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第九章
254.長引く失恋の痛手
しおりを挟む身が凍るような寒空の中、和葉は弱々しい日差しを浴びながら誰もいない体育館前の花壇に腰を下ろした。
そして、父親が早起きして作ってくれたお弁当箱の蓋を開き、ご飯から先に突っつき始める。
最近、敦士のお弁当と交換していたから、父親の手作り弁当を食べるのは久しぶりの事。
失恋がこんなに長く引きずるなんて……。
過去の恋愛は一体何だったのかと思うくらいに。
拓真を避けている上に敦士に支えてもらうご都合主義な日々。
しかも、拓真の顔を見た途端、簡単に心が乱されてしまうヤワな自分が虚しい。
手作り弁当の優しい味がじんわり伝わってくると、父親の優しさに負けて思わず涙が滲んだ。
拓真……。
さっきは久しぶりに見たけど、随分元気そうだったね。
栞は相変わらず首ったけなんだね。
幼い頃から10年以上も一途に思っていたんだもんね。
拓真も栞がずっと好きだったんだよね。
あ、そうだ。
最近畑に行ってないけど、今はどんな様子なのかな。
雑草は生えていないかな。
私が手入れした作物はちゃんと育ってるのかな。
拓真と一緒に種を蒔いた大根は、もう立派に成長して収穫したのかな。
失恋した日に酔っ払って記憶がないまま家に行ったけど、畑には栞と一緒に作業をした日以来行っていないから様子が気になる。
これからは栞がいるから私が心配するほどでもないかな。
でも、一番気掛かりなのは拓真のお婆さん。
もう二度と会えなくなってしまったけど元気にしてるかな。
ここ最近、朝晩がグッと寒くなって冷え込んできたけど体調は崩してないかな。
週末の朝に拓真家のインターフォンを押すと、お婆さんはいつも笑顔で出迎えてくれたもんね。
そんな私が急にパタリと姿を見せなくなったから、きっと心配してる……。
お婆さんと最初に会った時は、勝手に髪の毛を黒に染められて嫌な思いをしたから第一印象は最悪だった。
本当にこの人とは合わないんだなぁ…って決めつけていたけど、私を本物の家族のように受け入れてくれた。
ぴったりサイズに作ってくれた唐草模様のモンペも、着ているうちに愛着が湧いたよ。
それに、愛情がたっぷりこもった手料理が好きだった。
勿論父親の手料理も好きだけど、長年作り慣れている手料理は、愛情に満ち溢れた家庭の味だと教えてくれた。
でも、もうこれからは二度と食べれないと思うと、今は無性に恋しい。
今は敦士のお陰で涙を流す日は少なくなったけど、拓真の顔を見た瞬間はフラッシュバックしてしまったかのように辛い記憶が蘇ってきた。
でも、それは拓真への想いが残ってる訳じゃなくて、失恋の後遺症なのかもしれない。
和葉は拓真との思い出をボーッと思い描きながら、お弁当の中身を突っついてると……。
駆け寄って来る足音が止まったと同時に、人の気配と大きな影が出来た。
カンカンに照らされていた日差しは、目の前の人物によって遮られる。
和葉はふと見上げると、そこには先ほどまで一緒にいた敦士の姿が。
目元は安堵したように緩んでいる。
「こんな所にいたの? 随分探し回ったよ」
「敦士……」
敦士は息を切らしながら隣にドカッと音を立てて座り、和葉の膝に置いてあるお弁当を取り上げて、自分のお弁当袋を目の前に差し出した。
「お前が食うのはこっちの弁当!」
「でも、もう箸をつけちゃったから」
「構わないよ。お前はこっちの弁当食いな」
敦士は和葉がお弁当袋を受け取らない様子を察すると、無理矢理交換した。
和葉が先ほどまで食べていたお弁当を自分の膝に置くと、何事もなかったかのように箸を突っついて食べ始める。
さっきは急に敦士の元から走り去ったのに、校内を探し回ってくれた挙句先ほどの件に蓋をした。
ここ数週間、敦士の気持ちなど考えずに身勝手な行動を取っていた自分に歯がゆさを感じていた。
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