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第六章
29.残念な勘違い
しおりを挟むおばさんの手によって部屋の扉が閉ざされてからおよそ1分後……。
会話が途切れた途端、蓮は言った。
「じゃー、そろそろやろうか」
「えっ、ヤるって……」
ベッドに腰をかけていた蓮は突然スッとその場に立ち上がった。
梓は良からぬ妄想に包まれると、額にびっしりと冷や汗を滲ませる。
やっぱり、そのつもりで私を部屋に連れ込んだんだ。
しかも、わざわざ自宅まで迎えに来てまで。
我慢が限界を迎えていたから、昨日は切実な目を向けていたの?
今朝はやけに晴々しい顔をしていたのは、そーゆー意味だったの?
家に連れて来られた時点で何かオカシイと思ってた。
私も言われるがまま家に上がり込むんじゃなかった。
部屋の扉が閉ざされているこの不利的な空間で、いつでも部屋から飛び出せるようにと軽く腰を上げた。
「ヤダ! ヤらない!」
「だめだ! やらないと俺が困る」
「はぁ?! バカじゃないの? ヤられると私が困る。私には先生という恋人がいるんだからぁ!」
……と、眉を吊り上げて大声で怒鳴り散らした直後、部屋にはカチカチという掛け時計の音だけが静かに鳴り響いていた。
蓮は不思議そうに顔を右に傾げていたが、一歩一歩私の方へ近寄って来たので、焦って胸の前で手をクロスさせた。
「……お前、何言ってんの?」
蓮はあっけらかんとしながら私を通り越して、机横の学生カバンから数学の教科書とワークを取り出して私の目の前にポンと置いた。
「数学のどこがわからないの?」
「え?」
「わからないところがあるから授業が終わってから高梨のところに聞きに行ってるんでしょ。俺が数学を教えれば高梨に聞かなくて済むし」
蓮は次に筆箱を出して勉強する準備を始めた。
明らかに勉強モードに向かっている蓮。
若干言葉の行き違いを感じた梓は、確認の意味を込めて聞き返した。
「あっ、あのぅ……。やるって……、もしかして勉強の事?」
「それ以外に何があるんだよ。……っ、まさかお前っ!」
「……っ!!」
蓮は一瞬で私の心を見透かすと、大きく目を見開いた。
蓮の話を遡っていくと、私は数学が苦手だから授業が終わりに高梨先生のところに行って、わからないところを聞いてた。
しかし私は、蓮はチャンスが生まれた隙を狙って襲いかかろうとしていたのでは……と、残念過ぎるカン違いをしていた。
真実を知った瞬間……。
私の心は死んだ。
蓮がいきなりヤるなんて言うから、付き合っていた頃の感覚でモノ言っちゃったよ。
穴があったら入りたいって、こーゆー事なんだね。
恥ずかしくて顔から火が出そう……。
優勢が訪れた蓮は、不敵に微笑んだ。
「……あれぇ、もしかして期待しちゃった? お前さえ良ければそっちの方がいいけど」
「もー!! バカ蓮!」
恥ずかしい……。
蓮がデートと偽っていきなり部屋に連れて来るから、変な風にカン違いしちゃったよ。
トホホ……。
残念なのは私の方だわ。
だけど、蓮は学校での様子をよく見ていた。
授業を終えてからの先生とのやりとりを目で追っていたんだね。
本当は分からないところを聞きに行っている訳じゃなくて、ただ密会のメモを見せているだけなのに。
半年前までは部屋に入れば猛獣のように襲いかかってきたのに、こんな一面もあるんだなぁと感心させられる瞬間でもあった。
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