LOVE HUNTER

風音

文字の大きさ
上 下
65 / 340
第二章

65.接近してくる客

しおりを挟む



  記念すべき第一回目の農作業の日を翌日に控えた、土曜日のカラオケ店でのバイト中。


  和葉は空のビールジョッキとグラスを下げてキッチンに向かっていると、背後から嫌な気配が襲いかかった。



「姉ちゃん。そんなにセカセカ働いていないで、俺達の部屋で一緒に歌って仲良く盛り上がろうぜ」



  予感は見事に的中。
  聞き覚えのある声にドクンと低い鼓動を打った。


  私が苦手なヤクザ風の男性客が気付かぬ間に来店していたらしく、いつものようにホロ酔い状態のまま廊下でばったり遭遇した。

  横目で奴の姿を確認すると、額に冷や汗が滲む。



  手元にはトレーの上に乗ったビールジョッキが四つとグラスが二つ。
  こんな時に限って両手が塞がっている。

  しかも、男は壁に追いやるようにポケットに手を入れたまま身体をググッと寄せて醜い顔を近付けてきた。

  男のサングラスのレンズには、困惑している顔が二つ写し出されている。



  無愛想に顔を逸らしても、男は私の身体を囲むように30センチほど手前まで顔を近付ける。
  酒臭い香りがぶつかると、嫌気が差すあまりに吐き気を催した。



「しっ、仕事中ですので……」

「一曲ぐらいいいだろ。俺たちの部屋で一緒に楽しもうぜ」


「申し訳ございません。そのような接客行為は一切禁じられておりますので」

「おーおー、金髪なのに真面目だねぇ。俺はあんたみたいな美人でセクシーな子がドンピシャなんだよね」



  野獣のように迫り来る顔は、全身を隈なく舐め回すように見つめてきた。
  エスカレートしていく不快な言動は、来客回数を重ねるごとにセクハラまがいに。



  正直、クズ男が原因でいい仲間に恵まれたバイト先を辞めたくないから、波風を立てたくない。

  一刻も早く逃げたいけど、トレーには大量のグラスを乗せているから思うように身動きが取れない。

  恐怖で身体が震え上がる度に、グラスがカチカチとぶつかり合っている。
  まるで、心の叫び声を表してるかのように……。


  週末という事もあって、他の従業員も今は自分の事で手一杯に。 
  更に駅前という好立地なので、受付はパンク状態だ。

  ヘルプを求めたくても、通路付近には誰の姿も見当たらない。





  何度も何度も嫌がっているのに、どうして嫌われてる事に気付かないんだろう。
  今は勤務中だから、いつものように地をさらけ出せない。



「すみません、失礼しまぁす」



  和葉はくぐり抜けるように、身を小さくして男の横から逃げ出した。
  トレーのグラスは何とか落ちずに持ち堪えている。



「……おいっ!  ……おい、姉ちゃん。…おい!」



  しつこく呼び止める声が背中越しにぶつかってきたけど、もちろんガン無視。
  従業員という立場上、事を荒立てぬようにするのが賢明だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...