9 / 33
8.むず痒い気持ち
しおりを挟む「うちは両親が共働きだから、帰宅したら洗濯物を畳んだり夕飯作りなど家事に追われていて忙しいんだ~」
――翌日、藍と一緒の学校からの帰り道。
私は再びみすずからのアドバイスを参考に動いた。
家事が忙しくてデートをする暇がないと伝えれば、少しは私のことを諦めてくれるはず。
推し活作戦は失敗したけど、家庭問題はさすがに納得してくれるだろう。
すると、彼は小刻みにウンウンとうなずく。
「案外苦労してるんだな」
「そうなの! だから土日もほとんど時間が使えないというか」
「お前んちの親そんなに忙しいの? 週5で働いてたら普通2日くらいは休みがあるはずなのに」
「うっ……うん。う、うちの両親は趣味に時間を費やしてるから、よけい忙しいというか……」
正直、両親は無趣味だ。
その上、母は週3日16時上がりのパート勤務。
つまり私が帰宅したら家にいる。
ウソで塗り固めるのはよくないけど、最近藍に振り回されっぱなしということもあって少々疲れを感じていた。
だから、たとえ期間限定恋人であっても一定の距離は保ちたい。
「そっか。じゃあ、俺が家事を手伝ってあげるよ!」
と、思わぬ変化球が届く。
それが困ってるから遠回しにお断りしているのに。
「いっ、いいよ、いいよ!! 藍も忙しいでしょ?」
「別に。なんも予定ないし」
「あっ、ほらっ! バイトとかしてるんじゃない?」
「してないよ。俺、料理得意だから夕飯作ってあげる」
「えええっ!! そんなことしなくていいって! 料理くらい自分でできるから」
「遠慮すんなって。決定! じゃあ、このままお前んち行こっか」
「そ、そんなぁ~っっ! 本当にいいってばぁ!!」
道中、何度も諦めるように説得を続けたが、彼は一歩も引かずに自宅までついてきた。
当然母は自宅にいたので、「あら。あやかの彼氏? よかったらお茶でも飲んでいってね」と、家に通されることに。
もちろんそこでウソが見抜かれる。
「お前んちの親、忙しいんじゃなかったっけ?」
「…………あっ、う、うん……えへ。ごめん」
「はい、ペナルティーね。おばさんがお茶を飲んでいってって言ってくれたから家上がるからな」
「はぁい……」
やることなすこと全て裏目に出てる。
むしろ何もしない方が損はないというか。
私たちは部屋に移動すると、彼は部屋を見渡してぼそっとつぶやく。
「ふぅん……。推し活もウソだったか。あんなに激推ししていたユッタくんのグッズが部屋に一つも置いてないなんて」
「うっっ……。ごめんなさい」
あれほど熱弁していた推し活だが、推しグッズが置かれていない状態を見た途端にウソがバレた。
2回連続でウソをついてしまったから、私への信用度が消えただろう。
すると、彼は本棚から小学校の頃の卒業アルバムを引き出そうとしていたので、私は先に取り上げて胸に抱えた。
「他のものは見てもいいけど、卒業アルバムだけは絶対に見ないで!!」
「……どうして?」
「だ、だって……」
「だって?」
「恥ずかしいの。あの頃は、ふっ、太ってたし……」
小学校高学年頃の体重は65キロを超えていた。
そのせいであだ名は『横綱』。
こんなひどいあだ名がつけられたせいで、好きな人からもからかわれる始末に。
それがいまでもトラウマになっている。
すると、彼は本棚に背中を向けている私の方に向かって両手で壁をドンッと叩きつけた。
大きな音と共に私の体がビクッと揺れ動く。
「太ってたからなに? 俺は見た目であやかに惚れたわけじゃないよ」
「えっ」
「お前が太っていようが関係ないから。あやかはあやかなんだからさ」
「藍……」
”見た目”で苦労してきた分、この言葉に少し助けられて肩の力がすっと抜けた。
いままでそう言ってくれる人が一人もいなかったから。
すると、彼はその隙を狙って私のアルバムをひょいと取り上げた。
「隙ありっ」
「あっ! ズルい! アルバム返してよ~っ!!」
取り返そうと手を伸ばすが、願いも虚しく彼は高々とアルバムを持ち上げてパラパラとページを開く。
「何組だったの?」
「そんなの教えない!!」
「じゃあ、自分で探すからいい」
「探さなくっていいから!」
私が右から手を伸ばすと彼は左によけて、左に手を伸ばすと右によけられる。
身長差が20センチくらいあるから、届いてもせいぜい手首まで。
その間、ずっと目でページを追われていて、私の抵抗はほとんど無意味に。
「うわぁ~、あったあった! 『美坂あやか』。すげぇかわいい! 写真隠す必要ないじゃん」
「見たなぁ! こんな体型を誰にも見せたくなかったのに……」
口を尖らせたままペタンと床に座ると、彼も床に腰をおろした。
すると、彼はあるページに指をさす。
「ねぇ、どうして運動会の写真のあやかだけ赤白帽子を被ってないの?」
「あぁ、それね。赤白帽子をなくして困っていた子に自分のをあげたから」
「どうして?」
「楽しい行事なのに悲しい思い出に変わっちゃうのはかわいそうだなと思って。まぁ、自分にはこれくらいのことしかできないからね」
えへへと苦笑いしながら言うと、彼は床に置いている私の手をぎゅっと握りしめてきた。
「ありがとう」
「えっ」
「俺と出会ってくれて。お前のそーゆー正義感、尊敬してる」
彼は麗しい瞳でほほえみながらそう言う。
昔から平凡でなに一つ取り柄のない私だけど、この時ばかりは自分という存在を認めてくれたように思えて少しむず痒い気持ちになった。
しかし、それは嵐の前の静けさで、ある人の登場が予期せぬ事態を引き起こしていくなんて……。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる