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第八章
64.旅立ちの瞬間
しおりを挟むーー場所は、異次元空間の部屋。
大広間から河合さんに連れて来られた私は、身体にわずかな煙幕の光を浴びながら聞いた。
「どうして私をここに……」
「今からミーナに魔法をかけて人間にするから、それが上手に出来たら人間界に帰してあげる」
「えっ! 私を人間界に??」
「でも、今から戻る所は人間界を去った時間と場所じゃない。ヴァンパイアの修行でここを出発した91日前の同じ時間と場所なの。つまり、人間界でヴァンパイアとして過ごしてきた90日間が、次は人間として同じ時間をまた過ごすことになるの」
「……つまり、滝原くんと出会う前って事?」
「そうよ。これだけは私がどうこうできる問題じゃなかった。この異次元空間は、何年経っても何十年経っても16歳になる90日前からスタートされるように魔法をかけられているからね」
「そっか……。じゃあ、またみんなと出会う所から始まるんだね」
「私はいないけどね」
彼女はそう言うと、少し寂しそうに微笑む。
「河合さん……」
「でも、小さなお土産を送っておいたから楽しみにしててね」
「えっ、お土産って?」
言ってる意味がわからなくてキョトンとすると、彼女はクスッと笑う。
「実はあなたに嘘をついたからそのお詫び。この前、1日に2人のヴァンパイアに吸血されたら死ぬかもしれないって言ったけど、あれば嘘なの」
「えぇっ?!?!」
「本来なら別に何人に吸血されても問題ないの。司令部からはそんな説明されなかったはずよ。それに、私は滝原くんに一度も吸血してない。ミーナの反応が見たくて気持ちを煽ったの」
「えっ……、だ、だって……最終日に滝原くんの家に行ったって……」
「あぁあ~。家には行ったけど魔法で軽く眠らせただけ。ミーナの為に吸血しやすくしてやったのに、好きな人の血を吸えないとかありえない」
「ちょ……ちょっと待って。頭の中が整理出来ないんだけど……。えーっと、えーっと……つまり、私が勝手に吸血したと勘違いしてたって事?」
「そうね。吸血するとは言ったけど、吸血したとは言わなかった。なのに、簡単に騙されてくれたから案外チョロかったわ」
「(酷いなぁ……)吸血しやすくと言われても、家はオートロックで入れなかったし、逆にそれで時間がなくなっちゃったし」
「それは計算ミスだった」
「計算ミスっ……。こっちは深刻な問題だったのに……」
「あら、ごめんなさい」
「あっ! そうだ! それに、河合さんのミッション……。ヴァスピスは2点灯だったでしょ? あれはどうして……」
実際のところ、彼女のヴァスピスを見て滝原くんに吸血したんだなと思い込んでいた分気持ちがついていけない。
「実は私、本当は20歳なの。つまり、ミッションなんてもう関係ない。それに、魔法の勉強中だから、人間界にいる時に少しだけ魔法を使って自分が有利なように情報を塗り替えたわ」
「情報を塗り替えた……? 例えば?」
「ん~、そうねぇ。レク係を3人から4人に変更させたり、校外学習のあみだくじのペアを入れ替えたりかしら」
「そうだったのね……」
つまり全ての話を纏めると、私は彼女の都合によって気持ちが上下されてたのね。
しかも、想像力を膨らませながら過剰に信じ込んだ分、自分の足を引っ張ってたとは……。
「運命を感じたならきっと何度でもやり直せる。実の母親も滝原くんも……」
「うん」
「これからは自分の手で幸せを掴み取ってね。でも、ヴァンパイアだった時の記憶は口外しないと約束くれる?」
「わかった。約束する」
「じゃあ、魔法をかけるよ。身体の力を抜いてね」
彼女がそう言って一歩後ずさりすると、虹彩を青く光らせて、目一杯開いた両手を前に突き出して何かを念じた。
呪文のような言葉は聞き取れなかったけど、ハリケーンのような空圧がドスンと身体を突き抜けていくような感覚があった。
すると、ヴァンパイアだった私の身体は、あっという間に姿形と共に数時間前の姿に戻る。
「凄い……。人間の姿になってる」
「ヴァンパイアの姿にはもう二度と戻れないよ。……だから、幸せになってね」
彼女はクルッと背中を向けてそう言うと、駆け足に近いほどの足取りで扉に向かった。
私は今日までの彼女との思い出が蘇った途端、このままではいけないと思って声を発した。
「待って、紗彩!!」
出会ってから今日初めて名前を呼び捨てすると、彼女の足は止まる。
しかし、振り向きはしなかったのでそのまま背中に向けて言った。
「ありがとう。ずっと友達だからね。また会えるからバイバイは言わないよ」
紗彩はそのひと言によって涙が溢れそうだったが、唇を噛み締めて下を向いたまま美那の元に戻った。
「生意気なのよ。……でも、幸せになってね」
左目からポロリと涙を溢すと、両手を前に突き出して異次元空間の中に美那の身体を押し込んだ。
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