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22.一生叶うことのない恋

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 ――場所は、銀座にある割烹料理店。
 座敷のテーブルには、職人の力作の色とりどりの料理がならぶ。
 その向かいには俺の父親が座っていて、料理を目と舌で楽しんでいる。
 女将さんが挨拶に来て父親のグラスに日本酒を注ぐと、父はグイッと飲み干す。

「今週で日本留学期間が終わるから、そろそろオーストラリアに戻る準備をしなさい」

 それを聞いて頭が真っ白になった。
 なぜなら当初の帰国予定よりも1週間近く前倒しになるのだから。

「ちょっと待ってください! 約束が違います!」
「高校の夏季休暇は25日までだぞ。当日の夜便で帰る。帰りの飛行機のチケットはもう手配してあるからな」

 俺はいまオーストラリアの学校に通っていて、幼少期から寮生活を送っている。
 そして、現在は4ヶ月間の日本留学中。
 小学校から高校までの間、好きなタイミングが選べるので高校入学の時期を狙った。
 もちろん、自然な形であやかと出会うために。

「どうして帰国を早めたんですか?」
「のんびりしてたら勉強が追いつかなくなるだろ」
「そんなの聞いてません。それに……」
「それに?」
「俺には最後までやり遂げたいことがあるんです」

 31日までのあやかとの約束。
 俺は今日まで全力で気持ちを伝えてきたけど、肝心な返事がまだもらえていない。
 たとえ期限つきの恋だとしても、最後は幸せな気持ちで終わりたいから。

「なにを言ってるんだ。お前の意思など聞いてない」
「そんな……」
「ったく、お前は昨日の婚約パーティーの帰りにひまりちゃんを送らないでどこに行ってたんだ」
「すみませんでした。少し気晴らしがしたくて。……でも、ひまりとは恋愛できません」
「恋愛できなくても、するんだ。それがお前の人生だからな」

 俺はピエロとしてこの世に生を受けた。
 意思を尊重されたことなんて一度もない。
 父親に逆らうものなら圧力で踏みにじられてしまう。
 だから、日本留学の4ヶ月間がどれだけ自分らしく生きられたのか計りしれない。


 父親と店で別れてから車でホテルに戻った。

 机の引き出しを開けて、当時小学生だった妹のりんが受け取ったあやかの赤白帽子を手に取る。
 これは俺の宝物。
 どんな未来が待ち受けていても、これだけは一生手放さないだろう。
 たとえ、ひまりと結婚する日が来たとしても……。

 
 ――あやかを知ったのは小学6年生の頃。
 2つ年下の妹の稟が日本留学中に祖父が入院。
 見舞いがきっかけで俺は一時帰国していた。
 ちょうどその頃に小学校で運動会が開催されていたので見に行くことに。
 ところが、午後になって稟が校庭に戻ってくると、午前中まで被っていたはずの赤白帽子が見当たらない。

「稟。赤白帽子はどうしたの?」
「どこかで落としちゃったみたい。さっきから探してるけど見つからないの」

 稟は赤白帽子をなくしたことがよほどショックだったのだろう。
 見たことがないくらい落ち込んでいた。
 俺はこの時、再び赤白帽子を購入すればいいと思っていた。
 そうすれば辛い想いをしなくて済むから。

 側近にその旨を伝えて先ほどの場所に戻って来ると、稟は高学年の女子となにかをしゃべっていた。
 思わず足が止まり、遠目からその様子を見ることに。

「落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?」
「実は赤白帽子をなくしちゃって……」
「落とした場所とか、赤白帽子を脱いだ場所とか覚えてる?」
「ううん。お昼ご飯を食べる前まであったんだけど、そのあとになくしちゃって。いっぱい探したけど見つからなかったの」

 稟は泣きそうな顔でそう伝えると、彼女は自分の赤白帽子を脱いで稟の頭にかぶせた。

「じゃあ、お姉ちゃんのをあげるよ!」
「えっ! でも、私にあげたらお姉ちゃんの帽子がなくなっちゃうよ」
「いいのいいの! お姉ちゃんはもう帽子が必要ないからそれを使ってね」

 俺はその光景を見て衝撃を受けた。
 見ず知らずの子が困っているところを見て自分の帽子を差し出すなんて。
 このやり取りを見た瞬間、自分の未熟さに気付かされたと同時に彼女に興味が湧いた。
 天使のような笑顔を見てたら、もっと知りたくなっていき……。


 ピーーンポーーン……。 
 過去に思い浸っていると部屋のベルが鳴る。
 扉を開けると、その先には前回会った時よりも少し大人びた稟が立っていた。

「お兄ちゃん久しぶり。日本に来たから遊びに来ちゃった」
「日本に来てるなら連絡をくれても良かったのに」
「えへへ、びっくりさせたかったから!」
「あれ? ちょっと背が伸びたんじゃない?」
「お兄ちゃんと1年半近く会ってなかったからね」

 稟も俺と同じく”牢獄”暮らし。
 不自由がない分、自由もない。
 俺たちは万全なセキュリティーの環境下で生活しているから、同じオーストラリアにいても兄妹ですら会えないという。

「……それ、あやかさんの赤白帽子だよね」
「うん。いま昔のことを思い出してた」
「あやかさんのことをずっと想い続けてたもんね……。日本に来てからあやかさんといい思い出を作れてる?」
「あぁ。……でも、それもそろそろ終わり。会えば会うだけ好きになる現象は一体どうやったら止められるんだろうな」
「お兄ちゃん……」

 一生叶うことのない恋。
 期間限定恋人になってから2週間強。
 今日までびっくりするくらいあっという間だった。
 なにもできず片想いだけを続けていた最初の3ヶ月間がいまでは恨めしい。

 そして、この一生に一度きりの恋は5日後に必ず終わりを迎えてしまう。

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