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第十一章
286.心の眼差し
しおりを挟む「どうしてそんなに素っ気ないの? 私達は恋人じゃないの? ……私は、ただ拓真の笑顔を見たいだけなのに」
「別に冷たくしてるつもりはないけど……」
「それに、何処かに遊びに行こうとか、今日何があったの?とか、恋人なのに心を通わせる会話が出来てない。どうしたら以前の拓真に戻ってくれる? あの時のようにまたわざとバイクに轢かれたら、まともに話してくれるの?」
絆創膏を貼るスペースがなくなるほど無数の傷を心に負っていた栞は、拓真の背中に向かって声を震わせながら衝撃的なひと言を放った。
すると、拓真は『わざとバイクに轢かれたら』という驚愕的な言葉を耳にした瞬間……。
苛立っている自分を忘れてしまったかのように、大きく目を見開いて後方へと振り返った。
「バイクに轢かれたのは……、わざ……と」
酷く仰天するあまり、思わず声を詰まらせた。
1年前の秋。
無免許運転で接触事故を起こしてから栞に罪悪感を抱いていた。
事故を起こした直後、バイクの前でぐったりと意識を失っている栞を見た瞬間、我を忘れるほど泣き崩れた。
心の弱さと人としての未熟さが、大切な人を傷付ける結果に。
後に後悔という二文字だけが残った。
ショックでやりきれない気持ちに押し固められたまま、愕然と肩を落として流していたあの時の涙の量は計り知れない。
更に病院でふくらはぎに一生残る傷跡を目の当たりにした瞬間、責任を取る事を決めた。
一度は街を離れたけど、自分に会う為に街へと戻って来た再会後、告白してきた栞との交際を決意。
栞からの希望に背くなんて許されないと思った。
事故を起こした直後からフラッシュバックしてしまうほど、辛くて苦しい記憶として胸に刻まれていた。
そして今、突然明かされた衝撃的な過去。
動揺するあまり、事故の記憶がかき乱されてしまったかのように頭の中が真っ白になった。
「事故を起こした時は気が動転して記憶が曖昧だったかもしれないけど……。拓真はバイクで私を避ける為にハンドルを切ったけど、実は私もバイクと同方向に身を寄せたの」
「えっ!」
「あんなに大怪我になるとは思わなかった。あの時、私が同方向に動かなかったらバイクに轢かれなかった。だから許したの」
「嘘だろ……」
「……これでようやく耳を傾ける気になった? 過去の話を蒸し返したくないけど、事故の話を引き合いにすれば聞いてくれると思ったから」
「でも、その話だとわざと轢かれた事にはならない」
「私はバイクが止まる事を信じて飛び出した。こうでもしないと拓真が変わってくれないと思ったから。それに、私はどんな時でも身体を張って頑張ってるのに、拓真ったらちっとも私を見てくれないんだもん。いい加減、参るよ」
栞は事故の話を引き出すと、手のひらを返したようにハキハキした態度を見せた。
拓真の家で再会したあの日から内気な態度を見せていたが、一度本音が出て行くと、パンパンに膨れ上がっていた風船に小さな穴が空いてしまったかのように積み重なっていた思いが次々と吐き出されていった。
「14年片想いを続けてようやく恋人になったのに、温もりの感じない恋愛を続けていても意味がないの。拓真がイエスの返事をくれた時は最高に幸せだったのに、今日まで心の眼差しが向けられてないよ」
と、悲しい眼差しが向けられる。
拓真は今まで和葉の事で目一杯になっていたが、黙って聞いてるうちに栞が言ってる意味が理解出来た。
その中でも、『心の眼差し』というキーワードが妙にひっかかった。
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