ためいきのしずく

絵南 玲子

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風に乗って

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 そうして、ある日、気がつくと私は空の上にいた。一羽の鳥になっていた。
 なんだか、体が軽くなって、風の上にぽっかりと浮かんでいるみたいだ。
 
(なんていい気分なんだろう!)

 今まで一歩も歩けなかったのに、今日は、地球を見おろしているんだぞ。とびきりの自由だ。
 森も、丘も、あんなにちっぽけだ。海は、はるか下のほうだ。
 風にのって大空を散歩するこの気もちよさ、わかるかなぁ。

 あんなに低いところに、ちょうちょがいる。ふらふらと、なんてたよりない飛びかただろう。 
(ちょっと、からかってやろうかな)
 
 私は、大きな翼にぎゅうっと力をいれて、とくいそうに急降下した。
 黄色いちょうは、私に気づくと、ぶるっと身ぶるいした。それから、羽を細かくふるわせながら、小さな声でなにか叫んでいるようだ。
「たすけて。たすけて」

 私は、すっかり有頂天になっていた。
 地面にへばりついていた時より、ずうっとえらくなったような気がした。ちょうちょがどこへ逃げたって、すぐに追いかけることができるんだ。

 うれしくて、思わず大声で叫んでみたくなった。
「私は、空を飛べるんだぞ!」
 その時、突然、
『グワァ』
と、しわがれた声がした。
「うるさいなぁ」
そう言ったつもりだったのに、
『ギャーオ、ギャーオ』
 何べん叫んでも、耳ざわりなしゃがれ声しか出てこなかった。

(なんてことだ!)
 
 私は、空を飛ぶことに夢中で、自分の姿にも気がつかなかったなんて……。

 それからの毎日は、ひどいものだった。

 私が草原の上空に姿をあらわしただけで、小さな動物たちは逃げまどう。私の鋭いまなざしと、とがったくちばしを目にすると、まるで死神にでも出会ったかのように、誰もが恐れ、おののくのだ。

 私は、ハゲタカになってしまった。
 誰よりも強く荒々しく、そうして、青い空の上でも、けわしい岩山の巣の中でも、いつもきまってひとりぼっち。
 それでも、命をつなぐためには、草原にたおれた生きものを真っ先に探し出すしか、道はないのだ。

(こんなはずじゃぁなかったのに……)
 
(神さま、ちゃんと、私の願いをきいてくださいよ)
 
 そうだ。今度は、もっとおしゃれな生き物にしてください。白鳥のようにきよらかで、くじゃくのように華やかで……。                                          (続く)
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