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第十章
258.連れて来られた音楽室
しおりを挟む失恋してから一ヶ月経った日の放課後。
敦士はリュックを背負ったまま和葉の教室の後方扉の横から声をかけた。
敦士「和葉~。帰ろ~」
和葉「うん、いま行く! 祐宇、凛、またねぇ~」
凛「うん、ばいばーい」
祐宇「和葉、また明日ね」
最近敦士と二人きりで帰るようになっていた。
敦士は本音を話せる大切な友達の一人。
拓真の話や家族の事など何でも話した。
自分でもどうしてかわからないけど、敦士なら裏切らないような気がしていたから。
いつも一緒にいるから付き合ってるんじゃないかと噂されるけど、自分の中で友達として確立している限り何とも思わない。
和葉は敦士の元へちょこちょことした足取りで向かうと、敦士は無邪気に微笑んで手を強く握りしめた。
「じゃあ、行こっか」
そう言うと、スタートを切ったかのように廊下を走り出した。
「えっ……。何っ?」
教室からいきなり走らされて一瞬頭がパニックに。
長い髪を後ろに一つに束ねている敦士の揺れる髪を目に映しながら、廊下にまばらに立つ生徒の間を掻き分けて行く。
風圧によって前髪は上がっておでこは全開に。
途中転びそうになったけど、敦士がしっかり手を握っているから転倒せずに済んだ。
「ねぇ、どこに行くの?」
「ナイショ」
流し目で振り返った後は何も教えてくれなかった。
教室が並んでいるフロアの廊下を走り、階段を駆け上がってからまた廊下を走る。
黙って走らされている和葉だが、拓真が栞と再会する直前に手を握りしめて校内を走り去った事を一瞬思い出した。
やっぱり、誰と一緒にいてもどんな場所であっても、拓真との思い出が蘇ってしまう。
和葉は幸せだったあの日を思い浮かべた途端、自然と涙が滲んだ。
敦士が足を止めた先は、第一音楽室の前。
音楽室の扉を開けると、お先にどうぞと言わんばかりにスッと右手を伸ばした。
「さ、中に入って」
「音楽室の鍵はたまたま空いてたけど、勝手に侵入しちゃっていいのかな」
「いーのいーの。学費払ってるから」
「そーゆー問題? しかも、学費を払ってるのは親だし」
敦士にツッコミを入れつつも、音楽室の中に足を踏み入れる。
しかし、誰もいない音楽室に侵入するのはあまり気が乗らない。
防音設備が整ってるせいか殺風景に思えた。
漆黒のグランドピアノの奥には黒板。
その向かい側には、生徒が使用する椅子が複数並んでいる。
中に入ったのはいいけど、どこに座ったらいいかわからないから、とりあえず奥のグランドピアノの椅子に座った。
生徒がグランドピアノを触る機会はほとんどない。
だから、椅子に座るだけでも緊張してシュッと背筋が伸びる。
グランドピアノの鍵盤蓋を開くと、艶やかな鍵盤が顔を覗かせる。
その途端、音を鳴らしてみたいという衝動に駆られた。
ポーン……
人差し指で鍵盤を鳴らして音を響かせると、敦士は和葉の隣に腰を下ろした。
グランドピアノの椅子は小さくてお互いの肩が触れそうなほど接近している。
すると、敦士は鍵盤に目を向けたまま言った。
「告白の返事、そろそろ聞かせてくれない?」
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