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第一章 根津精肉店復活祭と会長からのお願い。

第2話 友三さんの遺言

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 しばしの間、仕事を休むことにした。今後の事も真剣に考えなくちゃいけない。実家の"根津精肉店"の事、お袋の事、東京で仕事を続けるか?等など。

 会社からは当初、"大変だったな"など、労をねぎらう言葉を頂いた。しかし、時間が経つにつれて、"いつ戻ってくるんだ?"という内容に変わった。そんな内容の電話を受ける度に、東京へ帰る意欲は徐々に薄れていった。
 
 そして、悪友たちとも久しぶりに再会した。お酒も飲んだ。最初は遠慮していた誠也セイヤナリやん達が、"東京の三流企業で働いていてもしょうがないだろう、こっちに帰ってこい"と力強く勧めてくれた。

 景気は落ち着き上向きな状態。誠也が「うちの会社でもいいし、なんなら知り合いの会社に口利きしてやる」とも言ってくれた。ありがたいことだ。

 これを機に東京から帰ってくるのも一つかもな。そう思いながら俺は親父の遺品の片づけや、家族とは裏腹に、再開を待ちわびている店中の商品や備品の整理をしている。

 お袋は、もたもたと商品をしまっては取り出し、棚に並べては戻したりと、意味のないことを繰り返し行っていた。

 まあ、しょうがないな...。少しの間、放っておこう。そんな中、唯一の従業員であるパートのトヨさんは、休みを取ってもらっている。

 お袋と同じ世代のトヨさんには、仕事が無くて生活に困る様なら、他のお店を紹介すると勧めたが、 お金には困っていないと言って断って来た。逆に、「"根津精肉店"を再開するようなら、いつでも声をかけて下さい」と言ってくれた。言葉には気を使って出さないが、再開を強く願ってくれている様だ。

 友三爺さんの頃から働いてくれている、ベテラン従業員のトヨさん。その私生活は謎に包まれているが、親父とお袋と一緒に朝晩のご飯を一緒に食べていた。俺以上に、"根津一家"であった。

 お袋も、そんなトヨさんと一緒にまだまだ働きたい気持ちもあるだろうが、大黒柱を無くした今、複雑な心境なのだろう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 片付けも一段落し、少し疲れたので店舗裏のベンチで、缶コーヒーをちびちびと飲みながら一息ついた。

 「ふーこんなもんかな」

 "根津精肉店"の裏に置かれている、ボロボロのベンチ。

 塗装はすでに剥げ落ち、ガタガタと揺れる。かつては店の前に置かれ、お客様のために使われていたが、現在はお袋たちを癒す為に使っていたベンチ。お客様に座らせるには危険なため、店の裏と自宅の間の日陰に、ひっそりと置いてある。

 この店もたたむか...。ハゲハゲのベンチに腰掛け、見慣れた精肉店を見つめる。

 でも...しょうがないよな。精肉店の経営自体もよく分からないし、お客さんが来ない店を引き継いでも、借金が増えるだけだろう。

 それならいっそ土地を売った方が、借金を返済するだけでなく、ある程度はプラスになるだろう。売ったお金でお袋のこれからの蓄えに回した方がいいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、また...。


 こっちだ。ちかし...に...くるんじゃ...。


 やはりまた、誰かの声が聞こえた。どこかで聞いた事のある声...どこかで...。

 そんな声の記憶をたどる様に考え込むと、声とは別に聞きなれない物音が聞こえた。びっくりしたが、なんとも言えない心地の良いメロディ―というか音というか...。一瞬で心を奪われた。

 なんだあの音は?川の流れ?鳥の鳴き声?

 どこから?

 更に耳を澄ませると、店舗裏にある地下室の方から聞こえた様な気がする。でも地下室には、肉をしまう為の業務用の大型冷凍冷蔵庫としかないはず...。

 おいおい、ラジオでも地下室に忘れてきたか?

 自宅で親父の持ち物を片づけていたお袋に、「何か聞こえたか?」と聞くと、「何言ってんだい。いかれちまったのかい?何も聞こえないよ!」と、怪訝そうな顔をされた。

 いや、確かに聞こえた。それも何だか無性に気になる。

 何でこんなに俺の心をざわつかせるんだ...?気になってしょうがない。見に行かないと気が済まなくなっている。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 恐る恐る地下室に向かうと、そこに現役バリバリの業務用冷凍冷蔵庫と、一回り小さな業務用の冷凍庫と冷蔵庫が並んで置いてある。ただし、現役以外の冷凍庫と冷蔵庫は現在使っていない。いや、壊れている。

 この2台の内の、冷蔵庫の方から音が漏れ出している。

 昔から置きっぱなしの動かない二台の冷凍庫と冷蔵庫。外見はいたるところに傷やへこみがあり、またサビだらけであった。

 お袋に言わせると、もうかれこれ30年以上も前からこの2台は放置されているらしい。

 なんでも親父の親父、つまり俺の爺さんである友三爺さんが、この2台は必ず残すようにと念を押して死んでいったらしい。

 「この冷蔵庫と冷凍庫が、必ず役に立つ時が来る」と言い残して。

 その友三爺さんが亡くなった後、俺の親父を含めた兄弟一同が、この2台に大金でもしまってあるんじゃないかと冗談半分で調べたが、何も出てこなかったと親父が生前に教えてくれた。

 じゃぁ、単なる壊れた冷凍庫と冷蔵庫だから邪魔だし捨てようかと親族で話しあっていると、急に...。


 ガタガタ、ゴトン!!


 友三爺さんの遺影が、床に落ちてきたという。

 「「ぎゃ~!!」」

 「お爺ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 「怖いよ~ママ~!!」

 「親父すまなかった!!」

 その場は大騒ぎとなり、親父は飲んでいた酒を吹き出し、俺の4つ下のいとこの朋美は泣き出してしまったという。

 それ以来、友三爺さんの捨てることを禁止するという言葉を頑なに守り、そのまま地下室にこの2台を放置しておいたらしい。

 そら、遺影が落ちてきたら驚くよな...。ちなみに俺はというと、親父のお兄さん、つまり朋美のお父さんに付き合わされて、"シメ"のベトコンラーメンを食べていたらしい。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 友三爺さんが死ぬ間際まで気にしていた冷蔵庫の中から音がする。また隙間からは、まばゆい光が漏れ出てている。

 すげえ怪しい。何だか危険な臭いがプンプンする。触った瞬間、何かが起こりそうな、いかにもヤバい雰囲気を醸し出している。

 俺の本能が警告してる。この冷蔵庫に触ったら、もうお前は戻れないと。でも...。それでも...。

 触りたい、調べたい...。いや、触らなきゃいけない様な気がする。

 そして、この"壊れた冷蔵庫"との出会いが、ここから俺の信じられない様な仲間、そして食材と出会い、"根津精肉店"の復活、いやそれだけではない、"柳ケ瀬風雅商店街"の復活劇へとつながったんだ。今、思い返してみれば...。 

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