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第八章
230.『お帰り』
しおりを挟む和葉は外出する際に、父親にハナちゃんの世話を頼んだ。
ほぼ丸一日部屋に不在じゃ可哀想だと思ったから、留守の間だけでもと思った。
ハナちゃんとはほぼ一方的な喧嘩をしつつも溺愛している。
父親は寝室に鳥かごを移動させた後、ベッドに横になっている母親の為に、一口大にカットしたリンゴをお皿に並べて部屋に持ってきた。
「葉月、頭痛はまだ落ち着かない?」
「思ったよりも長引くわ。それより、ハナちゃんがさっきから何かぶつぶつ言ってうるさいんだけど……」
「ハナちゃんは驚異的なスピードで言葉を覚えるから、教えてもらった言葉を忘れないように復唱しているんだろう」
父親は優しく目尻を下げると、持って来たお皿をサイドテールに置き、鳥かごの中を覗き込んだ。
最近お弁当を3分の2も食べなかったり、暗い顔をしている様子を心から心配していた父親は、日頃から和葉の気持ちを代弁しているハナちゃんが何を語っているのかが気になってそっと耳をすませた。
ところが……。
「タクマ ノ オタンコナス。タクマ ノ オタンコナス」
ハナちゃんがしきりに呟いていたのは、和葉の悩みじゃなくて拓真の悪口。
記憶力の良いハナちゃんは、家を出る直前まで和葉が呟いていた言葉をすぐに記憶していた。
「あはは……。和葉は好きな人とケンカでもしちゃったのかな?」
「へぇ、あの子好きな男がいるんだぁ」
母親は、和葉の好きな人の件は初耳だったが、以前からハナちゃんの呟きを聞いていた父親は苦笑いをしながらカゴから離れた。
しかし、インコはオウムほど賢くない。
人間が何度も繰り返す言葉を聞いて、少しずつ言葉を覚えていく。
ハナちゃんは最近覚える言葉が多くて、途中から話していた言葉がわからなくなってしまった。
だが、記憶を辿って思い出した単語を再び並べて語り始める。
「カズハ ノ オタンコナス カズハ ノ オタンコナス」
拓真の悪口は、いつしか和葉の悪口へ。
いま外出中の和葉は、悪口がいつしか我が身に降りかかっている事も知らずに……。
「あはは……。覚えたての言葉が途中で混ざっちゃったのかな」
「やるわね、ハナちゃん。さすが和葉のペット」
母親はハナちゃんに言葉を教えている和葉を一瞬だけ想像して、父親と同じく苦笑いを浮かべた。
父親は母親のベッドの横に座ってリンゴにフォークを刺して手渡すと、母親は言った。
「さっきの和葉、ちょっと様子がおかしかった。また以前みたいにプチ家出して帰って来なかったらどうしよう……。いまさら娘への愛情のかけ方がわからなかったなんて言い訳しても理解してもらえないだろうし」
「大丈夫。葉月の心配はきっと届いてるはず。でも、葉月が心配してる気持ちを口に出してみたらもっといいだろうね。和葉が帰って来たら気持ちを伝えてあげればいい」
「何て伝えたらいいの?」
「『お帰り』のひと言でいいと思うよ」
「……え、それだけ?」
「今の和葉にはそのひと言だけで十分に伝わる。葉月が家で待っているという事を素直に伝えてあげればいい。あの子は賢いから、それだけでちゃんと伝わるよ」
アドバイスを受け取った母親は、和葉に一度たりともかけた事のない言葉に少し考えさせられた。
母親が和葉に挨拶を言わないのには理由があった。
それは、人として未熟だったのが最大の原因だが、実家が自営業を営んでいて水商売の両親とは昼夜逆転したすれ違いの生活が続き、普段から挨拶が習慣付いていなかったから。
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