上 下
115 / 126
第八章 | 守銭奴商人 vs 性悪同心

守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ弐

しおりを挟む

研ぎを終えたばかりの刀は、白く輝く。そして、時に「みたい」ものを村岡に見せてくれる。

村岡はふうっと静かに息を吐くと、刀身に意識を集中した。小窓から差し込む光がゆらりと歪み、ぼんやりとした影が立ち上る。周囲の音がぴたりと止んだ時、刀に朧げに画が浮かび上がるのがみえた。

無数の酒樽、腹を抱えて笑う男たち。暖簾に戸にいくつも貼られた紙……それはあの忌々しき「柳や」だった。

「やはり思った通りだ」

柳やがまた、何かをしようとしている。そしてそれは「良くないこと」に違いない。村岡は怒りで唇を強く噛んだ。ぶつりと裂けた肉から、血が口の中に広がる。

下の町を守るのが自分の使命。下の町の風紀を乱すものは排除しなければならない。そして自分の邪魔をする輩も徹底的に駆逐しなければならない。

全身に駆け巡る怒りをなんとか静めながら、村岡は刀に指を走らせた。

昔はよかった。危ういと感じたら首を切り落とせばよかったのだから。それがどうだ。今は座敷牢にぶち込むことが精一杯。時代だかなんだか知らないが、これでは治安が悪化する一方だ。

「これでは死んだ父上も浮かばれぬ」

駿河の国で刀鍛冶をしていた父はその腕前を買われ、ここ下の町の御家人に仕えていた。
そして辻斬りにあって、あっけなく死んだ。

この町はろくでもないもので溢れかえっている。だから自分は同心になったのだ。

村岡は刀を腰に差すと、すっくと立ちあがった。

「おい!弥彦はいるか!」

村岡の声に、痩せぎすの男が扉の影から現れた。

「ひっひっひっ……!そんな大きな声で呼ばずとも、弥彦はいつもおそばにいますよ……」

弥彦と呼ばれた男は大きな前歯を見せ、気味の悪い笑顔を浮かべる。

「刀に映った『柳や』をみた。今すぐ馬を出せ」

「おや、また刀の幻想の話でございますか。旦那の妄想で殺された人は一体何人になるのやら……くわばらくわばら。ひっひっひっ」

おかしそうに笑う弥彦の喉元に、村岡は刃を突き立てる。

「何が妄想だ。あれは事実だ。発言を慎め」

「ひっひっひっ……冗談でこざいますよ。そうカッカせずに。すぐに馬と目明しの準備をいたしましょう」

弥彦はひらりと身をかわすと、村岡の傍にぬるりと滑り込んだ。

「それで旦那、『例の酒』の件なんですがね。お上から再び通達がありまして。黒船が次に港に来るまでに必ず用意しろとのこと」

弥彦の言葉に村岡の顔がさっと曇る。

「まだそんなありもしない酒のことを言っているのか!」

「ひっひっひっ……!お上も人が悪い。『土色でぶくぶくと泡立つ酒』なんてありもしないものを所望される。いや、それよりもたちが悪いのは、そんな気がふれたとしか思えない酒を飲みたがる赤毛のやつらですかね」

「……それで。具体的にいつまでに用意する必要がある?」

「さあ?あの黒い船のことは誰にもわかりません。前回は柳やの娘に罪をなすりつけて事なきを得ましたが、今回はどうしましょうね」

弥彦はおかしくてたまらないといった様子で、喉を鳴らして笑う。

「ひっひっひっ……このままいけば、旦那のせいで下の町中の酒蔵がなくなってしまうかもしれませんね」

村岡は忌々しげに弥彦を睨みつけると、「黙れ!」と吐き捨てた。

「それについてはこちらで早急に考える。お前は柳やに行って、やつらが怪しい動きをしていないか見てこい」

「ひっひっひっ……かしこまりました。では泥のような酒については旦那にお任せするとして、弥彦は偵察に行っていましょうかね。あ、くれぐれも弥彦に罪をなすりつけるのだけは止めてくださいね。ひっひっひっ……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

進め!羽柴村プロレス団!

宮代芥
大衆娯楽
関東某所にある羽柴村。人口1000人にも満たないこの村は、その人口に見合わないほどの発展を見せている。それはこの村には『羽柴村プロレス』と呼ばれるプロレス団があるからだ! 普段はさまざまな仕事に就いている彼らが、月に一度、最初の土曜日に興行を行う。社会人レスラーである彼らは、ある行事を控えていた。 それこそが子どもと大人がプロレスで勝負する、という『子どもの日プロレス』である。 大人は子どもを見守り、その成長を助ける存在でなくてならないが、時として彼らの成長を促すために壁として立ちはだかる。それこそがこの祭りの狙いなのである。 両輪が離婚し、環境を変えるためにこの村に引っ越してきた黒木正晴。ひょんなことから大人と試合をすることになってしまった小学三年生の彼は、果たしてどんな戦いを見せるのか!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...