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18.心の距離
しおりを挟む「オーナー、お先に失礼します」
「じゃあ、叔父さん。またあさって」
「二人ともお疲れ様~」
――私と星河はバイトを終えると、扉を開けて二人一緒に外へ向かった。
店は繁華街から一本奥の路地にあることもあり、二十二時台は人が点々としている。
今日もいつも通り肩を並べて帰宅。家が隣だから星河のケーキ作りがない日は一緒に帰っている。
……でも、ぼたんの事を考えていたら、最近これがまずいかなと思うようになっていた。
「あのさ……、私たち少し距離をとった方がいいと思わない?」
幼なじみ期間が長いから言いづらかったけど、多分この提案は間違っていない。先日のケガの件でクラスメイトに誤解されたり、ぼたんを傷つけてしまうのは嫌だ。もし自分がぼたんの立場だったら、他の女と歩く所なんて見たくないから。
すると、彼は進めている足を止めた。
「……それ、どういう意味?」
星河の方に振り返ると、不機嫌な眼差しをしている。
それを見た途端、少し後ろめたい気持ちになった。
「星河にはぼたんがいるのに、私をおんぶして保健室に連れて行った時みたいに誤解を与えるような真似をしちゃいけないなと思って」
「……もしかして、ぼたんと何かあったの?」
「ううん、何もない。ただ、小さなことで間違った噂が流れたり、こうやって二人で歩いてるところを誰かに目撃されたら色んな人に迷惑をかけちゃうかなと思って」
最近、色々思うようになった。それは、日を追う毎に星河がぼたんの彼氏と認識するようになってきたから。
二人が付き合う前はそこまで考えてなかったけど、常識的に考えると人の彼氏と二人きりで歩くのは間違っている。
ところが、星河は暗闇の隙間からムッとした口調で言った。
「別に俺は迷惑だと思ってないし、お前がケガをした時は正しい判断をしたと思ってる」
「星河はそうかもしれないけど、ぼたんは嫌だったんじゃないかな。私が彼女の立場だったら、他の女をおんぶして保健室に連れて行ったら嫌だよ」
「じゃあ、お前の叫び声を聞いても無視しろって言うの?」
「……それでいい。周りに人がいたからきっと何とかなっただろうし」
可愛げがない言い方だけど、あの時は星河に頼る必要もなかった。
まさか私の声を聞いて教室に戻ってくると思わなかったし、ぼたんの前でおんぶをするなんて想定外だったから。
「よくないだろ。だってお前がケガをしたら心配す……」
「そーゆー時は無視していいよ」
「えっ」
「私たちは、たかが幼なじみなんだし……」
星河の言葉を遮断するようにそう言うと、彼は口を閉ざした。
少し強めに突っぱねてしまったけど、このまま頼り続けてたらいつまで経っても星河に甘えてしまう。ただの幼なじみなのに、彼女を置いてけぼりにするのは間違ってる。
だから、ここで境界線を引いた。
そのせいもあって、私たちは一気に険悪な雰囲気に。でも、これは想定内。言うべきことはちゃんと言わないと、彼の為にならない。
「…………なに、それ。たかが幼なじみって」
「だって、そうじゃん。星河は彼女がいるんだから、そっちを優先するのが彼氏の当たり前でしょ」
「それはそうだけど、”たかが”はないだろ。俺はお前が幼なじみでいることを誇りに思ってるのに」
星河の顔色がみるみるうちに変わってき、口調が強くなっていく。
でも、私自身も人から責められるのは辛い。
「誇りに思ってくれるのは嬉しいけど、ぼたんの気持ちを優先しないと」
「なにそれ。俺がいまぼたんの事を何も考えてないみたいじゃん」
「そうは言ってない! ただ、お互い立場を弁えていこうという話をしてるの」
「どうして立場を弁えなきゃいけないの? お前からしたら俺の価値って何なの?」
星河は呆れたようにそう言うと、背中を向けてぐんぐんと前に足を進めた。
しかし、このままではケンカになると思って星河の後を追った。
「ねぇ……、どうして怒ってるの?」
「お前は一体何を守ろうとしてんの。意味わかんねーし」
「みんなのことをちゃんと考えてるんだよ。ただ、今のままだと嫌な気持ちになる人が出てきちゃうから、少し距離をおかなきゃいけないって話をしてるの」
星河の腕を引きながらそう言って目を見つめた。
すると、今まで見たこともないくらい悲しい瞳をしている。
「無理…………だと言ったら?」
「えっ」
「話になんない。……もー帰るわ」
彼はため息交じりでそう言うと、話を遮断するように背中を向けた。
伝えたいことは伝えなきゃいけないけど、ケンカする気なんて更々ない。
しかも、どうして不機嫌になるのかわからない。
「星河!」
「ついて来んな」
「まだ話は終わってないっ!」
「そんな話なら続ける価値もねーよ」
星河の背中は怒っていた。私の話を一切受け入れられないくらいに。
私はこの提案が間違ってるとは思ってない。だから、一歩も引かなかった。
いま守るべきものをはっきりさせないと、またあの日のように人から責められると思ってしまったから。
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