11 / 50
10.心の準備
しおりを挟む昼休みの終わりの時間が迫ってきたので、私と加茂井くんは教室に戻ることにした。
しかし、普段は誰もいないはずの四階階段の踊り場で赤城さんはスマホを耳に当てながら誰かと電話をしている。
「大地~、早く会いたいの~っ!! ……うん、…………うん。じゃあ、いま『沙理が好きだよ』って言って。…………うん、うん、それでもいいからぁ!」
彼女が名前を言った瞬間、電話相手が判明する。
赤城さんは加茂井くんと別れたことを公にしていないせいか、校内で木原くんと一緒にいる回数は少ない。だから、こうやってこっそりと連絡を取ってるのではないかと思った。
本音を言えば、この場を通りたくない。
しかし、いまいる本棟は二階の渡り廊下以外校舎が繋がっていないので、ここを通らなければ教室には戻れないのだ。
加茂井くんは不意打ちを食らったせいか、私の手をギュッと握りしめて階段を下るペースを早める。私もそれに合わせて駆け下りた。
彼がいきなり手を繋いできたことに驚いたけど、頭の中に私がいないことはわかっている。
キーンコーンカーンコーン……。
三階の踊り場に差し掛かった時にチャイムが鳴った。まるで、彼の気持ちに区切りをつけさせるかのように。
私はそのタイミングで聞いた。
「いま辛いですよね……」
「……」
「なんでも言って下さいね。私にできることだったらなんでも力になります。だって私は、加茂井くんの……っっ!!」
そう言ってる最中、彼は突然両手で私の頬を抑えて顔を近づけた。
その瞬間、心臓がドキンと跳ねる。
一瞬、キスをされるかと思った。
実際はおよそ2センチのところで寸止めしている。
お互いの唇は届かなくても、触れてるようなむず痒い気配が届く。それだけでくらくらとめまいがしてきた。
しかし、その隙間から聞こえてきたのは、上履きの音を鳴らしながら私達の横を通り過ぎていく音。
――そこでようやく気付いた。
恋人のふりはもう始まっているのだと……。
それが5~6秒ほど続いた後、彼は頬から手を下ろして階段の奥に消えていく彼女の背中を見つめる。
「あいつ、俺らのことを見てたよな。チャイムが鳴るとすぐ教室に戻るタイプだから俺らの仲を見せつけるチャンスだと思ったよ」
「……」
「矢島?」
「……は、……ひっ」
「お前っ……、顔真っ赤っ赤!!」
しまりのない顔に、頼りない返事。その上、興奮を通り越して今にも魂が抜けそうになっている。
それもそのはず。偽恋人になることは了承したけど、キスのフリをするなんて聞いてない。
しかも、あまりにも唐突だったから、先ほどの屋上に気持ちが置きっぱなしになっている。
「あっ、あのっ……。急にこーゆーことをされても……心の準備が整わなくて……」
「……もしかして、キスの経験がない?」
疑惑の目でそう聞かれたけど、素直に首を縦に振りたくなかった。
「キスの経験くらいありますよ。フクちゃんと何度も……」
「……あのさ、フクちゃんって猫だったよね?」
「そう、ですけど……」
気まずい口調で答えると、彼は右手で頭を抱えて「はぁ」と深い溜め息をつく。
「あのさ……。やっぱり矢島に偽恋人は努まらなそうだからやめよ」
「嫌です! 赤城さんにヤキモチを妬かせるには恋人を演じるのが一番です」
寄り添う姿勢とは対照的に、だらしない口元からはいまにもよだれが溢れそう。
そりゃ好きな人からフリでもキスされそうになったら嬉しくない人なんていない。大げさに言えば、明日の幸せさえ約束されているようなもの。
「この程度で顔を真っ赤にするやつに提案するレベルじゃない」
「わっ、私はっっ!! 加茂井くんの力になりたいので偽恋人になりたいです」
「……へぇ、そんな顔してんのに?」
「でっ、できますよ! 恋人を演じるくらい。絶対、絶対、目標が達成するまで偽恋人を辞めませんから!!」
「じゃあ、少しずつ慣らしていこうか」
彼は再び顔を接近させると、私は少し落ち着いてきたはずの顔色は再び点火する。
頭の中が先ほどのキス色に染まると、心臓が口から逃げ出しそうになった。
「はっ、はい……。もしかしたら、途中で心臓が止まるかもしれませんが」
「ばーか。お前の心臓止まったら沙理に復讐できなくなるよ」
「その時はもう一回心臓を動かします!!」
「お前、すげぇな……」
私達の関係は出だしから不調だ。
でも、加茂井くんと少しずつ心の距離を縮めているうちに、毎日が楽しくなって嫌だと思っていた高校生活がバラ色に染まっていく。
人間とは実に単純なものだ。
正直、復讐は乗り気じゃない。万が一、赤城さんの気持ちが加茂井くんに残っていたとしたら、偽恋人を演じることによって傷つけてしまう可能性があるから。
それに、復讐しても赤城さんの感情が揺れ動かない可能性もあるから、逆に彼が傷つかないかと心配している。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
1度っきりの人生〜終わらない過去〜
黄隼
恋愛
何回でも人生は繰り広げられると思っていた・・・
ある日、病気にかかってしまった女の子。その子は一生治らない病気にかかってしまう。
友人関係も壊れてしまい…。
オレ様黒王子のフクザツな恋愛事情 〜80億分の1のキセキ〜
風音
恋愛
高校三年生の結菜は父の離職によって母と兄と3人の家計を支える事になった矢先アルバイトがクビになってしまう。叔母の紹介で家政婦バイトが決まったが、その家は同じクラスの日向の家だと知る。彼は俳優業をしながら妹と2人暮らしで学校には変装して通っていた。結菜が同じクラスの杏にパシられてる事を知ってる日向は、自分の気持ちを隠して変わろうとしない結菜の一本結びの髪をバッサリ切り落として変わるきっかけを与える。
※こちらの作品は、エブリスタ、野いちご、ベリーズカフェ、魔法のiらんど、ノベマ!、小説家になろうにも掲載してます。
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
恋愛
第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
ヴァンパイア♡ラブどっきゅ〜ん!
田口夏乃子
恋愛
ヴァンパイア♡ラブセカンドシーズンスタート♪
真莉亜とジュンブライトは、ついにカップルになり、何事もなく、平和に過ごせる……かと思ったが、今度は2人の前に、なんと!未来からやってきた真莉亜とジュンブライトの子供、道華が現れた!
道華が未来からやってきた理由は、衝撃な理由で!?
さらにさらに!クリスの双子の妹や、リリアを知る、謎の女剣士、リリアの幼なじみの天然イケメン医者や、あのキャラも人間界にやってきて、満月荘は大騒ぎに!
ジュンブライトと静かな交際をしたいです……。
※小学校6年生の頃から書いていた小説の第2弾!amebaでも公開していて、ブログの方が結構進んでます(笑)
通学電車の恋~女子高生の私とアラサーのお兄さん~
高崎 恵
恋愛
通学途中で会うサラリーマンに恋をした高校生の千尋。彼に告白するが、未成年であることを理由に断られてしまう。しかし諦めきれない千尋は20歳になる3年後のバレンタインの日に会いたいと伝え、その日が来るのをずっと待っていた。
果たしてサラリーマンのお兄さんは約束の日に、彼女の所に来てくれるのだろうか。
彼女の終電まで残り7分。あと7分で彼が現れなければこの長かった恋にお別れをしなくちゃいけない。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる