妄想女子はレベル‪✕‬‪✕‬!? ~学校一のイケメンと秘密の同居をすることになりました♡~

風音

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19.恋しい夜

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 ーー結局、彼に言われた通り小瓶を探すのを諦めて帰宅した。
 顎から滴る雫。
 これが雨なのか、涙なのかわからない。

 母は玄関にバスタオルを持ってきて私を拭き始めた。

「傘持っていかなかったの?」
「……うん」
「バカねぇ。こんなに体が濡れちゃったら風邪引いちゃうわよ」
「お母さん、今日は仕事を早くあがったの?」
「うん。涼くんが『みつきの体がびしょ濡れだから心配だ』ってメッセージをくれたから、職場からすっ飛んで帰ってきたのよ」
「降谷くんがお母さんに連絡を……」

 間接的に受け取る優しさですらいまは辛い。
 すでに6回目の失恋が確定してしまっているから。

「あっ、そうだ。さっきね、涼くんからメッセージが来た直後に涼くんのお母さんから電話があってね。さっき自宅に戻ったから、明日涼に帰らせるように伝えたって言ってたわよ。明日は土曜日だから荷造りも焦らなくていいしね」
「えっ……。降谷くん、もう家に帰っちゃうの? だって、約束は10月5日までだって……」
「当初はその予定だったんだけどね。早くこっちに戻ってこれたし、これ以上私たちに迷惑かけたくないからって言ってたわ。うちなら別に気にしなくていいのにねぇ~」
「……」

 降谷くんが1週間以上も早く帰るなんて思わなかった。
 失恋だけでも胸が苦しいのに、一緒に暮らすのは今日で最後だなんて……。

 幸せなはずだった同居生活は、幸せになれないうちに幕を閉じることになった。
 2人だけの秘密を持って、ケンカしながらもお互いの距離を縮めていって、楽しく笑い会える仲になったのに。
 一緒に暮らしている間に恋愛レベルが上がってくれると思っていたのに。

「うあああぁぁあ……あん……。そんなの無理……。世界で一番私が降谷くんのことを好きなんだから……あっ……、うぁぁあああん……」

 声が掠れるまで想いを吐き出して、温かい湯船に浸かりながら今日までのことを振り返っていた。
 たった4週間弱の滞在だったけど、無愛想な顔でうちに現れたあの日から数え切れないほどの思い出が蘇ってくる。

 学校で母が作ったお弁当箱を届けようとしたら「要らない」と言われて振り払われてしまって、
 用事がある時は電話してって言われて電話番号を教えてもらって、
 彼の部屋に侵入した時にお姫様抱っこで扉の外に追い出されて、
 登校中の生徒たちがいる前で忘れ物のジャージを渡してくれて、
 ゴキブリが苦手なことを誰にも言うなよってふてくされた顔で言われて、
 さちかさんが忘れられないから二人で海に行って不満を叫んで、
 海の高台のベンチに座る前に拾ったからと言ってピンクの貝殻をプレゼントしてくれて、
 机で寝たフリをしている私の髪に触れて「キレーな髪」と呟いてて、
 降谷くんからもらった貝殻入りの小瓶を無くして探していたら私を心配して川から引き上げてくれた。

 毎日が宝物で、布団の中で明日が早くくればいいのにと願いながら眠りについていた。
 でも、そんな毎日は今日で終わりに。
 そして、叶わぬ恋もここで終止符を打つことに。


 ーー夜の11時。
 洗面所で歯磨きをしていると、玄関から母の叫び声が聞こえた。
 なにごとかと思い、コップの水で口をゆすいでから洗面所の扉越しに耳をすませる。

「あら大変! 涼くん、全身ずぶ濡れじゃない」
「傘持ってなかったんで」
「みつきの心配ばかりして自分の心配はしなかったの?」
「……」
「みつきがそろそろ洗面所から出てくるはずだから、出てきたらお風呂に入ってね」
「あ、はい……」

 私がこのタイミングで洗面所から出てくると、彼は玄関からそのまま私のとなりへ。
 でも、いまの心境のまま彼の顔を見ることができない。

「みつき、あのさ……さっきの件だけど」
「良かったね」
「えっ」
「さちかさんの所へ行ってきたんでしょ。泣いてたから慰めてあげたの?」
「……」
「それに、明日家に戻るんだってね。さっきお母さんから聞いたの。もうこれ以上私から迷惑を被らなくていいから良かったね」
「みつきっ、それは……」
「私は叩かれてもめげないど根性女だからさ。ぜぇ~んぜん気にしなくていいんだよ。……今までつきまとってごめんね。バイバイ」

 暗い声のままそう伝え、耳を塞ぐように走って部屋に向かった。


 私は弱者だ。
 いまは本音を伝えることすら辛くなっている。
 降谷くんがさちかさんを選んだ時点で小さな希望は消えた。
 何もかもが恨めしくなるなるほど、降谷くんが好き。
 この想いがコントロールできない分、嫌な自分を演じるしかなくなってしまった。

「みつきっ!!」

 パタンと扉を閉めると同時に彼の叫び声が届く。
 いまは名前を聞くだけでも胸が切り裂かれそうな想いだ。
 扉に背中を当てると、スーッと流れるようにおしりを床に落とした。

「うあっ……うあぁぁぁあん……。ふうぁあああぁ……ん……ひっく……」

 ……これでいい。
 降谷くんをどんなに想っても、私の気持ちなんて届かないから。

 手で顔を覆い、ここ数時間溜め込んでいた心の蛇口を開放させた。
 そしたら、自分でもびっくりするくらい恋しさの荒波に溺れていく。

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