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第十二章
310.離婚
しおりを挟む最近、母親がピリピリしている日が右肩上がりになっていた。
父親と喧嘩の声が止む日が少なくて、まるで何かに追い込まれているかのようにイライラしている。
ただ、肝心な話の内容が聞こえて来ない。
私は自分の恋愛で目一杯だから、部屋に閉じこもったまま二人の喧嘩が治って欲しいと切実に願う日々が続いていた。
母親が意味深発言をした正月後もそんな日が暫く続いた、一月下旬の平日の今日。
ただですら気持ちが不安定で自宅にいても心休まらない私に、嵐は突然やってきた。
今は家族三人で囲んでいる夕飯の食卓。
今日のメニューはエビグラタンと野菜サラダとオニオンスープ。
グラタンのチーズの焦げ具合がちょどいい。
結婚当初から父親の料理の腕前は確実に上がっている。
そして、毎日家族の為に手作りしてくれる父親の味にすっかり慣れた私は、これが家庭の味だという事を舌で覚えていった。
日を追うごとに悩みレベルが上がって心が迷子になっていた私が、黙って食事の手を進めていると、ダイニングテーブルの向かいに座っている母親は、突然ボソッと呟いた。
「実はお父さんと離婚しようかなと考えてるの」
【離婚】という二文字に敏感に反応して即座に見上げた。
「え……?」
和葉は耳を疑うあまり思わず聞き返した。
しかし、母親は平然としたまま黙々と食事を続けている。
しかし、離婚の2文字に反応したのは和葉だけではない。
「葉月、やめなさい。いきなり何を言い出すんだ。しかも、今は食事中じゃないか。娘の食事の手が進まなくなるだろう」
父親は不服にそう言うが、ムクれている母親は返事をスルーして食事を進めている。
ーーそう、三人が食卓を囲んでいる最中、母親の口からまさかの離婚宣言。
正直、意味がわからなかった。
両親が離婚を考えてるという事は、過去の経験から踏まえると、もう二度と父親と会えなくなる。
歴代の父親とは離婚後に一度も会っていない。
だから、幼い頃から離婚の意味を思い知っている。
母は一般的な母親と比べようがないほどダメだから、過去一信頼できる四人目の父親を大切にしてきた。
それなのに、いきなり離婚と言われても素直に受け取れない。
「お母さん。……どうしていきなり離婚なんて言い出したの?」
絶望的なショックを受けた和葉は、身が震えるほど動揺の色が隠せない。
しかし、母親は和葉の人生に纏わる大事な話をしているのにも拘らず、顔色ひとつ変えない。
「さぁ、どうしてかしら。最終的に結果が付いて来なかったからかな」
「結果って何よ!」
「それは大人の事情よ」
「だから大人の事情って何よ! はぐらかさないで!」
和葉は厳しい目つきで詰め寄るが、母親は思わずフッと苦笑いをする。
「今日は随分攻めて来るわね。そんなに熱くなってどうしたのよ。あんたらしくないじゃない」
こんな大事な話をしているのに、お母さんはどうして冷静でいられるのかわからない。
母親の嫌いなところを一つ挙げれば、娘に何の相談もせずに結婚や離婚を決めてしまう事。
家族の問題は母親一人きりの話ではないのに、普通なら家族に相談くらいするでしょ。
母親と気持ちに温度差が生じた和葉は、遂に感情が抑えきれなくなった。
何故なら、父親を本当の家族として受け入れているから。
そして、過去と同様、簡単に父親を捨てようとしている事に納得がいかない。
バシーン………
ズーーーッ
和葉はスプーンを勢いよくテーブルに叩きつけて、膝裏で椅子を押し退けて立ち上がった。
それと同時に、父親と二人で食卓を囲みながら食べ物の話をしていた事や、体調の心配をしてくれた時の事や、悩みを打ち明けた時の思い出が蘇ってジワリと涙が浮かんだ。
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