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31.最高の恋
しおりを挟むひまりちゃんと別れたあと、チェックインカウンターに向かった。
少し待つと、10メートルほど先から藍がスーツケースを引きながら一人で歩いてくる。
数時間前に顔を見たばかりなのに鼻頭がカーっと熱くなっていく。
ようやく会えた喜びと、これからの不安が心の中で入り混じりながら……。
「藍っっ!!」
私は拳をぎゅっと握ってお腹の底から思いっきり声を出した。
すると、彼は私に驚いた目を向ける。
「お前……。どうしてここに?」
「稟ちゃんに聞いたの。藍が今夜日本を発つって」
「えっ!! ちょっ……、待って。どうして稟がお前のところに?」
「私のことが心配で会いに来てくれたの」
「……でも、お前が来てくれてもなにも変わらないよ。俺には俺の人生があるから……」
彼はそっけない口調で私の横を通り過ぎてチェックインカウンターへ向かう。
でも、私はここで終われない。
すれ違いざまに彼の腕を掴んで言った。
「別れたいだなんて本望じゃないくせに」
「えっ」
「日本四大財閥の御曹司ってなによ。大学を卒業したらひまりちゃんと結婚するってなんなのよ……。そんなの知らないし、オーストラリアに帰るなんて聞いてない!!」
「どうしてお前がそれを……」
「全部聞いたの。小学生の頃、私に一目惚れしたのにどうして言ってくれなかったの?」
高校に進学してからすぐに赤白帽子の話をしてくれれば、私たちの関係は少し違っていたのかもしれない。
少なくともいまの距離感じゃなかったはず。
「言わなかったのは、俺を一人の男として見てもらいたかったから」
「……なによ、それ。かっこつけないでよ。みすずに恋の相談をするくらいなら直接私と向き合ってよ。時間がないのに1から恋愛したいなんて無謀過ぎる」
「結果を出せなかったのは残念だったけど、伝えたいことは伝えきったし、恋人だったひとときは一生忘れられないほど幸せな思い出になったから後悔してないよ」
「バカ……。意地を張っちゃって。そんなに遠回りするくらいなら最初から好きだと言ってよ。3週間程度の恋愛じゃ、こっちが物足りないんだよ!」
私は気持ちを叩きつけた後、彼の腕を引いてお互いの唇を重ね合わせた。
各国の人々が散らばる国際空港で恥じらいもなくキスをしたけど、私には彼以外見えない。
3秒間繋がっている唇は、ほんのりと恋の味がした。
返事を渋ってた数時間前の自分がバカみたいに思えるくらい。
ゆっくり唇を離すと、魂がスコンと抜けたような目が向けられていた。
「ちょっ……!! あやかが俺にキスを…………」
彼は顔を真っ赤にさせながら口元をおさえる。
その様子を見てこっちまで恥ずかしくなった。
「私の気持ちなんてまるで無視。ラブレターを入れ間違えたと言っても一歩も引いてくれない。こっちが恥ずかしくなるくらい独占欲が強いから最初は迷惑だなって思っていたけど……。振り返れば毎日が素敵な思い出だった。それがどうしてかと考えてたら、一つの答えが見つかったの」
「……その、答えとは」
私は気合を入れ直すようにつばをごくんと喉へ押し込む。
そして、目線は彼の瞳へ。
「私は藍が好き……。手を繋ぐだけじゃ物足りないし、もっともっといっぱい恋愛したい。別れるなんて嫌。これからもずっと私だけを見ててよ……」
「あやか……」
「オルゴールを聞くだけで藍のことを思い出す。ラムネを食べるだけで甘酸っぱいほど恋しくなる。繋いだ時の手のぬくもりを思い出すだけで愛おしく思う。これって立派な恋だよね。なのに、急にお別れとか無理だから……」
走馬灯のように湧き出てくる思い出。
たった3週間の期間限定恋人だったけど、いまはそれ以上の想いがハートの埋め尽くしている。
少しでも早くこれが恋だと気づいていたら、もっと器用になれたのかな。
感情的になっていたせいか、瞳から熱いものが滴っていき手で顔を覆った。
すると、彼は私の手を引いて胸の中へ包み込む。
「我慢っ……限界……」
「藍……」
「好きだ。4年前から、ずっとあやかのことが……」
「んっ……」
「お前に会えたらなんて言おうかって。いつか俺の気持ちが伝わったらって。お前が俺を好きになってくれたらって。限られた時間の中で願うことばかりが増えていたけど、現実は厳しくて思うようにいかなかった……」
「……うん」
「俺には幼ない頃から婚約者がいるし、留学期間は4ヶ月で時間がない。それに加えて将来をガチガチに固められた御曹司。そんな自分に恋なんて贅沢だと思っていたけど、これが一生に一度きりだと思ったらどうしても諦められなかった……」
「んっ……」
「終わりが見えてても見ないふりをしていた。最後の瞬間まで幸せでいたかったから。ずるいよな、汚いよな……。お前が断るのを前提で別れを告げたんだから」
「ううん。そんなことない。私が藍でもきっと同じことをしていたはず」
藍の言う通り、これが一生に一度きりの恋なら私も同じ。
いま震えるくらい幸せを感じているから手放したくない。
彼は私の肩に手を置いて体を離すと、大きな手のひらで私の髪を撫でた。
「でも、このまま日本に残りたいけど、帰らなければならないんだ。いまは向こうでの生活が拠点だから」
「そ、だよね……」
「ごめん……。もう一つ残念なことを言うと、しばらく日本には戻れない。よほどの事情がない限り外出許可は下りないから。稟もいまは特別な用事があって日本に来ているし」
「向こうでは大変な生活を送っているんだね。明日から藍に会えないなんて寂しいよ……」
結局は思い通りにならない。
彼には彼の生活があるのだから。
もし、彼が御曹司じゃなかったら、こんなに苦労をしなくても済んだのかもしれないのにね……。
でも、代わりになる人なんていない。
「いっぱい連絡する。だから、会えない時期を頑張って乗り越えよう」
「うん。連絡待ってる」
「次に日本に来る時までには自分の問題を解決してくる。両親とひまりにはちゃんと俺の気持ちを伝えるから、そしたらもう一度俺と……」
「私との婚約なら、もう解消方向だけど?」
彼がしゃべっている最中、ひまりちゃんが背後から言葉を被せてきた。
私たちは同時に彼女の方へ目を向ける。
「ひっ、ひまり……。いつからそこに」
「ん~~っ。二人がチューしてるところから、かな?」
「!!!!」
「ひまりちゃんっっ!!」
「あはははっ! 大事な話をしてる最中にぶち壊してごめんね。でも、私決めたんだ。藍とあやかちゃんの恋を応援するってね。その代わり、私は世界一最高な男と結婚する。だから、藍は両親、あやかちゃんは世間に認められるような素敵な人になってね」
彼女はそう言うと、私と藍の肩に手を添えた。
肩の荷が下りたのか、少しホッとした彼の顔。
それを見た途端、胸の奥につっかえていたものがスッと楽になった。
――私たちが結ばれることは不可能だと思っていた。
彼は四大財閥の御曹司だし、婚約者もいる。
それ以前に住む世界が違う人だから。
でも、恋をしてしまった。
それは御曹司じゃなくて一般人として……。
この想いは、もう止められない。
――それから1時間後。
私とひまりちゃんは空港の屋上で彼が搭乗している飛行機を見送った。
大きく手を振ってみたけど、夜だから飛行機の中から見えるはずがない。
暗闇に吸い込まれていく飛行機を見るだけで鼻の奥がツンと痛くなる。
「あーあ、行っちゃったねぇ……。藍のこと本気で好きだったのになぁ」
「ひまりちゃん、ごめんなさい……」
「あはは、いいのいいの! 私なりに精一杯想いを伝えても届かない相手なんて縁がなかっただけ。これからは、もっといい相手と出会って結婚するよ」
ひまりちゃんは強い。
好きな人と結ばれなくて辛い想いをしているのに友達の恋の応援するなんて。
自分が彼女の立場だったら同じようにできるのかな。
「いつオーストラリアに帰るの?」
「私は10月末。留学は4ヶ月間って決まってるからね」
「よかったぁ!! ひまりちゃんも一緒にオーストラリアへ帰っちゃったら寂しくて無理」
「こらーーっっ! あやかちゃんのそーゆーところが好き!」
「じゃあ、残り3ヶ月で日本のJK生活を楽しもうよ」
「おぉっ! それいいねぇ~。期待してるよ!」
恋のライバルがひまりちゃんで良かった。
そして、引き続き友達でいてくれることに感謝してる。
きっとこれが他の人だったら、藍との縁は途切れていただろう。
これからは彼女の強さに見習って自分も頑張っていかないとね。
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