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第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心
守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ捌
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黄昏時。研磨部屋は青々しい空気に満たされる。
「今日も慌ただしい一日であった」
村岡は姿勢を正し、静かに目を閉じた。細く、長く、腹に力を込めて息を吐き出す。
喧嘩に窃盗。よくもまあこれだけ揉め事が起きる、と呆れるくらい今日も火種が絶えなかった。悪事の種は芽吹く前に摘み取れ、と部下たちには口酸っぱく伝えているものの、皆手ぬるいのだ。
怪しい輩はもっと徹底的に排除するよう、明日皆に伝えなければならないな。意識を整えながらそんなことを考えていると、「村岡さま」と小さな声が聞こえた。
「弥彦か。入れ」
弥彦はにやにやと村岡の足元に跪く。
「ひっひっひっ……下の町中、さらには周辺の酒蔵すべてに根回しをしておきました。まあこれで奴らは酒を造れないでしょうねぇ……ひっひっひっ」
「そうか、ご苦労であった。下がってよい」
「一点気になることが」
下卑た笑みを浮かべたまま、弥彦は続ける。
「町のはずれの糀屋菱衛門、そこに出入りしているのを目にしました……ひっひっひっ」
「糀屋菱衛門?ああ、あの西洋かぶれの馬鹿息子がいる店か。あそこもいつかは取り締まる必要があると思っていたが……なぜそこに奴らがいる?」
村岡は顔をしかめる。
「さあ?弥彦は酒造りのことはよくわかりませんがね。糀屋菱衛門は麹や。やつらは酒蔵以外で酒を造ろうとしてる、なんてこともあったりするかもしれませんね……ひっひっひっ、おっとこれはあくまでも弥彦の推測。出過ぎました……ひっひっひっ」
弥彦の言葉に、村岡の顔色が変わる。
「糀屋菱衛門にも奴らを出入りさせないよう、圧をかけろ。従わないようならば、しょっぴけ。罪はなんでも構わん」
「おお、こわやこわや……ひっひっひっ。村岡さまは今日もご乱心ですなあ」
弥彦はおかしそうに肩を揺らして笑う。
「それにしても、なぜそんなにも柳やを目の敵にする必要がおありで?酒ぐらい造らせても問題はないでしょうに」
村岡は黙って腰差しを抜くと、弥彦の喉元に突き付けた。
「どうしてそれをお前に教える必要がある?身分をわきまえろ」
「ああ、こわや。村岡さまはすぐに刀を向けてくる。ひっひっひっ……お仕えする者は命がいくらあっても足りませんなあ」
弥彦はするりと身をかわすと、「仰せのままに。弥彦は黙って従いますよ」と扉の向こうへと消えていった。
「忌々しいやつめ」
いつの間にかとっぷりと闇が満ちた部屋の中で、村岡はぎりぎりと歯ぎしりをした。新しいものはいつだって邪を連れてくる。邪は敵だ。徹底的に排除するべきものだ。
ただでさえ世間は黒船来航によってざわついている。下の町を守るには……自分はただそれだけを考えている。安心、安定、平和。そのためには自分の権力を町の隅々にまでいきわたらせる必要があるのだ。
「今日も慌ただしい一日であった」
村岡は姿勢を正し、静かに目を閉じた。細く、長く、腹に力を込めて息を吐き出す。
喧嘩に窃盗。よくもまあこれだけ揉め事が起きる、と呆れるくらい今日も火種が絶えなかった。悪事の種は芽吹く前に摘み取れ、と部下たちには口酸っぱく伝えているものの、皆手ぬるいのだ。
怪しい輩はもっと徹底的に排除するよう、明日皆に伝えなければならないな。意識を整えながらそんなことを考えていると、「村岡さま」と小さな声が聞こえた。
「弥彦か。入れ」
弥彦はにやにやと村岡の足元に跪く。
「ひっひっひっ……下の町中、さらには周辺の酒蔵すべてに根回しをしておきました。まあこれで奴らは酒を造れないでしょうねぇ……ひっひっひっ」
「そうか、ご苦労であった。下がってよい」
「一点気になることが」
下卑た笑みを浮かべたまま、弥彦は続ける。
「町のはずれの糀屋菱衛門、そこに出入りしているのを目にしました……ひっひっひっ」
「糀屋菱衛門?ああ、あの西洋かぶれの馬鹿息子がいる店か。あそこもいつかは取り締まる必要があると思っていたが……なぜそこに奴らがいる?」
村岡は顔をしかめる。
「さあ?弥彦は酒造りのことはよくわかりませんがね。糀屋菱衛門は麹や。やつらは酒蔵以外で酒を造ろうとしてる、なんてこともあったりするかもしれませんね……ひっひっひっ、おっとこれはあくまでも弥彦の推測。出過ぎました……ひっひっひっ」
弥彦の言葉に、村岡の顔色が変わる。
「糀屋菱衛門にも奴らを出入りさせないよう、圧をかけろ。従わないようならば、しょっぴけ。罪はなんでも構わん」
「おお、こわやこわや……ひっひっひっ。村岡さまは今日もご乱心ですなあ」
弥彦はおかしそうに肩を揺らして笑う。
「それにしても、なぜそんなにも柳やを目の敵にする必要がおありで?酒ぐらい造らせても問題はないでしょうに」
村岡は黙って腰差しを抜くと、弥彦の喉元に突き付けた。
「どうしてそれをお前に教える必要がある?身分をわきまえろ」
「ああ、こわや。村岡さまはすぐに刀を向けてくる。ひっひっひっ……お仕えする者は命がいくらあっても足りませんなあ」
弥彦はするりと身をかわすと、「仰せのままに。弥彦は黙って従いますよ」と扉の向こうへと消えていった。
「忌々しいやつめ」
いつの間にかとっぷりと闇が満ちた部屋の中で、村岡はぎりぎりと歯ぎしりをした。新しいものはいつだって邪を連れてくる。邪は敵だ。徹底的に排除するべきものだ。
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