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第六章
30.いかないで
しおりを挟む今朝、自宅から拉致されて蓮の家に連れてこられた私は今、何故か彼の部屋で数学を勉強中。
テスト前でもないのに蓮に数学を教えてもらうなんて思いもしなかった。
だけど、ちゃんと理解していて教え方が上手だからとてもわかりやすい。
高梨先生が出来を褒めてたのも納得するほど。
方程式を書き綴る筆圧からは容体が伝わってこない。
実は弱ってるところを見せたくなくて元気に振舞ってるのかな。
でも、病気が気になるから意を決して聞いた。
「体調……、大丈夫なの?」
「えっ、体調? あぁ、昨日よりは良くなったよ(おとといクラブで飲んだ酒が昨日まで残ってた事に気付いていたのかな? 二日酔いに気付くなんてすげぇ)」
「……」
昨日よりって事は、やっぱりどこか悪いんだ。
少し驚いたような表情で返事をしていたから、秘密を指摘されて焦ったのかもしれない。
私の想像以上に重い病気だったらどうしよう。
蓮に残された時間はあとどれくらいなの?
梓は蓮の容体が悪化して、救急車で搬送されて、病院のベッドで横たわる姿を思い浮かべながら、数学のワークをこなしていく。
だが、付き合っていた頃の思い出や病気の事で頭がいっぱいになると、気持ちが不安定になって目に涙が浮かんだ。
蓮はそんな梓の異変に気付いて顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 体調悪い?」
「ううん……」
梓は小声で首を横に振る。
蓮……。
自分の体調が良くないのに、私を心配をしてる。
私が蓮をフったから不治の病にかかっちゃったのかな。
蓮に残された時間。
元カノの私は、交際以外に何をしてあげられるのだろうか……。
せめて楽しい思い出だけは残してあげたい。
蓮がこの世を去ってしまうかもしれないという不安と恐怖に駆られた梓は、突然ペンを置いてスッと席を立った蓮に涙ぐみながら呟いた。
「いかないで……」
これが元カノとしての精一杯の気持ちだった。
今は大切な友達だし、私には先生がいるから変に期待をもたすような言動は避けなきゃいけないけど、蓮の力になる事だけはこれからも伝え続けていきたい。
「……え(トイレに行こうと思って席を立ったんだけど)」
「お願いだから、まだ逝かないで……」
蓮は、俯きざまに涙ぐませながら数学のワークを開いたままペンをギュッと握りしめている梓を目の当たりにした瞬間、異変に気付いた。
梓の様子がおかしいけど、どうしたんだろう。
トイレに行こうと思って立っただけなのに、泣きそうな顔で行かないでと言われても……。
もしかして、ワークの問題が解けるかどうか不安なのかなぁ。
聞きたい事が沢山あるから引き止めたのかもしれない。
でも、こっちもさっきからトイレを我慢してたのに。
「まだ、(トイレに)行ったらダメ?」
「うん、まだダメ……(逝くにはまだ若すぎる)」
「わかった(仕方ない。じゃあ今のページが終わってから行くか)」
蓮をこの世から失う苦しみに耐えきれず、本人を目の前にして取り乱してしまった。
『逝かないで』なんて、まだ病気について触れてないのにストレート過ぎたかな。
でも、「ダメ」って言ったら「わかった」って……。
病気に気付いたのがバレたかな。
もしかしたら、そのせいで余計な負担をかけてしまったかもしれない。
しかし、一度泣いたら抑えていた気持ちが少し落ち着いてきたのでワークの続きを始めた。
頭を抱えながら真剣に問題を解いてると、蓮はモジモジしながら横からちょっかいを出した。
「ねぇー」
「ん? あー、この問題わかんない」
「おい!」
「何よ。一生懸命この問題を解いてるでしょ。ったく、うるさいなぁ……」
「……そろそろ、トイレに行ってもいいかな」
さっきはワークを解くのに不安そうにしていたからトイレを我慢して見守っていたけど、膀胱がもう限界。
今は集中力が上がってるみたいだから、タイミングを見計らってもう一度声をかけた。
それなのに、あいつは……。
「え? どうして私にそんな事を聞くの? 小学生じゃないんだから、トイレくらい勝手に行けばいいじゃない。いい年してバカじゃないの?」
「お前……」
俺の気持ちを粗末にする。
お前が「行かないで」と言うから、限界までトイレを我慢してたのに。
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