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第十章
273.キャラ弁
しおりを挟む最後まで拓真と向き合えなかった和葉は、涙で頬を濡らしながら帰宅した。
道中の足取りは重かった。
瞬きは涙を流し出すポンプのよう。
顔を隠すように当てていたハンドタオルは、もうこれ以上涙が吸い込めないほど、ズッシリと重く湿っている。
冬休み目前で午前日課の期間に入っていたから、家に到着したのは14時過ぎだった。
カバンから家の鍵を取り出して、玄関扉を開けた。
誰もいないシンとした家。
玄関には心が安らぐ香りが漂ってくる。
いつも帰りを温かく出迎えてくれる父親は今は勤務中。
母親は結婚してから毎日21時から22時くらいに帰宅して、そのまますぐ寝室に入ってしまう。
極端な話、母親は家族の一員なのに週末くらいしか顔を合わさない。
だから、今日も家にいない。
体調があまり良くないはずなのに、一体毎日どこをほっつき歩いてるかわからない。
最近は比較的顔色が良くて吐き気や頭痛も治っている様子。
体調不良の原因や病名は未だに伝えられていない。
それまでは人に言えないほどの重病だと思っていたけど、実はそんなに深刻じゃないのかも。
ダイニングテーブルには、一人分のお弁当箱とその隣にメモが置いてある。
当然、お弁当を作ったのは父親だ。
ーーあれは、まだ幼稚園生の頃。
仕事で明け方まで帰って来なかった母親は、帰宅途中で買ってきたコンビニ弁当を小さなお弁当箱に詰めて持たせていた。
他のお友達のお弁当の中身を見た時点で、心のこもり具合に気付いた。
愛情のカケラもないお弁当を食べていたから、母親とは似ても似つかぬほど背が伸びなかったのかもしれない。
それでも、他の子と同じようにお弁当を持たせてくれた事を感謝していた。
早速、メモを手に取って読んだ。
『おかえり。今日は和葉ちゃんの好きな卵焼きを入れておいたよ。父より』
拓真と心の距離が開いて精神的に病み始めた自分には、粋な計らいが沁み渡っていく。
カバンを椅子の上に置いてお弁当箱の蓋を開けると、中身は学校に持って行くようなお弁当ではなくて、タコさんウィンナーとハート形の卵焼きに加えて、小さなおにぎりには海苔パンチを使って笑顔の人が描かれている。
そう……。
これは、紛れもなく幼稚園児に持たせるような可愛らしいキャラ弁。
自分が幼稚園児だったら、このお弁当を見た途端間違いなく喜んでいた。
ううん、幼稚園児じゃなくても嬉しい。
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