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第十一章
304.洗礼
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「あらま……。午前中まで天気が良かったのに雨が降ってきたわ。昨日の天気予報は外れてしまったのかねぇ」
部屋でお茶飲んでいたお婆さんが外の景色を眺めていた頃。
作業を終えて洗面所で着替え終えた和葉は、拓真の部屋の扉を軽くノックした。
コンコン……
「……」
扉の向こうは物音すらしない。
拓真が部屋にいるのは確実なのに……。
もう一回ノックしようかな。
それとも返事が来るのを待った方がいいかな。
でも、何度もノックしてしつこいと思われたら嫌だな。
扉前に佇んでいる和葉は心の中で葛藤を繰り返した。
家に来る前からこんな結果が待ち受けているんじゃないかと思っていた。
だから、返事が届く事さえ期待していない。
思い返してみれば、今日は丸一日平行線だった。
拓真はまともに取り合ってくれないし、怒りが収まらないのはわかっている。
きっと私が拓真の立場でも同じ対応だろう。
でも、こうやって何かしらアクションしないと前に進めない。
「部屋にいるんだよね。きっと、私の話なんて聞きたくないかもしれないけど、伝えたい事があるの」
「……」
和葉は部屋の扉の外から聞こえるように少し大きな声を出したが、相変わらず扉の向こうは無反応だ。
しかし、めげてはいけない。
散々悩んだ挙句、足を向かわせたのだから。
それに加えて今日は運良く栞がいない。
だから、間に壁が挟まれていてもいいから、気持ちだけは伝えようと思った。
「私……、今日中に伝えたい事がある。これは、大事な話。今から話すから聞いてほしい」
和葉は肩が竦むほど緊張しているが、一旦気持ちを落ち着かせる為にすうっと大きく息を吸い込むと、拓真の身体に触れるかのように扉に右手を添えた。
「嫌な思いをさせて、心から傷つけて……ゴメンなさい。私……そんなつもりじゃなかっ……た」
和葉は次々と湧き上がってくる涙を手の甲で拭いながら、ところどころ揺れるように震えた声で扉越しに語りかけた。
本来なら目を見つめながら伝えるつもりだった。
でも、それが叶わないから扉という境界線の外に。
まるで牢獄の囚人のように……。
手を伸ばしても届かない。
その上、閉ざされた扉は反省の色すら見せる事が出来ない。
ただただ、一直線に涙を流すだけ。
「……でもっ、誤解はされたくない。確かにあの時は友達と賭けをしたけど、私の本当の気持ちは……」
「帰れ」
拓真は黙っていた口をようやく開いたが、話に終止符を打つかのように冷たく遇った。
和葉は反応があった事に驚いて、ワッと目を大きく開いて扉正面に目線を上げた。
望みがある訳じゃないとわかっているが、呼びかけに応じた事が意外に思った。
「拓真……」
「話なんて聞く気も価値も無い。だから、もう帰れ」
扉の向こうから浴びせられたのは冷ややかな洗礼。
運命の糸が複雑に絡み合ったあの日から、拓真の気持ちは奥底に沈んでいた。
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