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第五章
43.沙耶香との約束
しおりを挟む場所は黒崎建設本社ビル十四階の代表取締役室。
沙耶香の父親は、社長イスの音を軋ませてデスクの上で指先を軽く組んだまま、四日前に家を出て行った娘の言葉を思い出していた。
『時間がないのは十分にわかってるだろ』
『心配しなくても約束は必ず守ります。その誓約書に従って先方にご迷惑がかからないようにします』
『お前の身勝手な行動が世間一般に知れ渡ったら前代未聞の恥だ!』
『お父様には一切ご迷惑をおかけしません。自分の責任は自分で負います』
『クレジットカードは置いていけ。泣きを見ても絶対に助けてやらんからな』
『覚悟してます。その代わり、お父様が約束を破られた場合は、誓約書に記載してある通り約束を破棄させていただきます』
『……っう!』
『単なるお遊びで言ってる訳ではありません。生涯でたった一度きりの充実した時間が欲しいんです』
大切に育ててきた一人娘。
生まれた頃から文句一つ言わない従順な子だった。
欲しい物は全て与えたし、将来設計も立ててやった。
兄弟がいない代わりに若手のボディーガードをつけた。
専属運転手に、専属料理人に、専属医師。
何一つ不自由のない生活。
父親の務めは全てこなしてきた。
それなのに、娘は……。
『一生籠の中の鳥は嫌なんです』
あの日、初めて反抗的な態度を見せた。
娘がいまどこで何をしているのかわからない。
誓約書という一つの縛りはデメリットを抱えているから。
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