カパチタ・アッロガンテ

うー

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第七話

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 八月一日 某県某市 軍病院

 悪夢には慣れたつもりだった。どれだけ辛い夢や怖い夢を見ようと、朝になれば大概は忘れているものだ。
 初めて悪夢を見たのは私がまだ二十歳の頃だ。戦場で命を奪った日の夜、脳に刻み付けれたようにふとした時に思い出す。それを見た時、私は気付かされる。私の手は既に綺麗ではない事に。

 私が目を覚ましたのは軍病院の一角、陽のあたる病室だった。椅子に座り、ベッドに突っ伏していたせいか、額に薄く線を描いていた。
 目の前で目を瞑り、苦しいのか顔を歪めている男子は、私の教え子である鬼塚 稔だ。彼は七月十六日の朝、漣 恭一に刃物で何度も刺され意識不明の重体となった。私が彼の元へと行く前の出来事だ。
 私が発見した時には彼は既に虫の息だった。しかし、彼は何故か安心したような、そんな感じの表情をしていた。私はこんなにも不安で押し潰されるようになっているのに。
「少佐、毎日そんなでは体が持ちませんよ」
 病室の扉を開けて、三角中尉が私の事を心配しながら入ってきた。彼が言うにはかなり酷い顔をしているらしい。だが、休むわけにはいかない。
「大丈夫です。三角中尉、報告を」
「はい、漣 恭一は実刑判決を受け、十五年は出てこられないでしょう」
 まぁ、妥当だろう。それに詳しく調べた所、どうやら彼の親の会社、漣重工は八年前ほど前から赤字続きだった。なんせカパチタ研究所と提携していた企業の一つだったのだ。今回の件は復讐、みたいなものだろうか。
 私は鬼塚 稔の手を握りしめていた。

 八月五日 

 今日は校長が来ていた。夏休みという事もあり、時間が出来たようだ。不正の件といい漣 恭一の件といい校長は忙しそうだ。国から叱責を受けるのは校長だと言うこともあり、破裂寸前の風船のようにピリピリしていた。しかし、眠る鬼塚 稔を見つめる校長の表情は、親のそれであった。
「中々来れずに済まないな。稔、書類上だけだとしても、親子だと言うのに……」
 鬼塚 稔の額に自身の額をくっつける彼女は苦渋の表情だった。学校では立場があるという事で気軽に話す事も出来ない二人だが、携帯で連絡は取り合っているらしい。
 彼が瀕死の重傷をしたと連絡を受けた校長の怒り様は凄まじかったそうだ。加害者の漣 恭一を殺しに行きそうな雰囲気だったとも聞いた。校長がブチ切れる所なんて想像も出来ないが、それほど彼を大事に思っているのだろう。
「姫、お前に任せきりですまない」
「いえ、私の責任なので」
 その後、校長の携帯に電話がかかってきて、どうやらまた上に呼ばれたらしい。本当に空いた少ない時間で来たようだ。彼女は鬼塚 稔の額に口付けをすると、後は頼む、とだけ言い残し急いで病室を後にした。
「……親子、か」
 不意にそんな事を呟いてしまった。既に亡くなったとはいえ、私はまだマシな方だ。彼のように捨てられたわけでもない。だから彼の境遇を思うと、何故か私は悲しくなってくる。
 結婚していてもおかしくはない年齢だが、仕事柄そういうのには疎い。あまり興味も湧かない。だが、鬼塚 稔の事は支えてあげたい、そんな風に思える。同情? 哀れみ? 同気相求? 一人の生徒を贔屓するわけにも行かないが、彼には才能がある。出来ることなら、私の部下として迎え入れたいほどだ。
 この歳で様々な経験をしており、度胸もそれなりにあり、カパチタも扱いやすい方だ。応用が利き、使い慣らせばかなりの戦力にはなるはずだ。
 ふと、私の携帯が震えた。電話では無く、メールだ。私の部下からだ。どうやら命令が下りたようだ。こんな時だというのに、最悪だ。
 だが私は行かなくてはならない。それが私の役目であり、もう一つの仕事だ。
「行ってきますね。鬼塚君」

 八月九日 

「それでは、以上のようにお願いします。我々は引き上げますので」
 無駄足にも程がある。最悪だ。海を越えてわざわざ来たというのに、既に鎮圧済み? ふざけるな。私達は便利屋ではない。
 全く、上の判断にはいつも困る。まるで使い捨て、いや捨て駒のようだ。そういえば、鬼塚 稔はどうなっているだろうか。早く帰らねば、そう思っていると登録していない番号からの着信があった。
「はい、熊子 姫です」
 どうやら柊のようだ。何か焦っているが、どうしたのだろうか。彼の話を聞いて私は携帯を落としてしまった。
 私はその日の内に無理を言って、日本に帰国した。戦闘服だという事も忘れて、彼が入院している軍病院へと向かった。嘘であってほしい。

「鬼塚君!」
 病室の扉を開けて、真っ先に聞こえたのは長く一定の音程を出す死を告げる音、それはもう彼が二度と目を覚まさない事を意味する音。
 彼の側には校長が、目頭を押さえて立っていた。その横には椅子に座る柊の姿があった。
「……校長」
「……姫、すまんな、任務を終えたばかりだと言うのに」
「……校長、私は教師失格です。彼を助ける事が出来ませんでした……彼の側に、居たというのに……支えると言ったのに、何も出来ませんでした……」
 校長は涙を流す私を抱き締めた。何も言うな、と耳元で呟きながら、落ち着かせるように背中をポンポンと叩いてきた。
「クソ……」
 柊も明らかに落ち込んでいた。普段明るい彼だが、今ばかりは目を瞑り悲しみに暮れていた。
 病室内にはが悲哀に満ち溢れていた。そこにいる誰もが鬼塚 稔のために悲しんでいた。しかし、ふと任務の為に胸ポケットに入れていたカパチタの発生を検知する機械が震えた。
 こんな時に、誰が、と手のひらサイズのそれを取り出し、止めようとしたその時、目の前で寝ている死んだはずの彼がムクリと起き上がった。
 目が合った。二人は気付いていないようで、私も幻覚でも見ているのかと自身の目を疑った。しかし、どうやら幻覚ではないようだ。
「鬼塚……君……?」
「姫、彼はもう──!?」
 上半身を起き上がらせている鬼塚 稔を見た校長は固まった。それもそのはずだ。死んだ人が動き出したのだから。
「……み、んな」
「やべぇ……鬼塚の幻聴が聞こ──!?」
 柊も目を丸めて動きを止めた。その場にいる皆が動きを止めた。そしてその後の動きは早かった。すぐに医者を呼び、検査をさせた。私も珍しく混乱していたようだ。

 結果から言うと、彼は一度死んだ。そして蘇った、いや、この場合は発生したと言ってもいいのだろうか。
 鬼塚 稔の左胸部にある人間の中で最も大事な部分、つまり心臓にチップが埋め込まれていたのだ。
 鼓動が止まる事が条件のカパチタが発生した、という事なのだが、よく分かってはいない。脳に埋め込む事で発生するカパチタだ。これは一言で言えば異常だ。かなり。
 だが、彼の体にある創傷は消えていない。癒す類のカパチタではなく、特定の部位にだけ発生、しかもまるでその条件とその部位が、初めからわかっていたように心臓に埋め込まれているのだとしたら、誰が埋め込んだのかは見当がつく。それにこれもまるで一つの研究のように思えた。
 本当に、何を思えば血を分けた息子に二つものチップを埋め込むのか、全く理解ができない。いや、天才とは凡人には理解出来ない何かを、持っているからこそ天才たる所以なのだろう。だが、これではまるでモルモットではないか。
 しかし、そのおかげで彼が助かったのも事実だ。その点は感謝しなくてはならない。

 鬼塚 稔は検査と傷の療養の為、一週間ほど入院したが、「生き返った」と言うこと以外に関しては特に異常は見られず、そのまま元の生活へと戻る事になった。
 死人が甦ったという事で、校長が再び色々な所を駆け回ったのは言うまでもない。
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