LOVE HUNTER

風音

文字の大きさ
上 下
164 / 340
第六章

164.小さなお願い

しおりを挟む



  拓真と一緒に過ごしている間、この一週間毎日敦士に付きまとわれていた事なんて、頭の中から消え去っていた。

  拓真しか胸が熱くならない。
  他の男じゃ代わりがきかない、胸の中を奏でる恋の音。

  これが、本物の恋なんだね。



  今こうしていられるのは、度重なる偶然とほんの一握りの運命が重なった結果。
  キッカケがなかったら突き放され続けていたかもしれない。



  冬に向けて一日一日と時を刻んでいくうちに、日が落ちるのも早くなった。
  全身を包み込む冷たい風で、ゾクッと身震いをする回数も増えた。



「もうこんな時間か。日没がだいぶ早くなったね」



  今日もいつも通り、街灯を浴びながら拓真と一緒に駅に向けて歩いた。
  日の入りで空が暗くなると共に別れが寂しくなっていく。

  何処となく人恋しい気分になるのは、季節が秋を迎えたからかな。



  今日は丸一日拓真の傍に居たけど、明日からはまた昼休みの10分と、放課後の10分しか会えない。

  一方通行な恋は、時に寂しく思う。
  どんなに頑張っても結果が出ない。
  ゆっくり恋を進めていこうと思っていたけど、人間だから欲が出る。

  いつもと一緒じゃダメな時もあるし、満足出来ない。


  だから、たまにはわがままを言わせて。



「ねぇ、お願いがあるの。聞いてくれる?」

「……お願い?  また、変なお願いじゃないだろうな」


「あはは、バレた?」

「またかよ。……ちなみに何?  話くらいは聞いてあげる」



  街灯を浴びている拓真は光が反射して潤んでいた瞳を向けた。
  艶やかな黒髪は小さく風に揺れている。



  教室でいつも柵の外に追い出されているけど、今は柵の中。
  誰よりも身近に感じている。

  恋の音がトクトクと優しく奏でているから、ほんの少しだけ勇気を出せそうな気がする。



「今日だけ手を繋いで。これ以上のワガママを言わないから。………お願い」



  返事を待たずに後ろから拓真の手を取りギュッと握りしめた。
  いつものように振り払われる覚悟の上で。



  恋の進展なんて期待してない。
  でも、拓真を振り向かせる為に頑張ってるし、辛い事があっても戦ってるし、そっと寄りかかりたくもなる日があるから、今日だけは小さなご褒美が欲しかった。



  拓真は冷たい指先の感触が伝わって隣に目を向けると……。

  口角を上げつつも固く結んだ口元。
  地面へ向ける寂しそうな眼差し。
  普段とは違って元気がない。


  和葉の心境を察した途端、こう言った。



「今日だけだよ」



  軽く瞼を伏せると和葉の手を優しく握り返した。



  繫がり合う手からはじんわりと温もりが伝わってくる。
  手を繋ぐなんて、LOVE HUNTERの私には全然大した事がない。
  こんなちっぽけな事は他の男と幾度となく経験してきたのに。

  どうしてこんなに幸せなのかな……。



  手を繋いで幸せを噛み締めているのは、今回が初めて。
  嬉しさが込み上げてきて池のように溜まった涙が流れ落ちそうだったから、溢れ落ちないように上を向いて唇を噛みしめた。



  お金より価値のある時間。
  幸せは一人では作れない。

  こんなに小さな事だけど、明日も頑張っていこうと前向きになれた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...