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45.引越し祝い
しおりを挟む――三月十二日。
十三年間毎日窓から眺めていた景色は、しあさってからは別の景色になる。
ここに引っ越してきてから初めて父と一緒に外を眺めた時は、雲ひとつないスカイブルーの空が印象に残った。
でも、あと少しでお別れになると思うと心寂しい。
十二月末までバイトをしていたイタリアン店がおとといリニューアルオープンした。
一ヶ月ほど前にオーナーからまた働いて欲しいと連絡があったけど、四月から受験生になるから断った。
でも、あの時イエスの返事をしても結局働けなかった。
そんな今日は、引っ越しの挨拶も兼ねて花束を持ってお祝いに。
「オーナー、リニューアルオープンおめでとうございます! この日を心待ちにしてました」
「ありがとう。それにこんな素敵な花束まで」
「いえいえ。受験が終わったらまたここで働きたかったけど、出来なくなってしまいました。それと、今日は一つ大事な報告があって」
「大事な報告? そんな深刻そうな顔してるということは、よっぽどのことなのかな」
「実は母の再婚が決まって明後日引っ越すことになりました。長い間お世話になりました。それと、ステキな思い出もありがとうございました」
この店には週三回働いていたけど、オーナーには星河とケンカした時に悩みを聞いてもらったり、映画館のチケットをそれぞれに渡して話し合いの場を設けてくれたりと、気持ちのやりとりが多かったせいか、寂しくなって涙が浮かんだ。
いま思うと感謝しかなくて下げた頭が上がらない。
「そっか……。まひろちゃんが街からいなくなったら寂しくなるね」
「私、この店で働けて楽しかったです。観葉植物に囲まれたおしゃれな内装に美味しい料理。優しいオーナーにステキな仲間や常連さん。私にとってはここがドラマティックの舞台でした」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。あっ! よかったらコーヒーを一杯飲んでいかない?」
「はい! いただきます」
オーナーは花束をアルバイト従業員に託すと、カウンターでコーヒーの準備を始めた。
私はカウンターイスに腰を下ろしてから店内をキョロキョロして星河の姿を探した。
でも、見当たらない。
「星河は今日休みですか?」
「いや……。まひろちゃんには言ってなかったけど、クリスマスイブが最後の勤務日だったんだ」
「えっ、どうして……」
「どうしてだと思う?」
「わかりません……」
てっきりリニューアルオープンに合わせて戻ってくると思っていたからショックが隠せない。
今日もしここで会えたら話がしたかったのに……。
「星河には引越しの件を伝えたの?」
「実はケンカをしちゃったんです。だから、引っ越しの件はメッセージのみで。本当はちゃんと会って話さなきゃいけないのに、今日まで向き合うきっかけもなくて……」
「そっか……。それは煮えきれないね。もう二度と会えなくなってしまうかもしれないのに」
「……」
私たちの関係は未だに崩壊したまま。
最初のうちはすぐ仲直りできるものだと思っていたけど、結局二ヶ月半という時を重ねてしまっただけ。
小さなことで笑い合っていた日々はもう二度と戻ってこないのかな。
このお店で星河と二人でケーキ作りの話をしたり、作っている姿を間近で見て応援していたあの頃が一番幸せだった気がする。
夢を応援することにも夢があって、それが明日への活力にもなっていたから。
オーナーはコーヒーを淹れ終えると、カウンター越しから「お待たせ」と言って渡してきた。
いつも嗅いでたコーヒーの香りも、今日で最後と思うとより恋しい。
「オーナー」
「ん?」
「恋って何ですかね。時間をかけて考えたけど、わかりませんでした」
波瑠に指摘されてから恋について毎日考えていた。
でも、結局答えは見つからなかった。”好き”の境界線がどこにあるのかさえ。結局ぼんやりした結果を抱えたまま今日という日を迎えていて。
「ん~、恋かぁ…………。そうだなぁ~……。いま自分の心に一番大きな影響を与えている人の事を示してるんじゃないかな」
「一番大きな……影響?」
「以前も言った通り、世の中はドラマチックで溢れているのに大体のものが日常に溶け込んでしまっている。でも、その中で心に色濃く思い描かれているものがそうなんじゃないかな」
「色濃く思い描かれているもの……か。なんだろ」
「まひろちゃんの中で一番心を動かした出来事はなに?」
「えっ」
「きっと、それが探していた答えなんじゃないかな」
カップを握ってからコーヒーをひと口すすった。
そしたら、苦くて少し大人の味がした。
私の中で一番心を動かした出来事……か。
少しばかし考えていると、オーナーは「ちょっと待ってて」と言って、厨房から一つのケーキを持ってきた。
カウンター下から取り出したケーキ皿にカットしてから乗せると、カウンター越しに渡された。
「これは星河のケーキ。春のコンテストの試作品だとか。昨日渡されたんけど、まひろちゃんが僕の代わりに食べてくれないかな」
「えっ!! 私が星河のケーキを?」
「僕に味見して欲しいと言ってきたけど、本当はまひろちゃんに食べて欲しかったんじゃないかな」
「……」
久しぶりの星河の手作りケーキ。生クリームが塗られている生地の上には沢山のフルーツが乗っていてゼラチンでコーティングされている。
最後に星河のケーキを食べる機会があったのは、店が火事になった日。
あの時は私の為だけに作ってくれたから、郁哉先輩と一緒にいる時間を割いてでも店に取りに行かなきゃいけないと思っていた。
……でも、結局食べられなかった。
だから、前回食べたのがいつだか思い出せない。
私はケーキをフォークで突っついて口に含ませた。噛み砕いてるうちに色々な思い出が蘇って鼻頭が赤くなって奥がツンと刺激されていく。初めてクッキーを貰ったときのように噛めば噛むほど味わい深い。
「星河が夢を叶えるところを見届けなくていいの? 四歳の頃から応援してきたんでしょ」
本音で言うと夢を叶えるまで見届けてあげたい。
叶えた瞬間を一緒に喜びたいし、キラキラと目を輝かせながら仕事をしている姿をこの瞳の中に収めたい。
……でも、その役割は私じゃない。
「私はもう街から出ていくし……」
「引っ越したらもう夢は応援しないの?」
「えっ」
「まひろちゃんの応援はその程度だった?」
「ちがっっ……」
「じゃあ、星河の彼女に遠慮してるの? 遠慮した先には何が見えてた? それに、きれい事無しで二人の恋を応援できたの?」
「それは……」
「本当にただの友達なら心から二人を祝福しているはずだよ。まひろちゃんの気持ちはそこまで達していたの?」
「…………」
今日に限ってオーナーは返事をする隙を与えてくれない。
反論するつもりが、それまで閉ざしていた部分にメスが入った途端に口が塞がれた。
自宅が停電になったあの日、星河とジェンガをしながらお互いの嫌いなところを言い合ってた。
そこで私は『星河に彼女ができたところ』と、不意に言ってたことを思い出した。
――そう、私は二人の恋が祝福できなかった。
きれい事無しで応援してたら、きっとあんなことを言わない。
それに、笑顔でおめでとうと祝福していたはず。
最初のうちは二人が付き合った現実が受け入れられずに目を逸らしていたけど、星河が離れていくのがわかってから毎日が苦しかった。
ぼたんと付き合うまで隣にいたのは私。
そして、毎週のように手作りスイーツを貰っていたのも私だったのに、いつしかそれが崩れていた。
心の中では悔しいと思っていたのに、幼なじみと割り切る自分もいた。その理由は、長年幼なじみとして接してきた分、この感情自体が恋だったということに気づいてなかったから。
星河の事を考えていたら、瞳から顎に向けて一本の熱い筋を描いていた。
一番心を動かされた出来事を振り返ったら、どんなに仮面を被ってもごまかせやしないのだから。
「泣いてるということは、少し何か見えてきたのかな」
「私……」
「うん」
「これが恋じゃないと否定し続けていた。その理由は、星河があまりにも近い存在だったから。星河の恋を応援出来ない時点で気が付かなきゃいけなかったのに、現実から目を逸らしていた。その結果、後悔しか残って無いのに、ぶつかり合わないまま逃げようとしていた」
「うん」
「でも、それは間違ってる。この想いが繋がらなかったとしても、後悔したまま九州には行けないし、いま気持ちを伝えないと一生後悔する気がする」
星河に恋人ができてから寂しかった。
自分には何のメリットもないのに、人に遠慮したり顔色を伺ったり。
善人ヅラをしてもそこに幸せなんて挟まれていなかった。だから、無意識のうちに新たなドラマチックを探していたのかもしれない。
私が決意の姿勢を見せると、オーナーはポケットから出したメモ帳にサラサラと何かを書き始めた。
「僕もその方がいいと思う。後回しにすればする分だけ余計な情報が入ってきたり気持ちが揺れたりするからね。先輩が言うんだから間違いないよ」
「……オーナーもそーゆー経験があったんですか?」
「あはは、三十五年も生きてれば色々あるよ。…………はい、これはまひろちゃんへの引っ越し祝い」
オーナーは書き終えたメモを一枚破ってカウンター越しから渡してきた。
私は受け取ったメモを眺めると、そこには調理専門学校の名称が書いてある。
「ここは……?」
「知り合いが経営してる専門学校なんだ。星河はそこの部屋を一つ貸りていまケーキ作りをしているはずだから行ってごらん」
「オーナー……」
「まひろちゃんはドラマチックに拘っていたけど、実は自分でもドラマチックを作り出せるんだよ」
「えっ」
「自分がどう考えて、どう行動して、どういう結果を残していくかによって日常の強弱が生まれていく。つまり、自分の在り方次第でそれが何十倍にも何百倍にも輝けるんだよ」
「……つまり、ドラマチックの鍵を握ってるのは自分自身ってことですか」
「そーゆーこと」
私は間違っていた。
いま輝いて見えているものがドラマチックになるものだと思っていたから。
でも、そうじゃない。自分がどう在るべきかによって、ただの日常がドラマチックになるか否かが決まってくる。
そう思ったらイスにかけてた腰が浮いた。
「オーナー、ありがとうございます! 私、いまから星河のところに行ってきます!」
勢いよくカウンターイスから立ち上がると、オーナーは「ちょっと待って」と言って厨房に戻って残りのケーキを箱に包んで渡してくれた。それを受け取ると、オーナーは優しく微笑んだ。
「頑張ってきてね。またこの街に来る機会があったらいつでも遊びに来てね」
「はい!! また必ず!」
――私、気づいてなかった。
太陽光が反射している水面のように毎日が眩いほどキラキラしていたのに、自分と向き合い続ける力が足りなかった。
夢を追いかける彼、それを一番近くで見守っていた自分。
振り返れば星河の隣で夢を応援し続けていた日々が一番ドラマチックだったのに、それを見過ごしていた。
星河がぼたんと付き合って嫌だなと感じた時、その原因についてもっと追求すればよかった。
そしたら、もっと早く答えが見つかっていたかもしれなかったのに。
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