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第十一章
289.和葉という存在
しおりを挟む拓真は栞と別れてから一度自宅に戻って着替えを終えると、畑に足を出向かせた。
畑は自分にとって心安らぐ場所。
平日の午前中の時間帯は近所の人にお手伝いしに来てもらっている。
だから今は広大な畑に一人きりに。
拓真はそら豆が植えてある敷地に移動してしゃがみ込み、冷害予防として苗の周りの敷き藁をめくって、土の感触を確かめてから香りを嗅いだ。
ーー土はまだ春の香りがしない。
ざらついた感触と冷たい感覚。
しかし、敷き詰められている藁の隙間から力強く育ってる苗は、春を迎える準備を着々と進めている。
拓真は風で髪と服を靡かせながら大地の香りを全身に浴びながら、これまでの自分を振り返っていた。
思い返してみれば隙間だらけの人生だった。
教育熱心な両親の元で育ち、名門校に通いながら窮屈に詰め込まれた習い事に疲弊した日々を送っていた。
仕事で多忙な両親と海外留学してる姉によって、毎日一人きりの夕食。
やがて自立心が生まれると、自分が何を目指して頑張っているのかを彷徨って非行へ走った。
拳を振り回していた瞬間は孤独から解放されていた。
何度も警察沙汰を起こして両親に迷惑かけたのは言うまでもない。
そんな中、幼馴染として共に育ってきた栞は、あっさり見捨てた両親とは違った。
わざとバイクに轢かれたという真実を打ち明けたけど、早く目を覚ましてもらおうと思って怪我をする覚悟で更生させてくれた。
しかし、栞は転勤で街を離れてから音信不通に。
かと言って、事故がリセットされた訳ではなく、心に傷を負ったままもどかしい時間ばかりが過ぎていた。
事故の日が人生の分岐点になって、いつしか人との関係を遮断するかのように自分の殻に閉じこもるように。
一人になりたかった。
そう思った理由は、自分が原因でこれ以上人が傷付くのが嫌だったから。
そして、進学を機に名門校を辞めて公立校へ進学。
新しく人生をやり直すつもりでスタートした。
ところが、人間関係を遮断して穏やかな生活を送っていた最中、突如として邪魔が入った。
ーーそう、それが和葉。
アイツは何だかんだ理由をつけては接近して来て、しつこいしウザいなって思っていたけど、事故を起こしたあの日から笑顔を失っていた俺に、再び潤いを与えてくれた。
声を上げて笑える日なんて、もう二度と来ないと思っていたのに……。
最初はバカでエロくて変な奴だと思っていたけど、中身を知っていくうちに栞との思い出が上書きされてしまうほど大きな存在になっていた。
そんな中、1年前に街を離れた栞は何の前触れもなく戻ってきた。
俺に会う為に父親の反対を押し切って来たという。
あの時は酷く驚いたけど、一生償っていくという決心は揺るぎない。
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