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第四章

38.アーモンドチョコレート

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「事情はわかった。沙耶香ちゃん……じゃなくて、私も颯斗くんのようにサヤちゃんと呼んだ方がいいかな」

「出来ればそう呼んで下さい」


「私はこの店の二代目オーナー。ここは、創業六十九年で従業員七名で動かしている小さな店。客は近所の住民しか集まらないような無名店だ。そこで提案だが、サヤちゃんさえ良ければここで一緒に働けないかな」

「えっ!  ……サヤがここでアルバイトを?」


「そう。颯斗くんは週五日勤務している。一ヶ月という自由な時間を得られたのなら、一緒に働いて社会勉強してみるといい。私自身も君の充実した一ヶ月間にお手伝いをしてあげたい」



  勿論、沙耶香にとってアルバイトは未経験。
その上、初めて訪れた店でのスカウト。
笑い声が飛び交って活気あふれる店内に、威勢の良い店員のかけ声。

  賑やかな場が不慣れで恐縮気味に着席しているが、後ろ向きな気持ちはそこに存在しない。



「少しでも長く颯斗さんの傍にいられるなら……」

「じゃあ、採用という事で。短期のアルバイトだから給料は日払いにするよ。どう?  早速今から働いてみる?」

「はい、お願いします」


「仕事は颯斗くんに教わりなさい。きっと、いい経験になるだろう」

「ありがとうございます」



  沙耶香は瞳を輝かせながら大きく頭を下げた。

  オーナーは事務所から取り出してきたエプロンを沙耶香に渡すと、ビールジョッキを四つ抱えて厨房に戻って来たばかりの颯斗に事情を説明した。

  颯斗は厨房で待つエプロン姿の沙耶香に不安を感じながら問う。



「ここで働くって、本気? 居酒屋は力仕事だし、酔っ払い相手だし、客層はあまりよくないからサヤみたいなお嬢様が働くような場所では……」

「いいんです。颯斗さんの傍で社会勉強したいんです」


「……じゃあ、食洗機の使い方から教えるから。わからない事があったら遠慮なく聞いてね」

「ありがとうございます」






  こうして、颯斗は本日勤務に入っている従業員に沙耶香を紹介して、通常業務を行いながら、洗い場、配膳等の仕事を一つ一つ丁寧に教えた。
  沙耶香は慣れない体験で気持ちは目一杯に。



  二人は深夜1時までの勤務を行って同時に店を後にした。
  家路へ向かう中、疲労困憊の沙耶香は自然と口数が減っていく。
颯斗はそんな様子が気になって声をかけた。



「疲れた?」

「全然元気ですよ」



  沙耶香はメガネの奥から充血した目でそう答える。
  颯斗は背負っているカバンから個包装のアーモンドチョコレートを一つ手にとって沙耶香の前に突き出した。



「無理しちゃって。顔が疲れてるって言ってるよ。これでも食べて元気出しな」

「……はい」



  沙耶香はチョコレートを受け取って開封してから口の中にコロンと含んで咀嚼そしゃくする。



「美味しい……」

「だろ?  疲れた時はチョコレートが一番!」







籠の外へと羽ばたいた鳥は、新しい景色が見慣れない。


何もかもが輝かしくて。
何もかもが充実している。


  スケジュールに押し固められない自由な一日。
そして、自分の意見が活かされる満悦感。

  こんな世界があるんだと思い知らされていく度に、探究心と冒険心が増していった。

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