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第八章
229.押せない発信ボタン
しおりを挟むこれから誰に電話しようかな……。
一体、この気持ちを誰に吐き出すのが一番の正解なのかな。
私の恋心や拓真と栞の関係を知ってる愛莉とか?
……ううん、愛莉はダメ。
もしかしたら、拓真達が交際を始めた事をまだ知らないかもしれないから、私の口からは言えない。
しかも、恋のライバルの私から聞かされたくない上に、二人一緒に地獄の気分を分かち合いたくないよね。
あ……、その前に携帯番号知らなかった。
最近、お互い少しずつ歩み寄るようになったけど、栞が加わってゴタゴタしていたせいか携帯番号を聞くタイミングがなかった。
中庭に行かなくなるまで毎日のように顔を合わせていたのに、近くにいても案外相手の事を知らないもんだね。
そうだ!
敦士を誘って気分転換に二人で飲みに行こうかな。
お酒でも飲んで思いっきり酔っ払っちゃえば、一瞬だけでも辛い気持ちが癒えるかもしれない。
敦士だったら私の恋心に気付いてるから、少しでも元気付けてくれると思うし、『辛い時は傍にいてあげる』って言ってくれたし。
きっと誰よりも私の気持ちを理解してくれるかもしれない。
うん、決めた!
今から敦士と会おう。
電話帳で敦士の番号を検索……っと。
あったあった、吉田敦士。
名前をタップしたから、あとは発信ボタンを押すだけ。
発信。
発信……。
しかし、電話帳になぞった指先は、まるで時が止まってしまったかのように思い止まっている。
人差し指で一度タップするだけなのに。
発信ボタンに向けてあと1センチ先に指が向かうだけなのに……。
ボタンまでのあと少しの距離に心が引き止めている。
和葉は指先を軽く折り曲げてゆっくり手を引いた。
ダメ……。
やっぱり会えない。
実質フリーだから敦士と二人きりで会っても問題ないけど、ヤケクソ状態で会うのは危険だ。
お酒を飲んで酔った勢いで一線を越えてしまいそうな気がする。
寂しさを紛らわす為に男の温もりに包まれていた過去のように、また同じ過ちを繰り返そうとしている。
もう、二度と過去の自分には戻りたくないと思っているのに……。
それに、敦士は私を好きでいてくれるから、自分が思うように気持ちを利用してしまう可能性も。
それに加えて、数時間前拓真の香りに包まれたばかりなのに、他の男の香りを被せてしまってはいけない。
失恋したけど、今日だけは拓真の香りを身体に残しておきたい。
だから、電話するのをやめた。
和葉は再び電話帳一覧に戻り、次は祐宇の携帯番号をタップした。
最終的に友達を選んだ理由は、拓真と無関係な祐宇と凛の方が素直に甘えられると思ったから。
プルルルル…… プルルルル……プツッ
『あ~、和葉? こんな時間にどうしたの?』
「祐宇~、いま暇? ……ねぇ、これから飲みに行かない?」
和葉は何事もなかったかのように明るく振舞ったが、祐宇は『バイトがあるから』と断る。
しかし、和葉はしつこく粘り倒すと、祐宇は根負けしてバイトを休んで飲みに行く事を了承した。
和葉は祐宇の電話を切った直後、次は凛に電話。
「あっ、凛? 今日、祐宇と三人で飲みに行こうよ! 祐宇は来てくれるってさ」
すると、凛も祐宇と同様『彼氏とデート中だから遊べない』と断る。
スピーカーから男の声が聞こえていたが、今日はどうしても凛を譲ってもらいたかったので、彼氏に浮気じゃないかと疑われぬように電話を代わって説得を試みた。
何とか彼氏の了解を得ると、凛は飲みに行く事をOKする。
二人に飲みに行く約束はしたけど拓真の話をする訳じゃない。
ただ、今日は一人でいるのが辛いから少しでも気を紛らわせたいだけ。
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