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第二十一章
152.大事な事を忘れてしまった私
しおりを挟む梓は身体を大和に支えてもらいながら、教室の近くまで送ってもらった。
先ほどまでガタガタ震えていた足元も、大和のお陰で落ち着きを取り戻して、別れる頃には普通に歩けるくらいまで回復していた。
後方扉に手を添えて教室内を覗くと、そこには一人きりで帰り支度をしている蓮の姿が。
そっか。
蓮は今日日直だった。
だからさっきは教室に居なかったんだね。
ちゃんと黒板に日直の名前が書いてあるのに、どうして忘れてたんだろう。
バカだね……。
蓮は自分以外誰もいない教室から人の気配を感じ取ると、後方扉の横に立っている梓に気付いた。
泣き腫らしたような赤い目に気が止まる。
「梓、暗い顔してるけど……。何かあったの?」
「ううん……。何もないよ」
相変わらず優しい蓮。
いつもと違う雰囲気だけで気にしてくれる。
しかし、優しい声が届いた瞬間、安堵したせいか膝がガクッとして倒れそうになった。
すると、蓮はすかさず駆け寄って両腕をガッシリ掴む。
「……大丈夫?」
「あっ……、うん。大丈夫」
心配する彼の声。
軽くまぶたを伏せて覗き込んでるいつもと変わらない優しい瞳。
そして、ふんわり漂う甘い香り。
もう涙は枯れきったと思ってたけど、残念ながらまだ残ってたみたい。
蓮の顔を見て安心した梓は、再びポロリと涙が溢れ落ちた。
すると、蓮は近くの椅子を引き出して梓を座らせる。
私がまだ蓮の彼女だった頃。
嫌がらせを受けて悔し泣きしていると、蓮は優しく抱きしめてくれた。
それだけで魔法がかかってしまったかのように、不思議と落ち着きを取り戻せていた。
だけど、泣いていても抱きしめてくれないこの距離感が、今の私達の関係。
彼は友達としてそっと見守るだけ。
だから、胸がキューッと締め付けられる。
「あれ……、ねぇな」
蓮はスラックスの両ポケットをガサゴソと探り、ポケットからハンカチが見つからないと、次はロッカーへ向かった。
そして、ロッカーからあるものを取り出して梓の前にスッと差し出す。
「ごめん、今ハンカチとか持ってないから」
蓮は体操着をハンカチ代わりにして、泣いている梓の頬に涙を染み込ませるように、ポンポンと拭き取った。
「辛い事、あったんだな。顔に書いてあるよ……」
「……」
梓は蓮から体操着を受け取ると、体操着に顔を埋めた。
蓮の香りがたっぷり染み込んだ体操着。
香りを吸い込むと、まるで蓮の胸の中に飛び込んだ時のように心地が良くて安心してしまったのか全身の力がスッと抜けた。
今日は蓮と交際していた時以上に辛い出来事があったのに、こんなに小さな事で安心してしまう自分がバカみたい。
蓮の香りは好きという気持ちに更に拍車をかけた。
蓮は一旦席を立って自分の席の脇にかけてあるリュックを手に取ると、梓が座っている向かいの席の椅子にまたいで座り、リュックの中から棒付き飴を取り出して梓の前に突き出した。
「コレあげる。お前はこのレモン味の飴が前から好きだったでしょ」
蓮は微笑みながら顔を傾けて、まるでこの飴を食べて元気を出してと言わんばかりに手渡す。
「ははっ……。小さい子じゃないのにな……。でも、ありがとう」
本当は私好みの味じゃない。
蓮がくれた飴だからこそ好きだった。
いつも喜んで食べていたから、蓮はその味が好きだとカン違いしていたのだろう。
だけど、飴の事を覚えててくれたんだ。
でも、どうして今でも持ち歩いてるの?
私を忘れようとしてたんじゃないの?
大学に入学したら、私を忘れて新生活をスタートさせるんじゃないの?
もう……、無理。
強がっていてもリアルに迫ってくる期日。
蓮が優しくしてくれる分、離れられなくなる。
私……、やっぱり蓮じゃなきゃダメ。
卒業を機にお別れなんて出来ない。
この先もずっとずっと蓮の彼女でいたいよ……。
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