146 / 340
第六章
146.目くそ鼻くそを笑う
しおりを挟むアイツは栄養を盾に云々と語り、味には自信があると言いながらも、まだ料理を一度も口にしていない。
だから、一刻でも早く深刻な状況に気付いてもらわねばならない。
「そう思うなら自分で食ってみて。そんな甘ったるい考え方をしてるって事は、どうせ味見してないだろ」
「たんまりと愛情のこもった料理に味見なんて要る? 料理は愛! 勘で十分だよ」
やっぱり俺の目論見通り……。
しかも、勘で十分な料理を出したのかよ。
「そんなに偉そうに言うなら食ってみ?」
拓真は左口角をピクピク痙攣させてそう言うと、お皿に力強く指をさした。
和葉は毒ばかり吐かれて嫌な気分になりつつも、スプーンでチャーハンすくってパクリと口に含む。
だが、次の瞬間……。
先程から拓真がしつこく言っていた意味がようやくわかった。
「あぁ、こんな感じなんだぁ」
喉が臭い料理を拒否しているが、プライドが邪魔をする。
あー、ヤバ。
塩と砂糖を入れ間違えちゃったみたい。
初歩的なミスをしちゃったのね。
マズイって、そーゆー事ね。
食材の匂いが色々と混ざって生臭いけど、ここを間違えなければ完璧だったかも。
今までプライド一本で生きてきた和葉は、例えそれがNOであっても簡単にNOとは言わない主義だ。
しかし……。
料理を口にしてから頭の中に一つだけ思い起こした事がある。
それは、部屋で寝込んでいるお婆さんの所に、先ほど同じ料理を持って行ってしまった事だ。
和葉の手料理がどうしても受け付けない拓真は、『いいから、俺に任せろ』と一点張りでキッチンに出向いた。
その間、和葉はテレビを見て寛ぎながら待っていると、玉ねぎを炒めた香りが漂ってきて思わずお腹がグゥと鳴った。
料理が完成すると、拓真は両手にお皿を持って居間のちゃぶ台の上に置く。
和葉は拓真の作った料理に興味津々で前のめりになってお皿を覗き込んだ。
「うわぁ、これオムライスだよね?」
「あ……あぁ」
「すごぉ~い! 早く食べよ。お腹空いちゃったよ」
しかし、拓真も和葉と同様、料理をした経験がない。
料理の腕前としては、お互い然程変わらない。
色の薄いチキンライスは卵で包まれてる訳ではなく焦げた炒り卵が乗っかっている。
唯一上手だと思ったのは、波型に太く描いたケチャップのみ。
だが、拓真の手料理が嬉しくて心震わせた和葉は、お腹が空いていたという事もあって早速スプーンですくい上げてパクリと食べた。
味は見た目ほど悪くない。
焦げのついた卵がちょっとボソボソしていて、チキンライスは色が薄くて味はほとんどないが、ケチャップで味が上手くカバーされている。
「美味しい」
感想はもちろん棒読み。
正直、お腹が空いているから何でも美味しく感じる。
敢えて口にしたのは、作ってくれた事に礼を尽くしただけ。
「……だろ? 残さずに食えよ」
「…………」
目くそ鼻くそを笑うとは、きっとこの事だろう。
自分の方がほんのちょびっとだけ美味しく仕上がったから、調子に乗ってしまったようだ。
でも、私を思って一生懸命作ってくれたから、生意気でも許してあげる。
「あー、幸せ。拓真の手料理を食べれるのは世界でたった一人だけかも。オムライスを噛みしめる度に恋の味しかしない」
「……ったく。相変わらず大袈裟だな。冷める前にさっさと食えよ」
今は隣に拓真がいて、味はどうあれ自分の為に料理を作ってくれた。
普段は時間外の接近禁止令が出て柵の外に追いやられているけど、今の優越感を拓真に群がる女子達に見せつけてやりたい。
こんな小さな幸せが待ち受けているのなら、手料理が失敗して正解だったかも。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

彼女のことは許さない
まるまる⭐️
恋愛
「彼女のことは許さない」 それが義父様が遺した最期の言葉でした…。
トラマール侯爵家の寄り子貴族であるガーネット伯爵家の令嬢アリエルは、投資の失敗で多額の負債を負い没落寸前の侯爵家に嫁いだ。両親からは反対されたが、アリエルは初恋の人である侯爵家嫡男ウィリアムが自分を選んでくれた事が嬉しかったのだ。だがウィリアムは手広く事業を展開する伯爵家の財力と、病に伏す義父の世話をする無償の働き手が欲しかっただけだった。侯爵夫人とは名ばかりの日々。それでもアリエルはずっと義父の世話をし、侯爵家の持つ多額の負債を返済する為に奔走した。いつかウィリアムが本当に自分を愛してくれる日が来ると信じて。
それなのに……。
負債を返し終えると、夫はいとも簡単にアリエルを裏切り離縁を迫った。元婚約者バネッサとよりを戻したのだ。
最初は離縁を拒んだアリエルだったが、彼女のお腹に夫の子が宿っていると知った時、侯爵家を去る事を決める…。

もうあなた様の事は選びませんので
新野乃花(大舟)
恋愛
ロベルト男爵はエリクシアに対して思いを告げ、二人は婚約関係となった。しかし、ロベルトはその後幼馴染であるルアラの事ばかりを気にかけるようになり、エリクシアの事を放っておいてしまう。その後ルアラにたぶらかされる形でロベルトはエリクシアに婚約破棄を告げ、そのまま追放してしまう。…しかしそれから間もなくして、ロベルトはエリクシアに対して一通の手紙を送る。そこには、頼むから自分と復縁してほしい旨の言葉が記載されており…。

婚約破棄ですか、すでに解消されたはずですが
ふじよし
恋愛
パトリツィアはティリシス王国ラインマイヤー公爵の令嬢だ。
隣国ルセアノ皇国との国交回復を祝う夜会の直前、パトリツィアは第一王子ヘルムート・ビシュケンスに婚約破棄を宣言される。そのかたわらに立つ見知らぬ少女を自らの結婚相手に選んだらしい。
けれど、破棄もなにもパトリツィアとヘルムートの婚約はすでに解消されていた。
※現在、小説家になろうにも掲載中です

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!
なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」
信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。
私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。
「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」
「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」
「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」
妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
※7月22日第2章完結。
※カクヨムにも投稿しています。

【完結】あなたとの離縁を目指します
たろ
恋愛
いろんな夫婦の離縁にまつわる話を書きました。
ちょっと切ない夫婦の恋のお話。
離縁する夫婦……しない夫婦……のお話。
明るい離縁の話に暗い離縁のお話。
短編なのでよかったら読んでみてください。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる