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第六章
164.小さなお願い
しおりを挟む拓真と一緒に過ごしている間、この一週間毎日敦士に付きまとわれていた事なんて、頭の中から消え去っていた。
拓真しか胸が熱くならない。
他の男じゃ代わりがきかない、胸の中を奏でる恋の音。
これが、本物の恋なんだね。
今こうしていられるのは、度重なる偶然とほんの一握りの運命が重なった結果。
キッカケがなかったら突き放され続けていたかもしれない。
冬に向けて一日一日と時を刻んでいくうちに、日が落ちるのも早くなった。
全身を包み込む冷たい風で、ゾクッと身震いをする回数も増えた。
「もうこんな時間か。日没がだいぶ早くなったね」
今日もいつも通り、街灯を浴びながら拓真と一緒に駅に向けて歩いた。
日の入りで空が暗くなると共に別れが寂しくなっていく。
何処となく人恋しい気分になるのは、季節が秋を迎えたからかな。
今日は丸一日拓真の傍に居たけど、明日からはまた昼休みの10分と、放課後の10分しか会えない。
一方通行な恋は、時に寂しく思う。
どんなに頑張っても結果が出ない。
ゆっくり恋を進めていこうと思っていたけど、人間だから欲が出る。
いつもと一緒じゃダメな時もあるし、満足出来ない。
だから、たまにはわがままを言わせて。
「ねぇ、お願いがあるの。聞いてくれる?」
「……お願い? また、変なお願いじゃないだろうな」
「あはは、バレた?」
「またかよ。……ちなみに何? 話くらいは聞いてあげる」
街灯を浴びている拓真は光が反射して潤んでいた瞳を向けた。
艶やかな黒髪は小さく風に揺れている。
教室でいつも柵の外に追い出されているけど、今は柵の中。
誰よりも身近に感じている。
恋の音がトクトクと優しく奏でているから、ほんの少しだけ勇気を出せそうな気がする。
「今日だけ手を繋いで。これ以上のワガママを言わないから。………お願い」
返事を待たずに後ろから拓真の手を取りギュッと握りしめた。
いつものように振り払われる覚悟の上で。
恋の進展なんて期待してない。
でも、拓真を振り向かせる為に頑張ってるし、辛い事があっても戦ってるし、そっと寄りかかりたくもなる日があるから、今日だけは小さなご褒美が欲しかった。
拓真は冷たい指先の感触が伝わって隣に目を向けると……。
口角を上げつつも固く結んだ口元。
地面へ向ける寂しそうな眼差し。
普段とは違って元気がない。
和葉の心境を察した途端、こう言った。
「今日だけだよ」
軽く瞼を伏せると和葉の手を優しく握り返した。
繫がり合う手からはじんわりと温もりが伝わってくる。
手を繋ぐなんて、LOVE HUNTERの私には全然大した事がない。
こんなちっぽけな事は他の男と幾度となく経験してきたのに。
どうしてこんなに幸せなのかな……。
手を繋いで幸せを噛み締めているのは、今回が初めて。
嬉しさが込み上げてきて池のように溜まった涙が流れ落ちそうだったから、溢れ落ちないように上を向いて唇を噛みしめた。
お金より価値のある時間。
幸せは一人では作れない。
こんなに小さな事だけど、明日も頑張っていこうと前向きになれた。
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