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第一章
3.人間界
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「あの、大丈夫ですか? もしもし、もしもし……。お嬢さん…………」
声をかけられて目を開くと、そこには幼い子供を連れた30代くらいの女性が顔を覗き込んでいた。
そこで、意識を失っていた事を知ってガバッ勢いよく飛び起きる。
「あっ、はい! 大丈夫です」
スマホと学生カバンを握りしめたままおしりを床にぺたんとつけて苦笑いでそう言うと、女性はほっとした様子で去って行った。
今さっき異次元空間を通り抜けたばかりなのに、人間界に倒れたまま到着って雑だなぁ。
ふくれっ面で握ったままの先程まで持っていなかったカバンに目を向けると、その下にはピンクの花びらがじゅうたんのように敷き詰められていた。
見上げると、取り囲んでいる木々からハートのピンクのシャワーが降り注いでいる。
「これが桜かぁ。……映像で見たよりも全然キレイ」
ここが人間界かぁ。
ブリュッセル様が日差しを浴びたら砂になるからヴァスピスを外さないようにと言ってたけど、この日差しというのは暖かくて心地良い。
もっと身体に害のあるものだと思っていた。
……でも、いよいよ本番が始まったんだね。
この90日間内にミッションをクリアして、立派なヴァンパイアになって自分の家族を持つ!
これが今の夢。
美しい桜吹雪に見惚れながらカバンとスマホを持っている両手を大きく広げて深呼吸していると、背後からブロロロロ~と心臓を揺らすバイク音が接近してきた。
しかし、気にも止めずに物珍しい景色を見渡す。
箱みたいな建築物に色とりどりの動く乗り物。
ヴァンパイア界とは空の色も建物の色も空気の香りも何もかもが違う。
素敵……。
ってか、どこが地獄よ。
ブリュッセル様の話は嘘ばっかり。
私は目を閉じて空を見上げていると、バイク音が最も接近した瞬間、右手にかけていたカバンがサッと奪われた。
「えっ……。あっ、あれっ……? ちょ……ちょっと! 私のカバンっっ!」
そこで幸せがハサミでバッサリと切り取られてしまったような気分に。
すかさず前方に目を向けると、シルバーのヘルメットを被っているバイク運転手が私のカバンを手に持っている。
もしかして、ひったくり?!
よりによってどうして私のカバンなの~?
金目の物は入ってないと思うけど、無くしたら絶対困るやつだよね。
しかも、人間界に到着してから2分程度しか経ってないのに……。
「まあぁあてぇぇ~~! ひったくり犯めぇえ!」
私は腕を交互に振って鬼の形相のままバイクの後を追った。
先程までうっとり見つめていた桜のシャワーはもう視界の外。
地面に足を交互に叩きつけても、人間の姿になった足では追いつけない。
「はぁ……っ、はあっ…………。まってぇ……、私のカバン……」
呼吸が乱れて肩が揺れるが、カバンは絶対に取り返さなければならない。
やっぱり人間界って最悪ぅ~~っ!
素敵だと思ったのは景色だけ。
いきなりドロボウに遭遇するなんて運が悪すぎるっ!
ところが、バイクとの距離が10メートルほど離れたところで止まり気味の肩の横からびゅっと何かが風を切った。
驚くのも束の間。
横切る何かは結んでいる長い髪をサラリと揺らした後、犯人の左手にピンポイントで直撃。
落下したカバンと共にコロコロと転がったのはサッカーボール。
犯人は焦って振り向くが、追っ手の姿を視界にとらえるとチッと舌打ちしてアクセルを最大限に握りしめて信号の先を左折して行った。
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