも」
話を聞くと、自分らにもその命令は来ていたようだが、隊長が動く気がなかったようで傍観を決め込んでいたらしい。働け。
「うちの隊長にも困ったもんすよ。見た目は命令絶対、上司絶対の秘書顔な癖して、意外と反骨精神旺盛っすから」
「そいつぁ困った隊長さんだな」
そんな冗談を言いつつ、俺は本題に入ろうと一つの紙を蘇芳に手渡した。それはいわば依頼書の様なもので、そこに全ての要件を書いていた。こういうのは手渡しでないと、何処から情報が漏れるか分からんからな。
それに目を通した蘇芳は少し驚いたような顔を見せた。
「殺害じゃなくて、痛めつけるだけでいいんすか?」
「あぁ、流石に殺しちまったら鬼塚が疑われちまう。それこそ、蘇芳らが出張る自体になっちまうからな」
カパチタを保持する犯罪者に、一般の警察は駆り出されない。対処出来ないし、無駄な死者を増やすだけだ。そこでカパチタにはカパチタを、という事でカパチタ保持者を保有する公安機関から、特殊部隊が駆り出されてくる。その一つの部隊が、蘇芳の所属するカパチタ保持者部隊、「GSF」という、うちの校長が設立した有名な特殊部隊だ。公の場に出てくる事もあるがその詳細は国家機密となっている。もちろん、そこにいる奴らはそんじょそこらのカパチタ保持者じゃぁねぇ。あらゆる課題をクリアし、そこで初めて参加資格を貰えるぐらいだ。蘇芳も普段はこんな感じだが、実際にはすげぇ奴なんだが信じらんねぇ。
「それなら私のミラージュも、あまり使えないっすね」
蘇芳のカパチタは自身と自身の触れているモノを透明にさせる能力だ。だからこいつの得意分野は暗殺や奇襲なんだ。だが、心臓に悪い。いきなり目の前に出てこられるなんざホラーだからな。
「まぁ、やる事は伝えた。やり方は任せるが、本職に影響がねぇようにしろよ」
「ふふふ、柊さんは見た目によらず中々優しいっすね」
蘇芳は桐恵の頭を撫でつつ、ふと俺の耳元に顔を寄せてきたと思えば頬に口付けをされた。何すんだこの女。
「私は柊さんのそういう所好きっすよ」
「……へっ、バッカじゃねえの」
「ふふ、それじゃぁまたっす! 桐恵ちゃんもちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞くっすよ!」
「うん!」
最後まで騒がしい奴だ。まるで嵐だ。蘇芳が部屋から出ていき、少しすると再び煩いエキゾーストノートが鳴り響き、三回アクセルを回す音が聞こえた。奴なりの挨拶のようなもんだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんとそういう関係なの?」
「……どういう関係だよ」
「昔からお姉ちゃんだけには格段と優しいよね。やっぱりあの豊満ボディが気に入ってるの?」
こいつ、どこでそんなおっさんくさい言葉を覚えてきやがった。お兄ちゃんちょっとショックだぞ。
だが、桐恵の指摘もまちがいではない。俺は蘇芳にはどうにも甘くなっちまう。
「まっ、あいつとは長い付き合いだからな」
桐恵にはそう言い、俺は窓の外に目をやった。窓を閉めていても蝉の鳴き声が聞こえてきた。まだ夏は終わりそうにねぇな。
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16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
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⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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