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第十一章
306.追いかけてきたお婆さん
しおりを挟む気合いを入れてきたはずが不完全燃焼で終えてしまった和葉は、両目から涙を零したまま、玄関口で『お邪魔しました』と挨拶をしてから家を出た。
扉を開けて外に出ると、あっという間に放射状の冷たい雨に包まれる。
誘われるように空を見上げたら、降り掛かってきた大粒の雨と頬を濡らしていた涙が一体化した。
雨粒は髪の中へ差し込むように染み込んでいき、着ている黒いコートも水玉模様へと様変わりしていく。
「傘、持ってないや……」
凍りつきそうなほどの冷たい雨に打たれながら思わずひとり言が漏れた。
夕方から天気が急変したせいで、傘は持っていない。
強い雨に打たれていたら全身ずぶ濡れに。
まるで槍のような雨粒は、一粒一粒心と身体に突き刺さっていく。
ところが、拓真家からおよそ3分ほど歩いたところで頭上の雨が止んだ。
見上げると水色の傘の端が視界に映し出される。
「冷たい雨に打たれたままだと風邪を引いちゃうでしょ」
ポタポタと雨を弾き返す傘の音と共に届けられた言葉。
毛先へ滑り込むように雨粒を滴らせていた和葉は、声の方へ振り返った。
すると、そこには拓真のお婆さんの姿が。
「お婆さん……。どうして」
「これを持って行きなさい」
お婆さんはそう言って和葉に紙袋を手渡した。
受け取ったばかりの紙袋は、ずっしりと重みが加わっている。
「これは……」
紙袋を広げると、そこには赤い水玉模様の水筒と、アルミホイルに包まれている何かが入っている。
「お昼ご飯をひと口しか食べてなかったからお腹が空いてるんじゃないかと思って。おにぎりが入ってるから後で食べなさい。それと、この傘をさして帰りなさい」
お婆さんはそう言って、紙袋と一緒に持って来たもう一つの黒い傘を渡した。
和葉は粋な計らいがジーンと胸に響くと、浮かび上がった涙は頬へ一直線に流れ落ちた。
「お婆さん、ありがとう……。でも、この傘も水筒もいつ返せるかわからないよ」
「そんなのいつでもいいのよ。この二つが手元にあれば、少しは拓真と話すキッカケができるでしょう」
丸一日二人の様子を見守っていたお婆さんは、何か力になりたいと思っていた。
本当は、和葉が家を出る前におにぎりを食べさせたかったが、顔を出さぬまま家を出て行ってしまったので、慌てておにぎりと水筒を紙袋に詰め込んできた。
和葉はお婆さんの想いがひしひし届くと、紙袋を掴んでる右手が震えた。
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