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第十章
268.まつ毛に敷き詰められた涙
しおりを挟む廊下の角を曲がって栞の視界から姿を消すと、崩れた表情と共にひとり言を呟いた。
「はぁ~。女の子相手に何であんなにムキになってんだろ……。らしくねぇな」
お節介を重ねてキツく当たった結果、憂さ晴らしに近い状態になってしまった。
しかし、栞が少しでも和葉の気持ちを理解してくれるキッカケになるなら、恨みを買われても構わないとも思っている。
涙を流す和葉の残像が胸に刻まれている限り、まるで操り人形になってしまったかのように不思議と身体が動いてしまう。
恋と言うモノは、時に人を惑わせる。
友達関係を解消してから、和葉と出会う以前のように振る舞ってみるが、最終的には恋心に勝てない。
そこには、女子一色に染まっている無様な自分はいない。
女子に好かれたいとか、嫌われたくないとか、建前の自分を守り通そうと思う以前に、和葉以外の女子が瞳に映らなくなってしまっている。
だから、栞に言いたい事を伝える事が出来た。
好きと言う気持ちは簡単に消えない。
楽しかった思い出を消去ボタンのようなもので消す事が出来たら、どんなに楽になるのか。
失恋したばかりで傷心した日々を送っているが、やっぱり好きな子にはずっと笑顔でいて欲しいと思うのが本望だ。
これから先も幸せでいて欲しいと願うのは、贅沢な願いのうちに入るのだろうか。
廊下に一人取り残された栞は、はち切れそうなほど強く唇を噛み締めて爆発しそうな感情を押さえ込んだ。
隣から微笑みかけても、日々消失していく拓真の笑顔。
毎日一緒に居ても一向に傾かない気持ち。
思い切って唇を重ねても揺れ動かない感情。
どんなに努力をしても満たされる事のない心。
長年夢見描いていた恋愛は、日を追う毎に寂しさに拍車がかかっていく。
そして、自分達の恋愛の最大の欠点は、誰にも祝福されない事。
農作業のお手伝いに行った時、拓真のお婆さんは和葉さんのモンペを何度か間違って持ってくる時があった。
それが何度か繰り返されてるうちに虚しくなった。
モンペを見る度に不満に思っていたけど、込み上げてくる感情を表沙汰にしないように笑顔の仮面を被った。
和葉さん用に作ったモンペなんて着たくない。
私は和葉さんの代わりじゃないのに……。
でも、モンペを間違えられた事よりもショックだったのは、一年という時を刻んでいるうちに、拓真の中の何かがゴッソリと塗り替えられてしまった事。
一年前に別れたあの時と今では、まるで別人のように。
思うところはあって見て見ぬ振りをしても、やはり過去の拓真には戻らない。
それどころか、私達の関係が右肩下がりになってるような気がしてならない。
拓真が和葉さんに向けている切実な眼差しが、全てを物語ってるように思えて仕方がない。
両親から転勤すると伝えられたあの時、素直について行かなければ良かった。
拓真に嫌悪感を抱いている父親に言われるがままに連絡を断たなければ良かった。
それに、無理を言ってこの地に残っていれば、拓真の気持ちに変化が訪れる事はなかったのかもしれないのに……。
敦士に本音が伝わらぬままになってしまった栞は、散々嫌味を言われて嫌な想いだけが残されてしまった。
しかし、これ以上口を挟んだとしても、和葉の味方をしてる限り自分の想いは聞き入れてもらえない。
だから、一方的な見解に納得がいかなくても敦士の後を追うのを辞めた。
「なによ……。辛いのは和葉さんだけじゃない。私だって十分苦しんでいるのに……」
悔しい想いばかりが植え付けられてしまった栞のまつ毛には、ビッシリと涙が敷き詰められた。
しかし、煮え滾るような感情は歯を食いしばって我慢する他ない。
いつも誰かに大切に思ってもらう和葉がとても羨ましく思う反面、羨まし過ぎるあまり憎く感じた。
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