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第二章

10.羽ばたきたい

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  玄関からスーツケース二つを引き摺り出した後、自分専用のリムジンに荷物を押し込んだ。

  家を離れる事を断固として反対している右京と左京は、反抗的な沙耶香の両側で最後の説得を繰り返す。

  だが、沙耶香の気持ちは平行線だ。



  息を切らしながら車へと駆け寄って来た菅が、右京と左京から状況説明を受けた後、リムジンに乗り込む沙耶香を慌てて引き止めた。



菅「お嬢様。一ヶ月も家を空けるなんておやめ下さい。旦那様と奥様が心配なさいます。何か別の方法を考えてみてはどうでしょうか?」

沙耶香「一生籠の中の鳥のままなんて嫌。それに今しかチャンスが無いんです。他の事は我慢できても、今回だけは絶対に譲れません」



  きっぱりそう言いきってから後部座席のシートにお尻を叩きつけてシートベルトを締めた。


  車外に取り残されたままの三人は、これから執り行われる無謀な挑戦に心配の色を隠せずに互いの顔を見合わせた。
  普段は聞き分けが良い沙耶香だが、今は目の色を変えて頑固を貫く。



  菅、右京、左京の三人は諦めをつけて車内で出発待ちをしている沙耶香に次いで車に乗り込んだ。
  菅は白い綿手袋を装着した手をハンドルにかけると、後方座席へと振り向く。



菅「お嬢様、これからどちらに向かわれますか?」

沙耶香「美容院に向かって下さい。12時に予約してます」


菅「かしこまりました」



  雲一つない青空の下、広大な敷地内でエンジンがかったリムジンは、発車と同時に自動開門された道路の先へと姿を消した。





  沙耶香は父親とある条件を引き換えに、二十年間暮らした家を出て一ヶ月間だけ自由な時間を手に入れた。


  しかし、全て自由な訳じゃない。
必要最低限の約束は遵守しなければならない。
  どちらかが破った時点で誓約書は無効化。
再び自由が奪われた生活に逆戻りしてしまう。


  条件付きとは言え、沙耶香は生まれて初めて自由を手に入れて胸がいっぱいに。





  母親は窓の向こう側からその様子を心配そうに見つめていた。
  一方、不機嫌にソファにもたれかかっている父親は、眉間にしわを寄せながら受け取ったばかりの誓約書をくしゃりと握りしめた。






  私は今日から前代未聞の挑戦をする。
この一ヶ月間だけでもいいから自分らしくいたい。


人間として、
一人の女性として、
充実した時間を手に入れたい。

やっぱり籠の中は幸せじゃないから、せめてこの一ヶ月間だけは幸せを堪能したい。



  沙耶香は固い決意を胸に、行きつけの美容室で背中の半分近くまであった髪を30センチバッサリ切ってゆるふわパーマをかけた。

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