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第八章
42.騒動を見守っていた人物
しおりを挟むKGKの2人が普通科から追放されて事態に収拾がつくと、廊下に散らばっていた生徒達はそれぞれの教室へと戻った。
すると、廊下をまばらに行き交う生徒達の隙間から、腕組みをしている大人の女性が姿を現す。
その女性とは冴木だ。
彼女は人混みに紛れながら今回の騒動を見守っていた。
ーー時を遡る事、10分前。
冴木は2人を記者会見場のホテルに送る為に駐車場で待機していたが、約束の時間になっても姿を現さないので心配になって校舎まで足を運んだ。
すると、3時間目の授業中だというのに、校内は何やら慌ただしい。
騒々しい声が漏れてくる職員室に向かうと、警備員2人を引き連れて東校舎の方へと走り出す教師や、教頭と相談しあう教師達の様子が視界に飛び込んできた。
校内でトラブルが遭った事は一目瞭然だった。
瞳に映し出していた光景は、まるで10年前に事を荒だててしまったあの時のよう。
ただならぬ雰囲気を漂わせる職員室内と、出発時刻になっても姿を現さないKGKの2人を思い描いたら嫌な予感がした。
今朝、セイと紗南が視聴覚室で別れ話をした事までは確認出来ている。
だから、余程の事がない限り2人の縁は切れているはずだと思っていたが、例外という事も視野に飛び込んできた。
その例外というものを作り上げてきた人物は10年前の自分自身。
だから、あり得ない話ではない。
ーーあれは10年前。
青蘭高校の普通科に在籍していた私は、芸能科に在籍していた俳優の彼と2年7ヶ月の極秘交際をしていた。
あの頃は一生分の幸せを手にしたと思えるくらい充実していて、彼が忙しくて会えなくても、電話で毎日のように繋がっていたから安心できた。
ところが、ある日を境に音信不通に。
繋がらない携帯電話を握りしめたまま、彼が電話に出てくれる事だけをひたすら願っていた。
直接話し合わなければ何も始まらないと思って運命のあの日に西校舎の彼の元へ。
普通科の生徒が立ち入る事を固く禁じられているのは承知だった。
でも、弱気な自分から卒業したいと思っている。
中学生の恋愛なんておままごとと一緒だとバカにする人もいたけど、27歳のいま振り返ってみても本物の愛だったと断言出来る。
『また同じ学校に通えるね』と、幸せを噛み締めがなら新しい門出に喜んだが、厳しい規則が付き物だったなんて思いもしなかった。
高校進学を機に彼は転居。
そのせいで気軽に会えなくなり、連絡手段は携帯電話のみに。
そこに、連絡手段が途絶えてしまう盲点が生じた。
繋がらない電話にかけ続ける作業はおよそ1ヶ月間。
最低最悪のナーバスな気分が続いた。
1人で考え込んでいるうちに、いつしか第三者の手によって、彼との未来に蓋をされているのではないかと疑問を抱くように。
一番深刻だったのは、彼から1ヶ月間丸々連絡がなかった事。
聞きたい事は電話をかけた回数ほど積もり積もっていたのに。
次第に直接会いに行こうと思うようになった。
意を決して東校舎から職員室の中を全力で駆け抜けて行き、禁断の地である西校舎へ。
ドアノブに力を込めて思いっきり開けた職員室の扉の先。
そこには、想像を絶するほどの別世界が待ち受けていた。
入学してから今日まで東校舎しか知らない。
だから、悪い意味で想像を裏切られてしまった。
西校舎は真新しい建物の香り。
所々に設置されてる最新式の空気清浄機。
ベージュタイル風のクッション床。
白い壁の半分はナチュラルカラーの木材の腰壁材が使用されている。
大きな窓から差し込んでいる光で校舎内は非常に明るくて清潔感に溢れている。
年季の入った普通科の校舎とは対照的で、扉を境に異次元空間に迷い込んでしまったかのよう。
走りながら右側の教室に目を向けると、1年生の教室が3クラス並んでいる。
1階が1年生の教室なら2年生の彼の教室はきっと2階。
何となく予想はついたから、先生に捕まる前に階段を探さなきゃ。
ハアハアと息を切らしながらも頭の中では彼に会えた時の事をイメージしていた。
全力で廊下を走るが、追っ手は鬼ごっこをしているかのように距離を縮める。
校舎内を迷ってる暇はない。
捕まる前に彼の元に向かわなければ、全ての計画がパァに。
西校舎に侵入した瞬間から時間との勝負。
身体も精神状態も今は極限状態になっていた。
冴木は顔を左右させて髪を揺らしながら階段を探す。
現在は授業中。
教師達は生徒達の邪魔になりたくないと思い、余計な声を上げない。
何故なら芸能科の生徒達は、学校に滞在している1分1秒がとても貴重だから。
彼に会うまでは不安との戦いだけど、思いきって侵入したからこそ捕まる訳にいかない。
ただ、会って話がしたいだけ。
幸せな空間をハサミで切り取られてしまったかのように音信不通になったから余計納得がいかない。
階段の3段目に足を踏み入れたその時、背後からヌッと伸びてきた力強い手が冴木の手首を包み込んだ。
「……あっ!」
半泣き状態で振り返ると、そこには額に青筋を立てている40代前半の男性学年主任の姿が。
後から追って来た女性教師が追いつき、学年主任の隣で息を切らす。
結局、冴木は後を追いかけてきた教師達から逃げ切る事が出来なかった。
「今すぐ東校舎に戻らないと停学処分を下すぞ。君が今している事はれっきとした規則違反だ。これ以上私の言う事を聞かなければ、どうなるかわかってるだろうな」
学年主任は半分脅迫まがいに圧力をかける。
欲しいのは手柄か。
それとも建前か。
厳しい規則を破った私を厄介者として扱う。
だけど、今回ばかりは言う事を聞けない。
「嫌です。先生の指示には従えません」
「何故だ」
「大切な人と話がしたいから」
「ダメだ。規則は規則だ」
「ここは普通科の生徒が足を踏み入れていい場所じゃないの」
横にいる女性教師はここで初めて口を開く。
「お願いします。行かせて下さい」
「ダメだと言ったら、ダメだ」
「冴木さん!」
「手を離して下さい!」
今日まで優等生キャラで生きてきた。
真面目に授業を受けていたし、委員会や校外での取り組みも積極的にこなしていた。
反抗するのだって今日が初めて。
そんな私が正々堂々と型破りをしているのだから気にくわないのは当然だ。
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