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第十章
280.背中から届いた泣き声
しおりを挟む今日は絶望を味わった日の二日後。
拓真に弁解をしたい一心のこのタイミングで、二学期の終業式の日を迎えた。
あの日から丸二日間、拓真は校内でバッタリ会っても目すら合わせてくれない。
僅かな休み時間に拓真のクラス付近に出向いて栞がいない隙を狙って「話をしよう」と、声で引き止めたりしたけど……。
私が透明人間になってしまったのような扱いに。
少し前に話したそうにジッと見つめていた頃の拓真はもうどこにもいない。
今は出会った頃以上に最低最悪な状況を迎えている上に、ここ二日間は生きた心地がしなかった。
しかし、先日父親にアドバイスしてもらったように、しっかり誠意を尽くしてこの状況を打開しなければならない。
いま以上に嫌われても構わないから、せめて誤解だけは解きたい。
でも、誠意とはどのように尽くしたらいいのか……。
布団に潜り込んで二晩考えても答えは見つからなかった。
何故なら、この17年間一度たりとも人に誠意を尽くした事がないから。
幼い頃から母親に放ったらかしにされて、男にちやほやされて生きてきたから、誠意を尽くすという言葉自体無縁だった。
適した答えが見つからない和葉の心は再び迷宮入りに。
下校時刻はとっくに過ぎていたが、和葉は北校舎一階の非常階段に腰を下ろして、一人で泣きべそをかいていた。
今日は友達と一緒に帰る気分になれなかった。
それに、HRを終えてからすぐに帰宅しなかった理由は、拓真の事が名残惜しかったから。
明日からいよいよ冬休み。
休み明けまで二週間ほど弁解するチャンスを失ってしまう。
拓真はもうとっくに下校しただろうし、こんなところで泣いていても無意味なのに、気持ちが足を引き止めている。
和葉が非常階段でシクシク咽び泣き始めると、開きっぱなしの非常階段の扉の裏側で腕組みしながら壁にもたれかかってる敦士の耳に泣き声が届いた。
敦士は、肩を落としながらふらりと教室を出て行った和葉を見かけたと同時に、いてもたってもいられなくなって後を追った。
泣き声がこもったように小さくなっていくと、敦士は扉の向こうから少し顔を覗かせた。
すると、和葉は踊り場から3~4段上の非常階段に座って両手で顔を覆って肩を震わせたまま静かに泣いていた。
敦士には、和葉が失恋したあの時と同じように、今にも消えて無くなりそうなほど精神が崩壊しているように思えた。
「またあいつ泣いてんのかよ。……参ったな」
思わずひとり言が漏れて苦笑すると、再び扉の裏側に回って右手でくしゃくしゃっと髪をかいた。
失恋して相手を忘れられないのは、和葉だけじゃない。
敦士も和葉が忘れられず毎日のように苦しんでいた。
だから、泣き顔や消沈している姿を見ると、自然と気分が沈んでしまう。
しかし、これは和葉が一人で乗り越えなければいけない試練。
だから心を鬼にして静かに見守らなければならない。
「俺、人一倍お節介で損な役割ばかり買っていたけど……。こうやってお前が一人で泣いていても、もう手ェ貸さないよ」
背中越しに泣き崩れている和葉に手を差し伸べない理由は、自分の為でもある。
そして、和葉が今後自分の力で未来を切り開く力を得ていく為に、自分達にはこの距離感が必要だと思った。
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