288 / 340
第十一章
288.嘘をついた理由
しおりを挟む深い事情があったとしても、命をかけてまでバイクに轢かれたいと思わない。
さすがの私もこれからバイクに轢かれるのを想定して、自ら飛び出す勇気はない。
ーーそう、いま拓真に大きな嘘をついた。
あの時は、バイクの進行方向に身体を寄せてなんていない。
記憶が間違っていなければ、拓真がハンドルを切った瞬間にはもう轢かれていた。
次に目を覚ました時は病院のベッドの上。
両親から事故の状況の説明を聞いたのは、一晩経った翌日の朝の事。
涙で瞼を腫らした母親の顔を見た瞬間、私は今回の事故の大きさを知らされた。
そして、ふくらはぎに刻まれてしまった傷跡は、永遠に残されてしまうものだと……。
傷があまりにも大きいから、この傷と一生付き合っていかなきゃいけないと思うと、やりきれないけど……。
退院後、自宅の玄関の外で父親に怒号を浴びせられて突き返されながらも、毎日土下座をしてまで謝りに来てくれていた拓真が誠意を示している姿を見たら、謝罪を受け入れる以外方法が見つからなかった。
そこには14年という長年の愛があったから。
事故から1年以上経っても、彼の心には根強く事故の爪痕が残されていた。
口から咄嗟に飛び出した嘘を素直に信じてしまうほど、罪悪感に塗り固められている。
だから、この嘘すら信じるか信じないかといった、賭けの中のうちのたった一つにしか過ぎなかった。
私が拓真に嘘をついた理由は三つ。
一つ目は、話を最後まで確実に聞いてもらう為。
二つ目は、被害者の自分から、拓真が抱えていた事故のショックを軽減させようと思った為。
三つ目は、気持ちを確かめる為。
でも、本当は薄々気付いていた。
拓真が傍にいてくれる理由が。
冬休みに2週間ほど離れ離れで過ごしているうちに、何となくこうではないかといった結論に辿り着いてしまった。
しかし、この答えが本当かどうか確信が持てなかったから、敢えて事故の話を蒸し返した。
拓真のお爺さんが亡くなって代々受け継がれて来た畑を守ろうとするほど責任感が強い。
だから、好きでもない私に事故の責任を果たす為に交際にイエスの返事をした。
実際恋人になって隣から顔を眺めていても、私と恋をしたいような目つきではなかった。
恋人として傍にいてくれるけど、拓真の目が自然と和葉さんを追ってると感じた瞬間から心のズレが始まっていた。
それに、以前和葉さんの男友達が言っていた『深い絆』という意味も、時間をかけながら考えていた。
そして、最終的に考え抜いた結果、それが恋愛に当てはまらないと思ったから、情という意味に捉えた。
しかし、情は恋ではない。
だから、その情というものは何処で大きな変化を迎えたかと思って再会する以前の記憶を遡ってみたら、拓真が起こした接触事故に繋がった。
謝罪を受け入れてから、心を繋ぎとめていたのは事故じゃないと思い込んでいたけど、拓真は想像以上に怪我に対する恐怖心が植え付けられていた。
それに加えて『これから二人にどんな障害が起こっても関係は揺らぎないんだね』と言ってた彼の言葉が、最後の賭けに出るきっかけの一つに。
事故が原因で繋がり合う関係なら、この先も愛してもらえないと思った。
過去も今もずっと大好きだからこそ欲深くなってしまった。
本当は別れ話なんて口にしたくなかった。
手放したくなかった。
長年ずっと拓真だけを想っていたから。
でも、好きになってもらえないなら意味がない。
この先も一生片想いじゃ辛いから、最後に下した判断はきっと間違っていなかったはず。
だから、これで良かったんだ……。
「……バカ。嘘を鵜呑みにしないでよ。今日まで頑張ってきたのが虚しくてたまらないよ」
拓真の視界から完全に姿を消したと同時に、涙で頬を濡らしていた栞は、思わずひとり言が漏れた。
だけど、毎日何処と無く辛そうにしていた心を少しでも解放してあげたいとも思っていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる