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第十二章
314.嬉し涙
しおりを挟むしかし、母親に抱いていた疑問はそれだけじゃない。
結婚してからもキャバクラ勤務を続けていたけど、まるで日中勤務のサラリーマンのように、決まった時間に外出するようになっていた。
毎日、朝10時から22時までは不在だった。
朝は出勤前の同伴とは考えづらい時間帯だし、職業柄22時上がりは早すぎる。
父親が出張で家を空けた時は家に居たけど、一日も休まずに外出していたのはさすがにおかしいなと。
そこでピンときたのが……。
「じゃあ、お母さんはどうして浮気をしたのよ。朝から家を留守にするなんて男のところに行ってた以外考えられない。お腹には新しい命が宿っているというのに」
「……はぁ? 私が浮気? 雅和さん一筋なのに浮気する必要がないでしょ。過去の浮気が原因でペナルティが課せられた身なのよ」
母親は勝手に浮気だと決め付けられた途端、まるで売られた喧嘩を買うように目を吊り上げた。
「だって、結婚してからも毎日朝から晩まで家にいなかったでしょ。その間、他の男のところに行ってたんじゃないの?」
「何よそれ。他に理由が思い当たらなかったの?」
「それしか思い浮かばなかったのは、お母さんが浮気常習犯だったからでしょ!」
「ムッ……。可愛くない子ね」
「まぁまぁ、二人とも熱くならないで少し落ち着いて話そうじゃないか」
父親は二人に話を任せていたが、一旦落ち着かせる為に仲裁に入った。
浮気、結婚、離婚。
幼い頃からLOVE HUNTERの母親に人生を振り回された身としては、ストレートにしかモノを考えられない。
「私が日中不在だった理由は、お父さんがあんたと親子として向き合いたいと言う希望を飲んだだけ。妊娠に気付いてからつわりと頭痛が酷かったから、仕事を辞めて実家に避難してたの」
「え? 浮気が理由じゃなかったの?」
「しつこいわね! もう何年も浮気なんてしてないわよ」
母親はそう言うと、不機嫌に腕を組んでそっぽを向いた。
これ以上余計な口を挟まないのは、これが母親の本音だという証拠。
ーーそう、私の予想はことごとくひっくり返された。
両親は再会してから、今日まで失った17年間の隙間を埋める為に連携プレイを行っていた。
真実が次々とあからさまになって疑問が一つ一つクリアしていくと、急に爆発しそうなほど腹立たしくなった。
「なによ……。嘘をついてたなんて一生許せない」
「えっ……」
「何が離婚よ。こんな重大な事実を隠していたり、頭痛が酷いとか吐き気が治らないとか、妊娠を重篤な病気だと勘違いさせて。……絶対、許せないんだから」
和葉は部屋着のスゥエットのズボンを強く握りしめて上目遣いで母親を睨んだ。
すると、母親は和葉がずっと身の心配をしいていてくれたと知った途端、思わず感情が乱れた。
「あんたは私が病気だと思って心配してくれてたんだ……。そこまで考えてるなんて思ってなかった」
「それに、次にまたおじさんと『離婚する』なんて言ったら、もう二度と承知しないんだからっ……」
許せないという腹立たしさよりも、許せる勇気の方が圧倒的に優っていた。
気持ちを試す嘘とは言えども、本当は《離婚》の二文字が怖くて内心ドキドキしていた。
おじさんにもう二度と会えないんじゃないかと思ったら辛くて胸が苦しかったから。
でも、不思議。
おじさんが本物の父親と知らされたら、逆に嬉し涙が止まらなくなった。
ずっとそう願ってただけに、この先も毎日傍に居てくれると思ったら、孤独の闇から開放された気持ちに……。
「でもね、おじさんが実の父親という事を内緒にしていたのは許せないけど、元の居場所に戻してくれた事には感謝している。幼い頃、誰もいない家の中でうずくまっていた時からお父さんとの再会を夢見ていたから」
「和葉……」
「和葉ちゃん……」
「だから、一刻でも早く幸せな家庭に戻ろう。それが私からの一生のお願い」
和葉は両親の前で真っ赤にしながら、両目から大粒の涙を零して微笑んだ。
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