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機甲師団 虎狩り部隊 第二部隊副隊長「砲煙弾雨の黒」
家族
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三人が合流してから約一週間が過ぎ、五人は一つの、やや平和的で大きい町に辿り着いていた。黒は本来の仕事である戦利品での商売を、娘達と共に行っていた。
三人の長女であり、黒の事を副隊と呼ぶのは蒼、少し口が悪いが長女という事もあり、下二人の面倒をよく見ている。デッドコースターの機銃を使わせれば戦闘ヘリでも何でも叩き落としてしまうほどには、黒と同じぐらいトリガーハッピーである。
「藍! 勘定っす勘定っす!」
「え、っと、お父さんいくら?」
次女である藍は少し頭が悪いものの、好奇心旺盛だ。元気のいい姉と、落ち着いた妹に比べると個性は少ないものの、デッドコースターの運転の腕は黒が舌を巻くほどだ。
「……お釣り」
三女である紺、三人の中では一番しっかりとしており、頭は良いが運動能力が上二人と比べると低く体力仕事は苦手だ。デッドコースターでの役割は主にナビゲーターやメンテナンスを担当している。
「そういえば、白姉は何してるんすか?」
「さっき宿に行ったけどお母さん、お父さんのリュックにヨダレ垂らしながら爆睡してたよ」
「……流石……」
「あの野郎……」
早朝から店を開いており、もうすぐ昼を回るが既に商品の半分以上は売れているため、今日はもう閉めるぞ、と三人に伝えて片付け始めた。
その時、柄の悪い集団が四人を囲んだ。
「おいおい兄ちゃん、誰の許しを得てこんな所で商売してやがんだ?」
「売上の八十パーセント寄越しな、そうしたら見逃してやるよ」
荒廃した世界では力が全てであり、こうした輩は少なくない。だが実力の伴わない力など、それは一瞬で崩れ去るものだ。絡む相手を間違えたとしか言いようがない。
「なんすかこいつら……」
「お父さんに文句でもあるの?」
「……殺す」
黒は柄の悪い男達の言葉を無視しながら商売道具である商品を、綺麗な布で包み商品用のリュックにしまい終えた。
物騒な娘を持ったもんだ、とため息を吐きながら指をパチンと鳴らすと、娘達が行動に移した。
殺さなければ何も問題はない、それがこの世界のルールだ。
「機甲兵相手に、よく回る舌だ」
機甲兵は銃器のプロフェッショナルだ。それは娘達三人のような小娘であっても例外はない。たかが暴徒相手に負けるのは有り得ないのだ。
気付けばリーダー格の男以外は、地面の味を覚えたことだろう。
「俺の娘は少々手荒い、俺の許可さえあれば誰にでも噛み付く」
三人の手には拳銃が握られており、男達の両膝には撃ち抜かれた跡がある。
その三人を抱き締めて黒はリーダーに対して笑みを浮かべ、娘達に囁いた。
「素人だ。殺さない程度に痛めつけろ」
はぁい、と可愛い返事をする三人はリーダーの足を撃ち抜き、三人がかりで路地へと消えていった。
同時に黒はタバコに火をつけてそれを吸い始めた。まるで昔に戻ったようだ、と頭に思い浮かぶがそれを否定するように首を横に振る。
昔ではない、昔のように下手をしてはいけない、あの時のようになってしまえば、次こそ無事では済まない。上手くやらねば、上手く立ち回らなければ。
「あらぁ、黒じゃなぁい?」
ふと野太い男の声が黒に対してかけられた。あぁ? と振り向くとそこにはスーツ姿の、黒と同じくらいの背丈の男が立っていた。
「バー……ガンディー……?」
「ちゅ」
「だぁぁ!! やめろ!」
暗い紫みの赤いコーンロウの男はバーガンディー、黒の友人だった男だ。
初めは頬にキスをされて驚いていた黒だが、すぐに笑みを浮かべて、バーガンディーの肩を叩いた。
「なんだよ驚かすんじゃねぇよ、てっきりオカマの生霊かと思っちまったじゃねぇか」
「アタシはそんな簡単に死なないわよ、黒に抱いてもらうまでわね」
「抱かねぇっての」
そこに仕事を終えた青みがかった三人娘が戻ってきた。バーガンディーは三人を見て、あら、と手を挙げた。
「あ、バーガンディーっす」
「バーガンディーさん久しぶりですー」
「……パパのお尻が狙われてる」
「狙ってないわよ! アタシは狙われる方が好きなの!」
「よおし狙ってやるよ」
「あ!? やめてっ! そんな太いバレルを突き付けないで!!」
元虎狩り部隊の二人は久しぶりに出会い、久しぶりに飲むことになった。三人娘は白の元でお留守番だ。
「へぇ? 今は放浪ねぇ、貴方らしいわ」
「そうかい? 俺は昔からそんな感じだったがな」
「そうだったわね……みんなとまた会いたいわ」
バーガンディーはうっすらと涙を浮かべつつ、手に持つワイングラスに口を付けた。
黒は何も言わなかった、いや言えなかった。同じ気持ちではあったが、皆と会えば今の自分は消えてしまうのだろう、とそんな思いがあった。
「……アタシ、一回本国に帰ったのだけれど、とある命令を受けちゃったの」
「そいつは残念だ」
ワイングラスの中身を飲み干したバーガンディーは、既にサブマシンガンを手に持っていた。彼の命令とは、黒の捕縛、生死は問わない。
「……ねぇ、お願いだから大人しくしててちょうだい? 貴方を傷付けるのは……嫌なの」
「…………何人の虎狩り部隊に命令が下された?」
「そうね、紅、菖蒲、杏、ローズ、トープ、ベルディグリの六人ね」
黒はその名前を聞いて少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべた。死んでしまったと思っていた仲間達が、自分を狙っているとはいえ生きていた。それだけで嬉しい気持ちになったのだ。
「そうか……だが、皆敵なんだな? 俺を狙ってるんだな?」
「……えぇ、貴方は機甲兵としては規格外過ぎたの」
黒は笑みを消して、バーガンディーの手をひねり揚げた。そう、規格外、黒は規格外の化け物だ。機甲兵として、否生き物として規格外だ。
「……そうか、そうかそうか、よくわかった。だがお前、俺に喧嘩売って、勝てた事、あったか?」
黒は悲しそうに目を伏せて、ため息を吐いた。友情などクソ喰らえだ、と呟くとバーガンディーは店の外にまで吹き飛んだ。
「かかってこいよォ!! カマ野郎!!」
「っ痛……」
黒は普段、銃火器の使用にリソースを割いている。だが重機関銃を軽々振り回すその桁外れな力は、黒が規格外と呼ばれる所以でもあった。
白との生活では基本的にセーブをかけている節があるが、一度頭に血が上ってしまうとその箍が外れてしまう事が多々ある。
「上等じゃねぇか!! あぁ!?」
腹部を押さえながら、バーガンディーは苦しそうに起き上がる。肉体面だけではなく、精神面でもバーガンディーは苦しんでいた。何せかつての仲間であり、かつての想い人である黒を、その手で傷付けなければならないからだ。
「っアタシだってこんな事はしたくないわ、けどね、一度死を体験したからこそ、アタシだって退けないのよ!!」
銃火器での撃ち合いではなく拳での打ち合いを始める二人、二人の巨人を止められる者などいない。
お互いの拳を避けることなく受け止める、それは避けてはならない拳だからだ。避けることは許されない漢同士の拳の応酬だからだ。
「ぐぅっ! っなんで俺が! 俺がてめぇらと戦わなきゃならねぇんだよォ!」
バーガンディーの顔に何発もストレートを決めながら、悲痛な思いを叫んだ。家族にも等しい元同僚達に狙われ、今まさに友と殴り合っている。
思い出であったからこそ、思い入れが強くなる。だからこそ黒は苦しむ。思い出の中にさえ収まってくれていたら、会う事が無ければ戦うことも無かったのだ。
だが次第に黒の拳は弱々しくなっていく。黒が初めて流したかもしれない、その雫は地面へと伝い落ちたのと同時に、黒の拳はバーガンディーの頬にゆっくりと当たると動きを止め、黒は膝を地面に付いた。
「勘弁、してくれよっ……」
「黒……ごめんなさいね」
バーガンディーは黒の目線に合わせて涙を拭おうとしたその時、バーガンディーは右側から高圧の水流によって、近くの壁に激突させられた。
その水流が放たれた元に居たのは怒気を孕み、鬼のような表情で魔法を使う白だった。
「泣かした……黒を、私の黒をっ!!」
「っっぐぅぅっ……! アナタが、魔法使いの子ね!!」
だがバーガンディーはその程度で折れはしない。何故か。
かつて虎狩り部隊の複数のメンバーには二つ名を呼ばれる者が居た。黒もその一人だが、バーガンディーもその一人であった。今でこそ女言葉を話す気持ちのいい男だが、黒と肉弾戦でタメを張れるのはバーガンディーぐらいだったのだ。
暴虐無尽のバーガンディー、それが二つ名だ。
「私だってねぇぇ!! 泣きたいのよォ!」
体に力を入れて、筋肉を硬くするバーガンディーは水流をものともせず、逆にそれの中を進み始めたのだ。
「アナタみタいにねェ! お気楽ナ人生歩めテナいノヨォォ!!」
徐々に白との距離を縮めていくバーガンディーを見て、白は小さく舌打ちをした。そして即座に水の魔法を使うのをやめて、濡れているバーガンディーに雷撃を放った。だがそれすらも胸で受け止め、感電したにも関わらずピンピンとしているバーガンディー白は唖然とした。
「えぇ……ちょっと、予想外だよ。仕方ない」
白は距離をとりつつ、耳に指を当てた。その仕草の少し後にバーガンディーの足元には、二つの銃痕が出来ていた。
黒達三人から約二百五十ヤード離れた塔の上では、蒼と藍が狙撃銃のスコープを覗き、紺は双眼鏡でスポッターの役割をしていた。
「……いくらバーガンディーでも……お父さんを狙うなら……殺す」
「紺がマジギレだよ」
「怖いっすね」
「次は当てよう……計算ぐらい自分でして」
狙撃手二人はなんのためのスポッターだ、と心中で思いつつも、怒っている紺の手前そう言うことも出来ず、再び次弾の照準を合わせる二人。
一方で白は小技程度の魔法では通用しないのを感じ取り、深く長いため息を吐いた。
「黒といい、紅といい、デタラメだよ虎狩り部隊は」
「そうカシら? 私達はアナタ達魔法使イに対抗すルためニ作られた部隊、そんジョそこらの機甲兵じャないのヨ」
「……ふぅん……でもさぁ、所詮は筋肉の塊でしょ?」
「ふふ、なら試してミなさイナぁ!!」
白はあえて魔法を使わず、不利であるはずの格闘戦へと戦法を切り替えた。身軽な白の一撃はバーガンディーに対してそう効くものではなかった。
「軽いわねぇ! 軽いわ軽いわ!!」
「黒よりタフだね、っ!?」
「捕まえタわぁよ」
いくら白が身軽であろうと一度捕まえられると、容易く逃げられるものでは無い。
「っ、放っせ!」
「鬱陶しいわねぇ」
白は片腕を掴まれながらも逃れようとバーガンディーの体に対して、蹴りを何発か入れる。だがバーガンディーの巨大な拳によって両足を本来なら曲がらない方向へと、無理矢理殴り曲げられた。
「っ……いった……」
「何故魔法を使わないのかは知らないけど、魔法使いなんて所詮はただの人間、私に敵うはずがないのよね……その顔、ムカつくからグチャグチャにしてあげるわ、感謝なさい」
「ぐっ……ぅぁ……」
片腕で掴まれたまま、宙に浮きながら顔にバーガンディーの拳を受け止める白は、次第に顔を変形させていった。
「いい顔になったじゃなぁい? 素敵よ」
「……はは……もうそろそろ、かな」
「何を」
「────やりすぎだ」
ダブルバレルのソードオフショットガンがバーガンディーの後頭部に突き付けられた。
「黒……」
「バーガンディー、そいつをボコられんのは、てめぇと戦うよりつれぇんだわ。だから離せ、そして失せろ」
「………………もう昔の黒じゃないのね」
驚いた顔を見せるバーガンディーは、白を地面に寝かせると変わってしまった黒を、憐れむような目で見ていた。
「あぁ、今の俺は一つの家庭を守ろうとする陽気なおとっつぁんさ」
「……はぁ、分かったわよ、なら退くけど次に会ったら容赦しないわよ、今回は昔のよしみで、ね」
「そうしてくれ、正直、ブチ切れそうなんだわ」
「……三姉妹によろしくね、あの子たち、ワザと外したようだし」
バーガンディーはため息を吐きながら、蒼達が居る方向へと手を振りながら、黒に対してウィンクをして、立ち去った。
「おい白、無事か」
「……うん、やっぱり黒相手だと、大人しくなるね」
「まぁ、割と仲が良かったからな」
そうなんだ、とでこぼこの顔を治癒している白を抱き上げて、三姉妹と合流した黒達だったが、騒動を起こしたこともあり、町の住人から出ていけと言われてしまった。仕方の無いことだ。
「お父さん……撃たせてくれなかった」
「そうっすよぉ、あれ絶対ヘッドショットいけたっすよ」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか」
「お父さん! お腹空いた!」
「黒パパ! お母さんもお腹空いた!」
「うるせぇ!! さっさとそこに座りやがれ!! 何が食いてえんだ!!」
三人の長女であり、黒の事を副隊と呼ぶのは蒼、少し口が悪いが長女という事もあり、下二人の面倒をよく見ている。デッドコースターの機銃を使わせれば戦闘ヘリでも何でも叩き落としてしまうほどには、黒と同じぐらいトリガーハッピーである。
「藍! 勘定っす勘定っす!」
「え、っと、お父さんいくら?」
次女である藍は少し頭が悪いものの、好奇心旺盛だ。元気のいい姉と、落ち着いた妹に比べると個性は少ないものの、デッドコースターの運転の腕は黒が舌を巻くほどだ。
「……お釣り」
三女である紺、三人の中では一番しっかりとしており、頭は良いが運動能力が上二人と比べると低く体力仕事は苦手だ。デッドコースターでの役割は主にナビゲーターやメンテナンスを担当している。
「そういえば、白姉は何してるんすか?」
「さっき宿に行ったけどお母さん、お父さんのリュックにヨダレ垂らしながら爆睡してたよ」
「……流石……」
「あの野郎……」
早朝から店を開いており、もうすぐ昼を回るが既に商品の半分以上は売れているため、今日はもう閉めるぞ、と三人に伝えて片付け始めた。
その時、柄の悪い集団が四人を囲んだ。
「おいおい兄ちゃん、誰の許しを得てこんな所で商売してやがんだ?」
「売上の八十パーセント寄越しな、そうしたら見逃してやるよ」
荒廃した世界では力が全てであり、こうした輩は少なくない。だが実力の伴わない力など、それは一瞬で崩れ去るものだ。絡む相手を間違えたとしか言いようがない。
「なんすかこいつら……」
「お父さんに文句でもあるの?」
「……殺す」
黒は柄の悪い男達の言葉を無視しながら商売道具である商品を、綺麗な布で包み商品用のリュックにしまい終えた。
物騒な娘を持ったもんだ、とため息を吐きながら指をパチンと鳴らすと、娘達が行動に移した。
殺さなければ何も問題はない、それがこの世界のルールだ。
「機甲兵相手に、よく回る舌だ」
機甲兵は銃器のプロフェッショナルだ。それは娘達三人のような小娘であっても例外はない。たかが暴徒相手に負けるのは有り得ないのだ。
気付けばリーダー格の男以外は、地面の味を覚えたことだろう。
「俺の娘は少々手荒い、俺の許可さえあれば誰にでも噛み付く」
三人の手には拳銃が握られており、男達の両膝には撃ち抜かれた跡がある。
その三人を抱き締めて黒はリーダーに対して笑みを浮かべ、娘達に囁いた。
「素人だ。殺さない程度に痛めつけろ」
はぁい、と可愛い返事をする三人はリーダーの足を撃ち抜き、三人がかりで路地へと消えていった。
同時に黒はタバコに火をつけてそれを吸い始めた。まるで昔に戻ったようだ、と頭に思い浮かぶがそれを否定するように首を横に振る。
昔ではない、昔のように下手をしてはいけない、あの時のようになってしまえば、次こそ無事では済まない。上手くやらねば、上手く立ち回らなければ。
「あらぁ、黒じゃなぁい?」
ふと野太い男の声が黒に対してかけられた。あぁ? と振り向くとそこにはスーツ姿の、黒と同じくらいの背丈の男が立っていた。
「バー……ガンディー……?」
「ちゅ」
「だぁぁ!! やめろ!」
暗い紫みの赤いコーンロウの男はバーガンディー、黒の友人だった男だ。
初めは頬にキスをされて驚いていた黒だが、すぐに笑みを浮かべて、バーガンディーの肩を叩いた。
「なんだよ驚かすんじゃねぇよ、てっきりオカマの生霊かと思っちまったじゃねぇか」
「アタシはそんな簡単に死なないわよ、黒に抱いてもらうまでわね」
「抱かねぇっての」
そこに仕事を終えた青みがかった三人娘が戻ってきた。バーガンディーは三人を見て、あら、と手を挙げた。
「あ、バーガンディーっす」
「バーガンディーさん久しぶりですー」
「……パパのお尻が狙われてる」
「狙ってないわよ! アタシは狙われる方が好きなの!」
「よおし狙ってやるよ」
「あ!? やめてっ! そんな太いバレルを突き付けないで!!」
元虎狩り部隊の二人は久しぶりに出会い、久しぶりに飲むことになった。三人娘は白の元でお留守番だ。
「へぇ? 今は放浪ねぇ、貴方らしいわ」
「そうかい? 俺は昔からそんな感じだったがな」
「そうだったわね……みんなとまた会いたいわ」
バーガンディーはうっすらと涙を浮かべつつ、手に持つワイングラスに口を付けた。
黒は何も言わなかった、いや言えなかった。同じ気持ちではあったが、皆と会えば今の自分は消えてしまうのだろう、とそんな思いがあった。
「……アタシ、一回本国に帰ったのだけれど、とある命令を受けちゃったの」
「そいつは残念だ」
ワイングラスの中身を飲み干したバーガンディーは、既にサブマシンガンを手に持っていた。彼の命令とは、黒の捕縛、生死は問わない。
「……ねぇ、お願いだから大人しくしててちょうだい? 貴方を傷付けるのは……嫌なの」
「…………何人の虎狩り部隊に命令が下された?」
「そうね、紅、菖蒲、杏、ローズ、トープ、ベルディグリの六人ね」
黒はその名前を聞いて少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべた。死んでしまったと思っていた仲間達が、自分を狙っているとはいえ生きていた。それだけで嬉しい気持ちになったのだ。
「そうか……だが、皆敵なんだな? 俺を狙ってるんだな?」
「……えぇ、貴方は機甲兵としては規格外過ぎたの」
黒は笑みを消して、バーガンディーの手をひねり揚げた。そう、規格外、黒は規格外の化け物だ。機甲兵として、否生き物として規格外だ。
「……そうか、そうかそうか、よくわかった。だがお前、俺に喧嘩売って、勝てた事、あったか?」
黒は悲しそうに目を伏せて、ため息を吐いた。友情などクソ喰らえだ、と呟くとバーガンディーは店の外にまで吹き飛んだ。
「かかってこいよォ!! カマ野郎!!」
「っ痛……」
黒は普段、銃火器の使用にリソースを割いている。だが重機関銃を軽々振り回すその桁外れな力は、黒が規格外と呼ばれる所以でもあった。
白との生活では基本的にセーブをかけている節があるが、一度頭に血が上ってしまうとその箍が外れてしまう事が多々ある。
「上等じゃねぇか!! あぁ!?」
腹部を押さえながら、バーガンディーは苦しそうに起き上がる。肉体面だけではなく、精神面でもバーガンディーは苦しんでいた。何せかつての仲間であり、かつての想い人である黒を、その手で傷付けなければならないからだ。
「っアタシだってこんな事はしたくないわ、けどね、一度死を体験したからこそ、アタシだって退けないのよ!!」
銃火器での撃ち合いではなく拳での打ち合いを始める二人、二人の巨人を止められる者などいない。
お互いの拳を避けることなく受け止める、それは避けてはならない拳だからだ。避けることは許されない漢同士の拳の応酬だからだ。
「ぐぅっ! っなんで俺が! 俺がてめぇらと戦わなきゃならねぇんだよォ!」
バーガンディーの顔に何発もストレートを決めながら、悲痛な思いを叫んだ。家族にも等しい元同僚達に狙われ、今まさに友と殴り合っている。
思い出であったからこそ、思い入れが強くなる。だからこそ黒は苦しむ。思い出の中にさえ収まってくれていたら、会う事が無ければ戦うことも無かったのだ。
だが次第に黒の拳は弱々しくなっていく。黒が初めて流したかもしれない、その雫は地面へと伝い落ちたのと同時に、黒の拳はバーガンディーの頬にゆっくりと当たると動きを止め、黒は膝を地面に付いた。
「勘弁、してくれよっ……」
「黒……ごめんなさいね」
バーガンディーは黒の目線に合わせて涙を拭おうとしたその時、バーガンディーは右側から高圧の水流によって、近くの壁に激突させられた。
その水流が放たれた元に居たのは怒気を孕み、鬼のような表情で魔法を使う白だった。
「泣かした……黒を、私の黒をっ!!」
「っっぐぅぅっ……! アナタが、魔法使いの子ね!!」
だがバーガンディーはその程度で折れはしない。何故か。
かつて虎狩り部隊の複数のメンバーには二つ名を呼ばれる者が居た。黒もその一人だが、バーガンディーもその一人であった。今でこそ女言葉を話す気持ちのいい男だが、黒と肉弾戦でタメを張れるのはバーガンディーぐらいだったのだ。
暴虐無尽のバーガンディー、それが二つ名だ。
「私だってねぇぇ!! 泣きたいのよォ!」
体に力を入れて、筋肉を硬くするバーガンディーは水流をものともせず、逆にそれの中を進み始めたのだ。
「アナタみタいにねェ! お気楽ナ人生歩めテナいノヨォォ!!」
徐々に白との距離を縮めていくバーガンディーを見て、白は小さく舌打ちをした。そして即座に水の魔法を使うのをやめて、濡れているバーガンディーに雷撃を放った。だがそれすらも胸で受け止め、感電したにも関わらずピンピンとしているバーガンディー白は唖然とした。
「えぇ……ちょっと、予想外だよ。仕方ない」
白は距離をとりつつ、耳に指を当てた。その仕草の少し後にバーガンディーの足元には、二つの銃痕が出来ていた。
黒達三人から約二百五十ヤード離れた塔の上では、蒼と藍が狙撃銃のスコープを覗き、紺は双眼鏡でスポッターの役割をしていた。
「……いくらバーガンディーでも……お父さんを狙うなら……殺す」
「紺がマジギレだよ」
「怖いっすね」
「次は当てよう……計算ぐらい自分でして」
狙撃手二人はなんのためのスポッターだ、と心中で思いつつも、怒っている紺の手前そう言うことも出来ず、再び次弾の照準を合わせる二人。
一方で白は小技程度の魔法では通用しないのを感じ取り、深く長いため息を吐いた。
「黒といい、紅といい、デタラメだよ虎狩り部隊は」
「そうカシら? 私達はアナタ達魔法使イに対抗すルためニ作られた部隊、そんジョそこらの機甲兵じャないのヨ」
「……ふぅん……でもさぁ、所詮は筋肉の塊でしょ?」
「ふふ、なら試してミなさイナぁ!!」
白はあえて魔法を使わず、不利であるはずの格闘戦へと戦法を切り替えた。身軽な白の一撃はバーガンディーに対してそう効くものではなかった。
「軽いわねぇ! 軽いわ軽いわ!!」
「黒よりタフだね、っ!?」
「捕まえタわぁよ」
いくら白が身軽であろうと一度捕まえられると、容易く逃げられるものでは無い。
「っ、放っせ!」
「鬱陶しいわねぇ」
白は片腕を掴まれながらも逃れようとバーガンディーの体に対して、蹴りを何発か入れる。だがバーガンディーの巨大な拳によって両足を本来なら曲がらない方向へと、無理矢理殴り曲げられた。
「っ……いった……」
「何故魔法を使わないのかは知らないけど、魔法使いなんて所詮はただの人間、私に敵うはずがないのよね……その顔、ムカつくからグチャグチャにしてあげるわ、感謝なさい」
「ぐっ……ぅぁ……」
片腕で掴まれたまま、宙に浮きながら顔にバーガンディーの拳を受け止める白は、次第に顔を変形させていった。
「いい顔になったじゃなぁい? 素敵よ」
「……はは……もうそろそろ、かな」
「何を」
「────やりすぎだ」
ダブルバレルのソードオフショットガンがバーガンディーの後頭部に突き付けられた。
「黒……」
「バーガンディー、そいつをボコられんのは、てめぇと戦うよりつれぇんだわ。だから離せ、そして失せろ」
「………………もう昔の黒じゃないのね」
驚いた顔を見せるバーガンディーは、白を地面に寝かせると変わってしまった黒を、憐れむような目で見ていた。
「あぁ、今の俺は一つの家庭を守ろうとする陽気なおとっつぁんさ」
「……はぁ、分かったわよ、なら退くけど次に会ったら容赦しないわよ、今回は昔のよしみで、ね」
「そうしてくれ、正直、ブチ切れそうなんだわ」
「……三姉妹によろしくね、あの子たち、ワザと外したようだし」
バーガンディーはため息を吐きながら、蒼達が居る方向へと手を振りながら、黒に対してウィンクをして、立ち去った。
「おい白、無事か」
「……うん、やっぱり黒相手だと、大人しくなるね」
「まぁ、割と仲が良かったからな」
そうなんだ、とでこぼこの顔を治癒している白を抱き上げて、三姉妹と合流した黒達だったが、騒動を起こしたこともあり、町の住人から出ていけと言われてしまった。仕方の無いことだ。
「お父さん……撃たせてくれなかった」
「そうっすよぉ、あれ絶対ヘッドショットいけたっすよ」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか」
「お父さん! お腹空いた!」
「黒パパ! お母さんもお腹空いた!」
「うるせぇ!! さっさとそこに座りやがれ!! 何が食いてえんだ!!」
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